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ものかきのおかしみと哀しみ

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すれ違った人たち
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#断片小説

検索してみてと言われて電車に乗る

検索してみてと言われて電車に乗る

――タピオカが和歌山で息絶えたようなので確認をお願いします。

僕が朝の日課の壺磨きをしていると、スマホにそんなメッセージがいきなり飛んできた。

なんだろう。詐欺メッセージなのか、それにしてはURLも貼られてないし、そもそも意味がよくわからない。

メッセージの最後には、まだ知らない人たちにも和訳して教えてあげてほしいと付け加えられている。

和訳って……。一応、これ日本語のメッセージに読めるん

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冷凍マネキン

冷凍マネキン

「北大阪海流と南大阪海流がぶつかる道頓堀は餌のプランクトンも豊富で、昔から豊かな漁場として知られています」

クルーズ船のアナウンスを聞きながら、
僕は冷凍したマネキンの捨て場所をぼんやり考えていた。

野やぎさんの #冒頭3行選手権 こういう、ゆるいのいいよね。
コンテスト的な空気と違って。

スワンボート指導員の消えた午後

スワンボート指導員の消えた午後

ひょんなことから、スワンボート指導員になった。
人生ってわからないものだ。

スワンボートというのは、公園の池なんかにいる、お腹がくりぬかれて座席になった足漕式ボートのことだ。



その日は、川べりの公園で本を読むつもりでふらふらと歩いていたら、夜に降った雨のせいで、木製のベンチが湿っていた。陽に当たってはいるけれど、座っているとじっとりしてきそうな感じがする。

なにかベンチに敷くものでもあ

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こんな日は牛に乗って

こんな日は牛に乗って

ファッション誌はすっかり春色。サブスクで読めるファッション誌をスマホでぱらぱら眺めてたら『春の牛通勤コーデはこれで決まり! 着回し20アイテム』という記事を見つけた。

牛も喜ぶスカーフとブラウスコーデとか、そういうの。

ふーん。牛かぁ。そういえば、ステイなんとかになって彼と別れてから、あんまり出かけなくなったし、牛もいいかなと思う。

可愛いペイントとかしてあげて牛に乗ったら、なんか楽しそうな

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落下する糸電話

落下する糸電話

朝、起きるとスマートフォンから糸が伸びていた。最初は糸の切れ端みたいなのがくっ付いたのかと思った。

摘んでみたけれど取れない。というよりスマホを持ち上げると、コネクタからスマホの裏側に回り込むように隠れていた10センチぐらいの糸がだらんと出てきて「ああ」と思った。

たまに聞いたことがある。スマホから糸が出てくる現象だ。

糸が伸びてもスマホの機能に支障はないというのがキャリアの公式見解だけど、

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秋の終わりの指音

秋の終わりの指音

階段を上がって真紀の部屋に着いてピンポンを押したら、知らない男の人が出てきてびっくりした。

部屋、間違えた? でも見覚えのある真紀の傘がドアの横に立て掛けてあるし。わたしが言葉を探していると、

「あ、友達だからいいの。ゴメンいま手が離せなくて。奈緒でしょ? 上がって」
と、奥のベランダのほうから真紀の声がするので、友達だからいいというのはわたしのことなのか、男のことなのかどっちだろうと思いなが

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「求む」やる気のない方

「求む」やる気のない方

章介は逡巡していた。思ってもなかった求人を発見したからだ。

章介の特徴は「やる気のないこと」である。世間一般ではやる気のなさはあまり評判がよろしくない。

けれども章介は意に介してないのである。こんなに世の中にやる気が溢れているのだ。一人ぐらいやる気のない人間がいてもいいんじゃないか。

むしろ、そういう人間がいたほうがバランスが保てるってものだ。それぐらいに考えている。

以前の職場でも彼は、

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夜の入り口でサボテンは

夜の入り口でサボテンは

「暗くなるのが早くなりましたね」

打ち合わせからの帰り道。まだ明るい時間だったので、いつもは通らない公園の脇道に入ろうとしたところでサボテンに話しかけられた。

しまった、と思った。日没前の不透明度が半分ぐらい混じる時間帯はサボテンの活動が活発なのだ。

サボテンは知人にでも偶然会ったかのように話しかけてきて、不意をつかれた僕は、うっかり「あ、そうだね」と返事をしてしまった。

「もう立冬も過ぎ

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ヒヤシンスは眠れない

ヒヤシンスは眠れない

ヒヤシンスの球根を食べた。夢の中で。

たぶん本当は食べちゃいけないものなんだろうけど、夢の中のわたしは焼き菓子でも齧るみたいに食べていた。

その球根は会社の給湯室でオダシマさんにもらったのだ。わたしが、最近なんだか眠れなくて、という話を彼女にしたら「いいもの持ってきてあげる」と言って、次の日会社に球根の付いた花を持ってきてくれた。

「このヒヤシンスね、うちのおばあちゃんが育ててるの。ヒヤシン

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砕ける男(再放送)

砕ける男(再放送)

終電近くの駅のホームで、僕は電車を待っていた。

連休に挟まれた中途半端な平日の夜だからか、電車を待つ乗客の姿はまばらだ。

僕は締め切り間近の原稿のことを考え、それから冷蔵庫の中に転がっている食べ物のことを考え、線路沿いの広告看板をひとつずつ点検したけれど電車が来る気配はなかった。

発車案内のLEDも沈黙している。それでもホームの照明が落とされたわけでもないのだから、そのうち来るのだろう。

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わたしのものではないすべて

わたしのものではないすべて

エリカが男と別れたいから話を聞けと言ってきた。

呼び出された店で理由を聞いて可笑しくなる。

「だってさぁ、漬物ばっかつくってんだよそいつ」
「いいじゃん。わたし好きだよ漬物」

そういうんじゃなくて、とエリカは言う。

「この前なんか、その時間に連絡するって言ってたのに全然LINE返してこないの。1時間くらいしてやっと既読ついてさ。何してたのって聞いたら、漬物つけてて見れなかったっていうんだよ

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2020年スカイウォークへの旅

2020年スカイウォークへの旅

個人的には魅力がある場所(スポット)でも、その魅力をシェアするのがひどく難しい場所がある。

なぜなら「わかりやすい」魅力がなく、どちらかというと「え、それのどこが?」とポカンとされてもおかしくない場所だからだ。

その名前を「スカイウォーク」という。名称はいいよね。空を歩けるんだから。

スカイウォークへの旅を心待ちにしている人のために一応、付け加えておくと、ここには宇宙開発予算の何100分の1

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鳩のための入試問題

鳩のための入試問題

『公園内のハトはご自分でお持ち帰りください。』

公園の出口に立てられた看板の前で思わず鳩と目が合う。

「持って帰られちゃうんですか僕?」 鳩が言う。

困ったね。僕は答える。僕も鳩を持ち帰ったってしかたない。
だけど、と僕は言う。
何か言おうとした僕を、鳩が咽を鳴らしながら遮る。

そんなことより、これ手伝ってもらえませんか? 鳩が言う。
鳩の首には、鳩のための入試問題集。

お前、受験なの?

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12人の運転士たち

12人の運転士たち

駅のホームで新幹線を待っていると自動案内放送が流れた。

「はくたか315号が12人編成で参ります」

空耳かと思ったてたら今度は駅員さんの声で「今度の1番線 12人編成です」と念押しするようにアナウンスがあった。

そうか12人編成なのか。ホームに列車が滑り込んでくる。たしかに新幹線だけど電車ではなく、人が12人で連なって手を繋いでいた。

時速250kmぐらいで走ってきたのだろう。みんな息があ

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