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ものかきのおかしみと哀しみ

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すれ違った人たち
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2020年8月の記事一覧

8分20秒前のおわりに

8分20秒前のおわりに

最初におわりのことを考えてしまう。子どもの頃からいつもそうだった。

遊園地に行く。海で遊ぶ。子どもにとっては、その時間を想像しただけで行く前からテンションが妙な上がり方をするはずの予定が待ってても、僕はそこまでじゃなかった。

どんな時間もいつかおわる。永遠なんてない。誰に教えられたわけでもないけど、いつもそれが頭にあった。

子どもらしくないと言えば子どもらしくない。世の中一般的に、子どもと言

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書ける身体のつくり方

書ける身体のつくり方

この前、僕と嶋津さんでつくっている《ことばのアトリエ》という場に来てくれた人から質問をもらった。

ふだんはふたりが黙々とことばを捏ねたり、あるいは月でも眺めるように対話するアトリエなのだけど、その日は限定公開ライブというかたちで10数名ぐらいのゲストとも話をしたのだ。

「病気になったり、心身を崩して書けなくなるという事態をどうやって避けてるんですか?」

ざっくりとだけど、そういう質問。もちろ

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生ぬるい食堂さえ恋しい

生ぬるい食堂さえ恋しい

この短い夏のあいだに何回、口にしただろう。

暑いねという言葉。べつに「暑い」と言ったところで過ごしやすくなるわけでも、白くまが氷を運んで来てくれるわけでもないのだけれど、申し合わせたようにみんなが口にする。

この暑さの半分でもいいから冬に取って置くことができればいいのにね、と近所のおばあさんが言う。たぶん、みんな思ってる。真冬に氷点下15度とかになる日に、この暑さを半分ぐらい溶かして混ぜたい。

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書いて生きること、のいろいろについて

書いて生きること、のいろいろについて

あまり告知ってしないのだけど、きょうは珍しく限定公開ライブで話します。動いてしゃべってるヤギが観れるかもしれない。

テーマは(正式にこれという決まったものではないけれど)「書いて生きること、のいろいろについて」。

僕と嶋津さんは「ことばのアトリエ」という共同の作業場をもっている。

形而上の作業場なので、思念の鍵がなければ開けることができない。そして、たまたま何かの偶然で僕と嶋津さんが、同じ鍵

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ときには古い解像度で

ときには古い解像度で

なんか疲れてるというか、もやってる人が多かった気がする。この夏。根拠はないんだけど。

そりゃ、いろいろあるさ。頑張りたくても頑張れないこととか。わかってるけどできないこととか。

そういうときって解像度が下がる。

なんだろう。なにかを見ても、なにかの出来事に接してももやる。

もちろん「解像度」と言えば、画像とかパソコンのディスプレイなんかの「解像度が高い、低い」という話なんだけど、ビジネス文

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オンラインの旅に何か足りない

オンラインの旅に何か足りない

鉄道が好きだ。わりと長時間、とくに目的もなくても列車に乗ってるのは平気。

マニアかと言われるとちょっと違う。線路の上を「移動する人生」が好きなのだ。またちょっとよくわからないこと言ってる。

魂が暫定的な場所に棚上げされながらガタゴト移動してる感覚。

「あの時間」って自分はどこにいるんだろうと思う。いや、それは車両の中にいるんだけどさ。そういうことじゃなくて。

もちろん通勤でとか、仕事でどこ

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自分の殻を持ってる人が好きな話

自分の殻を持ってる人が好きな話

突然だけど、あなたの殻を見せてくださいと言われたら、あなたはどうするだろうか。

殻? コノヒトハ ナニヲイッテルノダロウという困惑が目に浮かぶ。

脱皮ということですか? 親切な人なら少し連想を働かせて、そんなふうに聞いてくれるかもしれない。

もしかしたら、どこからか「これ、ですよね?」と、仕舞ってあった自分の抜け殻を引っ張り出してきて見せてくれる人だっているかもしれない。

だけど、ちょっと

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電話ボックスを売る

電話ボックスを売る

京浜東北線の駅から程近いルノアール特有の大きな窓側のテーブルで、僕は次にやることになった新しい仕事のことをぼんやり考えていた。

突然、大きな音が鳴り響く。びくっとして周りをみると、店内の端にある電話ボックスからピジリリリリと半分壊れかけた目覚まし時計のアラームみたいなコール音が盛大に漏れていた。

電話ボックスなんてあったっけ? ここにはたまに来るけれど、いままで存在に気づいたこともなかった。ま

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盗む人

盗む人

「わたし、盗むの得意なんです」

ひと通りの打ち合わせが終わったあとで、担当者が不意に口走った。

これ以上、とくに確認すべきこともすり合わせることもない。どのタイミングで席を立とうかを考える、あの所在ない時間。

僕がこの世で4番目に苦手な時間なのだけれど、担当者の女性がそんなことを言うものだから席を立つに立てなくなった。

独り言にしては断定口調だし、ネタ的な軽口を言う場面でもそんな関係性でも

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書いてるものでその人のどこまでわかるか

書いてるものでその人のどこまでわかるか

ビジネスの人だと思ってた。たまに、そんなふうに言われることがある。自分ではそんな自覚はないので、逆にちょっとびっくりする。

アドベリフィケーションがとかカスタマーサクセスがみたいなことをnoteにも書いてる印象があるみたいだ。

そう言われれば、そういうものに触れるときもあるかもしれないけど、そんなビジネス系のメディアど真ん中な記事って、実はほとんどnoteでは書いてない。

書籍ライティングの

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小さなふたり

小さなふたり

なんだか、また少し小さくなった気がするね。そうだね。

僕らは毎朝、お互いの身体を見比べてそんな会話を交わす。それは、僕らにとっては朝の一部のようなものだ。おはよう、と同じ。朝のあいさつ。

他人から見たら、少し妙な光景に見えるのかもしれない。まあでも、僕らを見つけるのは至難の業なのだから、そんなことを気にすることもない。

もう、何週間か前に、僕らはお互いの身長を測り合うのをやめてしまった。

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名前も知らない終わりに

名前も知らない終わりに

きょうも、短い使い道のない話。不意に何かが入り込んでくることについて。

ついこの前、始まったばかりの夏が終わろうとしている。感覚的には梅雨が長かったこともあって、ほんの10日間ぐらいしか夏がなかった感じだ。

いやいや、いったいきみは何を言っておるのかね。きょう浜松で41.1度の国内最高気温に並んだというのに知らないのか? と怪訝な顔をされるかもしれない。夏が終わるどころか、夏ど真ん中じゃないの

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石の沼を覗いてみたらハンバーグになった話

石の沼を覗いてみたらハンバーグになった話

お盆になると思い出すことがある。何の脈絡があってなのか自分でもわからない。あの夏の石のきらめき――。

会場に一歩、足を踏み入れると、そこは妖しい輝きに満ちていた。

老若男女が一心不乱に大小数百あるブースに群がり、身ぶり手ぶりを交えながら熱心に何かやりとりしている。

僕は、そのなんだかよくわからない渦を見つめ立ち尽くす。

こんな光景をどこかで見たことがある気がする、と僕は思う。どこかはよくわ

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