ノコと病院 ~怖いものを怖いといえるようになったということか?
#20230911-226
2023年9月11日(月)
乳歯がなかなか抜けない。
新型コロナウイルスの流行によるマスク生活が長くなり、子どもとはいえ口のなかを触ることが激減したのか。グラグラする歯を舌で触れることはあっても、指でぐいぐいとしている姿を見ていない。
そのせいか、ノコ(娘小4)の乳歯から永久歯への生え変わりのペースが落ちている。
下から永久歯が生えてきているのに、乳歯が抜けない。
それで4ヶ月前にも歯医者で抜歯した。
今回は歯茎の横から永久歯が見えてきてしまった。もともとノコは顎が小さい。歯並びが悪くなりそうで心配になる。
私もむーくん(夫)も子どもの頃、生え変わりの抜歯のために歯科医院に行ったことはない。
ぐらぐらがぐらぐらぐらになって、自然に抜けた。もしくは、親が糸で結び、エイヤッと引っこ抜いた。一度で気持ちよく抜けることもあれば、何度も結び直してやる羽目になることもあった。
一応、ノコに提案してみる。
「糸で結んで、引っ張っろうか?」
「ヤダ!」
「じゃあ、歯医者さんに行って抜いてもらう?」
「ヤダ!」
どっちにしろ、「ヤダ」ならば、ノコに恨まれない――歯医者に連れていく行為自体恨まれる可能性もあるが――ほうがいい。
ノコは委託直後の幼稚園年長児のときのほうが、病院に関しては楽だった。
予防接種も服薬も歯科医院も、「怖い怖い」というものの、手を握っていれば、泣いたりわめいたり、逃走することはなかった。成長するにつれ、どんどん拒みが強くなった。
今日も黒い歯科用椅子の上で膝を抱えて丸くなっている。まるで繭。
椅子はすでに平らに倒されているが、ノコは横たわることも拒否中だ。
ここの歯科衛生士さんたちは、やさしく丁寧で急かさずノコのペースに合わせてくれる。
「ノコちゃん、久し振りで忘れちゃったかな? まずは歯のお掃除しようか。何味のペーストがいい? 桃? いちご?」
ノコはそろりと体を伸ばし、引き出しのなかのペーストに目をやる。
「……桃」
「まずは鏡を口のなかに入れさせてね。ほら、鏡だから怖くないよ」
ノコにひと動作ごとに何を使うか見せ、何をするか説明しながら進めていく。
ゆっくりゆっくり、やさしい声で「ノコちゃん、ノコちゃん」と呼びかけてくれる。
ノコはひとりで診療室へは行かない。歯科用椅子の傍らにあるスツールに私を座らせ、ノコの足に触れているよういう。
そのうち、歯の画像がうつっていたモニタにDVDが流れる。
TV大好きっ子のノコはいつも同じアニメ番組なのに、すぐ夢中になる。アメリカの猫とネズミのドタバタコメディーで2匹は今日も元気に命をかけた追いかけっこをしている。
歯科衛生士さんは変わらずノコに語りかけてくれるが、ノコはまたたきも忘れたかのように画面に見入ってしまい、返事をしない。
「ノコさん、お返事は?」
私の声ももちろんその耳には届かない。苦笑を浮かべて私は「すみません」と小声でいう。
「いいの、いいの、その集中力は大事よ」
歯科医師が登場し、ノコの口のなかを確認する。医師の手が視界を遮ると、ノコは見ているのに邪魔をするなといわんばかりにその手を振り払おうとする。
「抜いちゃいましょう」
ノコは麻酔を含んだ綿を歯茎に押し当てられても、チクチクと麻酔を注射されても、モニタを凝視している。
この集中力はいいっちゃ、いい。
麻酔が効いた頃、歯科医師が戻ってきて、ノコの乳歯をクイクイッと抜いた。
血が出て、スポンジのようなものを当てられ、しばらく噛んでいるよう指示される。
これで、おしまい。
DVDが切られ、ノコの歯のレントゲン写真になる。
「イッタァー!」
その途端、ノコが叫び、私を睨む。
「アニメを見てるときは何もいわなかったのに」
思わずそういってしまう。
「注射だって、抜くときだって痛かった!」
傍から見ると、DVDに夢中になっていて何も感じていなかったようだが、一応感じていたけれど、アニメを見るのを優先したいから我慢して何もいわなかった、私はちゃんと頑張った、ということだろうか。
「すぐ終わってよかったね。よく頑張ったね」
ノコの頭に手を置いていったが、ご褒美に歯科医院から1個もらえるいろんな形の消しゴム選びにノコは夢中になっている。
聞いているのかしらん……
厳しい残暑にノコの額は汗ばんでいる。張りついた髪の毛を1本ずつ払いながら、私はノコの頭をゆっくりゆっくりなでた。
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