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砕ける男(再放送)

終電近くの駅のホームで、僕は電車を待っていた。

連休に挟まれた中途半端な平日の夜だからか、電車を待つ乗客の姿はまばらだ。

僕は締め切り間近の原稿のことを考え、それから冷蔵庫の中に転がっている食べ物のことを考え、線路沿いの広告看板をひとつずつ点検したけれど電車が来る気配はなかった。

発車案内のLEDも沈黙している。それでもホームの照明が落とされたわけでもないのだから、そのうち来るのだろう。

無みたいな夜だなと思った。すべてのパズルピースが収まってしまったあとのような沈黙が駅のホームを静かに覆っていた。余ってしまったピースの気持ちってこういうものなんだろうか。

そんなことを考えていると、一陣の風がホームを掛け抜ける。

ベンチに放置され舞い上がった新聞紙の束がばらばらに分解されながら、ホームにいた初老の男性にまとわりつくように張り付いた。まるで蓑虫だ。

初老の男性は身動きひとつせず新聞紙に包まれている。僕は仕方なく男性に近づき新聞紙を剥がしてあげることにした。

新聞紙は思いのほか強く張り付いていて引き剥がすのにひどく苦労した。


ようやく最後の一枚を剥がそうとしたとき、轟音と共に電車が空から落ちてきたので、僕は思わず男性の体から離れる。

初老の男性は、そのまま石像が倒れるように線路に転がり落ち、ちょうど空から降ってきた電車の下で砕け散った。

「痛かったですか」と訊ねると、初老の男性は「他人の心配をするより、自分の心配をしろ」とつぶやいてさっさと電車に乗り込んだ。

まったくその通りだと思ったので、僕は電車には乗らず線路沿いの道を、とぼとぼと歩いて帰った。冷蔵庫の中身を思い返しながら。


※昔のnoteの加筆再放送です。