「ごめんなさい」といえば、解決するわけではない。
#20240309-372
2024年3月9日(土)
日曜日の習い事の後に遊びにでかけるためには、土曜日の昼までに学校および学習塾の宿題を終えねばならない。
それはお約束だ。
日曜日、遊びから帰った後にやるのでは遅いからだ。
学校の宿題は金曜日に出るので約一日でやらねばならなくなるが、学習塾の宿題は週半ばに出るので少しずつ進めることができる。
習い事に出る前に、私はノコ(娘小4)に確認した。
「宿題は終わったの?」
「終わった!」
「学校のも? 塾のも? 両方とも終わったの?」
「全部やったよ」
土曜日の午前中、私は家事に追われる。習い事から帰ったらすぐに夕飯、入浴、就寝とこなさなければ翌日に支障が出る。そのために夕飯を作り、浴槽を洗って湯張りを予約し、ベッドを整える。
ノコが机に向かっていたのは見ていたが、なにやら学校支給のタブレットを手に笑みを浮かべていた。
怪しい。
宿題をしながら笑うことはまずないので、Youtubeなどの動画を音を出さずに見ていたのかもしれない。
そうであっても、私としては、やるべきことをしたのならいい。
「じゃあ、明日は習い事の後に遊びに行けるね?」
ノコが力強くうなずいた。
日が暮れた習い事からの帰り道。自転車にまたがったノコがいった。
「ママママ、宿題なんだけどね、自主学習が2つ出ててね。1つはやったんだけど、もう1つは明日の朝やるから」
なぜ、それを今いうのだろう。
私はじっとノコを見つめた。
「ママが『全部終わったの?』と尋いたときに、どうしてそういわなかったの。そのときに、そういえば『明日の朝でできる量なのね?』とか『いや、約束通り昼までに済ませて』っていえたのに。今になっていうのは、ズルイと思う」
ノコの視線が左右に揺れる。
「……そのときは忘れてた」
「全部終わったかといわれても、思い出せなかったの?」
ノコの頭がぐっと下がった。表情が見えない。
「ママはやらなかったことをいってるんじゃない。『全部やった』という言葉が嘘だったことをいってるんだよ。裏切られて、腹立たしい」
「どうしたら、許してくれる?」
ノコはすぐに「許す/許さない」を持ち出す。そして、「いいよ、許します」と笑顔を返さなければ、「許さないんだね、許してくれないんだね!」怒りだす。
私は深くため息をつく。
ここで話していても家にたどりつかない。私は自転車のペダルを踏み込んだ。
「とにかく、もう遅いから今は帰ります」
ノコがきちんと後ろをついてきているか、途中で自転車をこぐのをやめないか、気を配りながらどうこの件を帰着させるか考える。
約束を破ったのだから、明日の習い事の後に遊びにいく予定は中止が妥当だろうか。
ここで「今回だけよ」と甘い顔を見せると、ノコはまた同じことを繰り返す。
懲りてくれればいいのだが、なかなか懲りない。
いや、懲らしめたいわけではないし、楽しみを奪いたいわけでもない。
むしろ楽しいことをたくさん経験してほしい。
風が冷たく強い。この春は例年になく強風の日が多い気がする。
家に着くと、コートを脱ぎ、手洗いを済ます。すぐに作っておいた夕飯を電子レンジで温める。
ひと足先に仕事から帰宅していたむーくん(夫)が私とノコのあいだに漂う不穏な空気を感じ、どう接したらいいのか戸惑っている。
ノコが私の背後を金魚の糞のようについてくる。
「……ごめんなさい」
聞こうとしないと聞こえないほど小さな声でノコがいった。
「『ごめんなさい』はわかった。わかったというのは、許したという意味ではないよ。これは『許す/許さない』という話ではないからね。聞こえました、という意味」
独身時代、結婚するなら「ありがとう」と「ごめんなさい」をいうべきときにきちんと口にできる相手がいいと思っていた。ノコを養育しはじめた頃も、やはり「ありがとう」と「ごめんなさい」を素直にいえる子になってほしいと願った。
今は少し違う。
「『ごめんなさい』といえば、おしまいじゃない。自分がしたことが悪いと思うのなら、今あなたがそれに代わってできることをし、これからはどうするのかいってほしいです」
「ランチョンマット出してご飯の準備すればいい? ポケットに入っているゴミを出せばいい? 明日の学校の準備すればいい?」
宿題を済ませなかったことに対して、ノコが今できることを問うている。食事の準備やゴミ捨てなどは該当しない。
私は難しいことを求めているのだろうか。
「ノコさんが宿題をしなかったのに、したと嘘をついた。それに対して、あなたが今できることは何なの?」
「……今、宿題はしたくない。明日の朝やる」
気付いてはいるが、それはやはりしたくないのか。
「それはわかった。だけど、それならママが『宿題終わったの?』と尋いたときにいうべきだっていったよね。嘘をついたのだから、今、あなたがその嘘に対してできることは何だろう。それをしなくて、ママにただ『ごめんなさい』というのは口先だけだよ」
ノコが渋々――心の底から嫌そうに、気怠げに計算問題を広げた。
最近、思う。
「ごめんなさい」といえば解決するわけではない。
自分の行為が悪かったと思うのならば、それに対して自分ができることの提示と実行、そして今後どうするかの約束までがひとくくりだと思う。
難しいことを求めているのかもしれない。
ノコに「許す/許さない」といわれるようになって、向き合った。今の私にとっての「ごめんなさい」がこれなのだ。
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