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終身雇用と年功序列の分別

8月28日の日経新聞で、「トヨタ、一律定昇見直し」という記事が掲載されていました。副題として、「21年から導入へ 成果主義を拡大」とあります。いわゆる「ジョブ型」への移行議論に伴い、賃金制度の今後について検討中の会社も多いことと思います。

同記事の内容を一部抜粋してみます。

「トヨタ自動車は定期昇給について、一律分をなくし評価に応じて昇給幅を決める方向で労働組合と最終調整に入った。トヨタ社員の基本給は大きく分けて、職位に基づき一律の「職能基準給」と、個人の評価に基づく「職能個人給」で構成される。新制度では考課による反映額を拡大するため、一律的な昇給分をなくし、評価に基づく「職能給」に一本化する。

人事評価は4~6段階とし、低い評価を受けると定期昇給が0になる可能性もある。従来は年齢や勤続年数によって資格が上がる傾向が強く、今回、一律的な昇給を廃止することで社員のやる気を喚起する狙いがある。

トヨタなど日本の製造業は、終身雇用や年功序列といった日本型雇用の象徴とされてきた。成果主義の流れは2000年代以降強まってきたとされるが、トヨタ関係者は「日本の大手製造業が定昇を完全に評価型にするのは珍しい」と話す。

硬直的な雇用慣行は、企業の国際競争力を奪う要因になり始めている。NECや富士通は、定期昇給に個人の前年度の評価を反映させる仕組みをすでに採用している。」

私が普段見聞きする会社様もそうですが、多くの会社が既に上記で言う「改定後のトヨタ賃金制度」を取り入れているのではないかと思います。つまりは、評価に基づいて昇給額が変わるルール、低い評価の場合は定期昇給が0になるルール等です。このことを踏まえると、上記は多くの会社にとって特に目新しい情報ではなく、「今さら感」のある話かもしれません。

先日の本コラムでも取り上げましたが、トヨタ自動車は2020年4-6月期に業界他社がすべて赤字となる中でも黒字を確保した超優良企業です。トレンド的には「古い」と呼ばれる処遇制度でありながら、そのような成果を実現させています。つまりは、「古いと言われる手法=役に立たない」という単純な結論は正しくないということです。とはいえ、これからの経営においては、今までとまったく同じやり方では不適切だという判断なのでしょう。

ちなみに、時々質問を受けることがありますが、いわゆる「賃上げ」は2つの要素があります。

・定期昇給(定昇):基本給の構成要素のルールに沿って月例賃金が上がることです。例えば、ある企業のグレード3に位置する社員の賃金が、月例賃金30万円+人事評価4段階による昇給分(9,000円、6,000円、3,000円、0円のいずれか)の合計で決まるとします。同社員が最高の評価結果をとり翌期の月例賃金が309,000円になったら、定期昇給したということです。「25歳社員には80,000円払う」という年齢給を採用している会社の社員が、1年後にその年齢給テーブルに沿って1歳分賃金が上がるのも定期昇給です。

・ベースアップ(ベア):基本給の構成要素のテーブルを書き換えることです。例えば、上記の例で昇給ルールを10,000円、7,000円、4,000円、0円に変えたり、年齢給を25歳で82,000円に変えたりすることを言います。

よって、賃上げ=定期昇給+ベースアップとなります。
トヨタは、このベースアップをいくらにするかの決定情報で他社・他業界に大きな影響を与えてきましたが、18年からベア回答額を非開示にし、20年にはベアゼロ回答としました。それだけ、賃金を取り巻く環境は今厳しいということが言えます。ただ、賃上げを全くしないわけではありません。定昇分は賃上げをするということですので、情報の見方に注意が必要です(さらに厳しい経営環境下に置かれた場合、ベアのみならず定昇も凍結し前年据え置きにしたりします)。

同記事でも取り上げている「(評価等に関係ない)一律の定昇」は、年功序列と相性が良いものです。会社組織に勤続し続けるだけで、ある意味成果に関係なく処遇が高まっていくからです。

ここで、「年功序列主義」を「終身雇用主義」と分別して捉える必要があります。一般的には、「年功序列主義」=「終身雇用主義」のように一緒くたに扱われがちですが、両者は異なるものです。終身雇用主義だが年功序列の考え方は採用しない、またその逆などもありえます。

上記トヨタ自動車の例も、今後も終身雇用主義(おそらくは)でありながら、年功序列(在籍すれば無条件にある程度まで処遇が上がっていく)の考え方とは一線を画し、実現した成果の大きさで処遇する考え方をより明確にする、という方針だと思われます。

なお、ジョブ型雇用を突き詰めていくと、定昇という考え方はなくなります。なぜなら、仕事の種類・量に対して対価が決まっているのがジョブ型だからです。その種類・量に対して勤続30年であっても今日入社した人であっても同じ価値を発揮し、同じ報酬を受け取るのが究極のジョブ型です。報酬を上げたいのなら、自らが請け負う職務記述書を書き換えて、種類か量を明確に変えることをしないと自らの価値・対価は上がりません。「今後は完全ジョブ型であるべきだ」と主張したいなら、「地道に評価されている限り給与は上がっていく」という概念を捨てることが求められるでしょう。

別の例で考えてみましょう。
「新卒採用主義」も、「年功序列」と並んで、「終身雇用」と関連付けられやすい雇用慣行です。「新卒採用主義」と「終身雇用主義」はイコールではありませんが、両者は相性が良いことから連鎖して運用している会社が多いでしょう。

オービックは、数あるシステム開発会社のなかでも、時価総額1.9兆円(2020年7月末)、営業利益率51.2%(2020年)、25期連続増益と他社を圧倒しています。この競争力の源泉となっている要因のひとつが、新卒採用への特化だとされています。同社では、原則として中途採用をしていないそうです。

BIZHINTの記事(連載:第2回 社史から探る 大企業の転換点)を参照すると、同社では、新卒採用主義であり終身雇用主義であることが伺えます。そして、そのことが、いかに同社の競争優位性の源泉となっているかがうかがえます。

https://bizhint.jp/report/448494?trcd=mm_9573064_bt1&utm_campaign=website&utm_source=bizhint.jp&utm_medium=email

同社の例からも、「終身雇用は古い」「ジョブ型での中途積極採用」「新卒一括採用は時代遅れ」など、世間一般でよく言われがちなトレンドワードに振り回されてはいけないことを再認識できます。雇用や処遇など自社の人材に関わる方針は、下記のように考えていくべきでしょう。

1.自社の経営理念・使命の確認
2.社内外の環境変化の想定
3.1.2.を踏まえての中長期ビジョン(例:10年後の目指す目標)設定
4.3.を実現するためのマーケティング戦略
5.4.を実現するための人材戦略

オービック社の例のように、変化の激しさで言うと最右翼のIT業界でも、戦略次第によっては新卒採用主義が有効になり得るわけです。会社によっては、年功主義だって競争力の源泉になり得るかもしれません。

私も普段、いろいろな企業関係者とお会いすると、「終身雇用主義ではこの先やっていけない」「年功序列になってしまっているのでそれを変えたい」といったお話をよくお聞きします。私はその際、「貴社にとって、それはなぜですか」と聞き返すようにしています。それらは、正解にも不正解にもなり得ます。自社としての戦略に合っているかどうかの観点から、是非を評価するべきでしょう。

<まとめ>
・最有力の大手企業が、年功序列主義から離れる制度に移行する。
・仕組みや考え方に新しい・古いはない。自社にとって適切かどうかである。

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