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自主性を持ってほしいと夫婦の会話を聞かせたが、娘にはそう聞こえなかったようだ。~「強く」って何?~

#20240605-408

2024年6月5日水)
 今日は、ノコ(娘小5)の下校から習い事への出発まで1時間半ある。
 おやつ、学校の宿題、軽く夕飯。宿題を全部終えられればいいが、ノコの気持ちの切り替えと集中力を考えると厳しい。
 おやつはクーリッシュ。キャップ付きパウチ容器に入った飲むように食べるアイスクリームだ。それとメロンソーダ。
 ノコはちびちびとクーリッシュを舐めては、メロンソーダを口に含む。
 ――そんなゆっくりしないで、早く食べちゃって。
 そういいたいのを飲み込み、夕飯の準備を進める。行儀マナーとしては遊び食べを推奨したくないが、ノコのリラックスタイムであり、気持ちを切り替えているのだと思えばとがめられない。
 パウチ容器を押し、飲み口からアイスが円柱状にせり上がっていくのをノコはじっと見つめている。
 「あ!」
 ノコの声に振り返ると、メロンソーダが入ったグラスが倒れている。テーブルにできたメロンソーダの池はみるまに広がり、流れ、ノコの服を濡らし、椅子、そして床に落ちた。
 ノコは硬直し、微動だにしない。
 私は慌てて、布巾とキッチンペーパーを広げる。それでもノコは動かない。
 「ほら、自分で拭けるところは拭いて!」
 水や麦茶ならともかく、糖分を含んだメロンソーダは厄介だ。拭いた布巾をすすいではまた拭く。
 「気を付けてね。早く着替えておいで」
 ノコが口のなかでもごもごと呟く。
 多分、きっと、「ごめんなさい」といっているのだろう。

 おやつの後は、宿題をするのかと思いきや夕飯にするという。ノコのリクエスト通り、焼きそばだ。歌いながらパクパクと食べていたが、残り少なくなったところで突然静かになる。
 「ママママ、見てみて」
 ノコが差し出した皿の上には、焼きそばの麺で「のこ」と綴られていた。
 ――そんなことしている時間があったら、宿題しちゃって。
 それもまた飲み込む。
 「あら、名前、書いたの。食べたら、宿題ね!」
 「はーい!」
 返事は元気がよい。
 だが、数分後には広げた漢字ドリルに顔を伏せてしまう。
 「眠くて、もう1個も書けない……」
 満腹になり、睡魔に襲ってきたのだろう。抗えないのはよくわかる。私は時計を見上げる。
 習い事へ向かうまで、あと30分弱。
 「じゃあ、起こしてあげるから15分寝なさい。ほら、ソファーに横になって」
 よろよろとノコは立ち上がると、ソファーへどさりと身を投げ出した。私は膝掛けをその細っこい体に掛ける。

 今日の習い事送迎は、むーくん(夫)がする。
 先程、仕事から帰ったばかりだ。急いで夕飯を食べている。
 「やっぱ、無理じゃねえのか。週4日、習い事っていうのは。本人はやりたいっていうけど、全然テキパキできてないし」
 私は寝息ひとつ聞こえないソファーへ目をやる。
 「そうだね。好きなものに出会ったら、もっと上手になりたいと思うし、ほかの人にとってはやりたくなくて、面倒くさい練習とかもやっちゃうと思う。ノコさんにとってダンスがそうかと思ったけど、違うのかもね。まだ10年しか生きてないんだもん。夢中になるものに出会ってないんだと思う。まぁ、大人になっても出会えない人だっているし、出会わなくちゃいけないわけじゃないしね」
 眠い眠いといったが、ノコは寝ていない。
 「ノコさんが続けたいっていうから、学校と両立できるよう応援しようと思ったけどさ。ちょっと目を離すと本を読んじゃったり、宿題じゃないことはじめちゃうんだよね。私だって口うるさくいいたくないし、ノコさんを見張っていたいわけじゃない。無理矢理させたくない。もうね、自分で習い事を続けるためにはどうしたらいいのか、今やるべきことは何なのか、自覚できないのなら辞めることも考えていいと思う」
 真剣に、真面目に、私はむーくんに伝える。いつもより声が低くなる。
 「そうだな。学校の宿題が全然できてねぇもんな。寝るのも遅くなるばかりだし、そうすると朝も起きれないし。まずは生活リズムだよな」
 私は壁掛け時計を見上げる。タイムリミットだ。
 「ノコさん、起きて。そろそろ出ないと遅刻になるよ」
 クッションを抱きかかえたノコは顔が見えない。
 「ほら、出掛ける準備して」
 クッションを取ろうとすると、ノコの両腕に力が入る。涙に濡れた右目が私を睨んでいる。
 「ママは私のこと、そう思ってるんだね」
 ノコが聞いていたことは知っている。
 「私のこと、強くいった
 「そりゃそうよ。あなたのことを真剣に考えているもの。そんなナマっちろい、ふにゃけた声で話し合わないわよ」
 「強くいった
 声は低く、厳しいことをいったが、荒げてはいない。むしろ声量は控えめだった。ノコが聞いていることはわかっているから、ノコを非難、否定するようなこともいっていない。
 「強くいった
 あぁ、なんだろう。この通じなさは。
 ノコはよく「強くいった」と先生や友だちのことを責めるが、ノコにとっての「強く」とは何なのだろう。
 わからなくなる。
 乱暴な物言いではなかったと思う。
 習い事を続けたいのなら、もっと自主的に向き合ってほしいと願って夫婦の話し合いを聞かせたが、こちらの想いは届いていないようだ。
 「強くいった
 ノコは真っ赤に充血した双眸に涙をため、何度も何度もわからない言葉を繰り返した。

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