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石の沼を覗いてみたらハンバーグになった話

お盆になると思い出すことがある。何の脈絡があってなのか自分でもわからない。あの夏の石のきらめき――。

会場に一歩、足を踏み入れると、そこは妖しい輝きに満ちていた。

老若男女が一心不乱に大小数百あるブースに群がり、身ぶり手ぶりを交えながら熱心に何かやりとりしている。

僕は、そのなんだかよくわからない渦を見つめ立ち尽くす。

こんな光景をどこかで見たことがある気がする、と僕は思う。どこかはよくわからない。たぶんトルコのバザールみたいなところだ。

僕には並んでいる商品の価値も意味もわからないけれど、そこに集まる人たちにとっては何かかとても大切な「場」なのだということは伝わってくる。

その「何かを求める」熱が、会場全体をすっぽりと包んでしまっている。

そういえば、僕は、こんなにも何かを求める気持ちでこういう場所に来たことがあるだろうか。

国際ミネラルフェア。 一言でいえば、いろんな鉱物や化石の展示販売会だ。最初、このフェアの名前を知ったとき、ミネラルという言葉が何を示しているのかさっぱりわからなかった。

だいたい、僕自身、鉱物や化石、隕石にとくに興味はない。あれば、きれいだなぐらいは思う。

そんな浅い気持ちで足を踏み入れていいのかどうかがよく分からない。でもまあ、入り口で特に咎められることもなかったので深呼吸して、石を取り巻く渦の中に入ることにした。

どこのブースも人々が真剣に品定めをしている。人だかりしていないブースなどないのだ。どこか海外の知らない街の路地に迷い込んだときのように、ふわふわした感覚がすると思ったら、ブースを出しているディーラーが世界中から集まっている。

インド、ロシア、スイス、アメリカ、パキスタン、イタリア、スリランカ…。

いろんな言葉が僕の頭の上を飛び交い、石を見つめる熱い視線が僕の身体をすり抜けていく。

明らかに、場違いだなと僕は思う。

人の流れが留まる気配がない。押し流されそうになった僕は目の前のブースに隙間を見つけ、反射的にそこに移動する。この会場では、みんな何かを求めているのだ。僕も、求めるしかない。

とりあえず、目の前にぶちまけられたように並ぶ鉱物を真剣に品定めする。どういう基準でセレクトされて、どういう価値があるのかまるでわからない僕には不思議なお祭りの露店にでもいる気分だ。

僕が目を泳がせていると、突然、ブースの人に声をかけられドキッとする。

「それ、いいよ。いい具合にガスが抜けてるからね。それ探してくるの大変だったんだよ」

泡立つように青白く光る、何かの石を僕に突き出しながら、ブースの店主がニコニコしている。ガスってなんだろう?

僕は、曖昧な笑顔を返しながら、他にも何かを探すふりをする。

《恐竜のたまごの殻 ¥2,000-》
《地球最初の陸サソリ 4億年前 ¥800,000-》

ああ、これは化石なんだと思う。

それにしても、恐竜のたまごの殻なんてマンガでしか見たことがないのに、本当にあるんだと驚く。化石だけれど。

別のブースでは、みかんの段ボール箱に、岩がごろごろ詰めて置いてある。なぜ、みかん箱なんだろう。

「なんですか、これ?」僕が訊ねる。
「アンモナイトが入ってます」店主が即答する。

入ってるかもしれない石? 僕が確かめると「必ず入ってます」と店主が僕の間違いを正すかのような圧で答える。その強気はどこからくるんだろうか。

別のブースでは、大学生くらいの女の子たちがアクセサリーショップにでもいるみたいに目をキラキラさせている。

「ちょーかわいいんだけど。めっちゃ躍動感あるよねー」

エビやカニの化石が浮き出たプレートを、やばいやっぱこっちのがいいとか言いながら選んでいる。

化石ってかわいいのか? 躍動感のある化石ってなんなんだろ?

たぶん、この会場で、いちいち不思議がってるのは僕だけなんじゃないかと乗れてない感をかみしめる。


ミネラルフェアという名称だけにもっとマニアな人だけが集まってるのかと勝手にイメージしていたけれど、全然ふつうの人たちが、懐かしい丸井のセールのように集まっているのだ。

「ママはルチルを買ってくるから、それ買ったらケファロに戻ろうね」

親子連れがそんな会話をしている横で、僕は会場のベンチ(ここも石のベンチだ)にぐったりと座りながら、こんなことになってたんだなと自分の認識の甘さを振り返る。

いま、世の中的には空前の鉱物・化石ブームなのだ。おそらく。

そうでなければ、あんなに石が飛ぶように売れていくはずがない。みんなが一万円札を握り締め、次々と石と交換していく様子をぼんやり見つめながら考える。

そのうち僕もなんだか、お金より石のほうが価値があるような気がしてくる。

「たくさん買えてよかったねー」

満足そうな表情で家族連れが会場を去っていく。

今日の夜の食卓には、きっとたくさんの石が並ぶんだろう。

石のハンバーグや石のグラタンを、おいしそうに食べている家族のことを思いながら、あの家族も普通に電車に乗ったり、ゴミを出しながら近所の人とあいさつをしたりしているんだと思うと、今度こそ僕は本当に取り残された気分になる。


※昔のnoteのリライト再放送です