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マネジメントと戦術と 〜見えているものが違うからこそ語り合いを〜

UEFAプロラインセンスを持つ高野剛さん、ライター・寺田弘幸さんと3人でのおしゃべり最終回です。前回は、ヨーロッパのスタンダードと森保監督のアプローチの話からサッカー監督の仕事について深めていきました。今回はその続きからとなります。

戦術論だけはピントがずれている


久永 「こないだ寺田さんと少し話しましたけど、今年のヨーロッパのコーチング会議で『もっと選手自身がプレーしないといけない』っていう考え方になっているという話を岡田武史さんが解説の時に言われていて、自分の中ですごく腑に落ちたんですよ。」

高野 「ヨーロッパでもそうなんですけど、戦術や分析の観点がテクノロジーの発達もあってかなり先行している感じがあって、戦術ありきになっている風潮がありましたね。現在は選手ありきで、戦術は選手をまとめるためのツールという捉え方になっています。もちろんプレーが向上するヒントとして、今までは縦に3つに分けて右、左、真ん中って区切っていたけど、5つに分けてハーフスペースを抽出した方が選手のパフォーマンスも高めやすいところはあるんですけど、ハーフスペースでプレーすることに縛ってしまうと、選手の感性や相手の能力やボールの動くテンポなどといった、ありとあらゆることを無視してしまうことになるんです。
もちろん戦術的な観点からサッカーを楽しむっていうのはありだと思うんです。ただ、選手たちと普段携わって実際にピッチ上で結果に出すっていう仕事をするのは、また別物だと思いますね。戦術的な議論はあってもいいと思うんですけど、それを100%にしてチームの評価をするのは違うのかなとも思います。YouTubeやブログでいろんな意見を発信するのはいいと思うんですけど、戦術的なところだけでの評価は少しピントがずれているなと思います」

久永寺田さんとの対談をnoteに掲載したあと、Jクラブの現場でコーチをやっている人がコメントをくれて、分かるって言ってくれていた。やっぱり目の前の選手がどういうパフォーマンスを出せるかが大事ですよ、ってことで。現場で選手たちと接する人はそれが当たり前に思ってることだから」

高野 「そうだね。この話を突き詰めていくと、監督が下す判断やクラブの判断はやっぱりそこにいる当事者しか分からないってことになると思います。映像だけを見て戦術的なことを話す人とチームの内部にいて話す人がいたとして、たぶん僕たちはこの間じゃないですか。僕らは現場にいてプロとしてやっているので、どうしてもチーム内部にいる人の側に寄っていくんですね。スタッフの目線、選手の目線で話をしようとするけども、映像だけを見て話す人は、どうしてもその目線が抜け落ちるんじゃないかなと思うんですよ。
やっぱりどんなにサッカーが進歩しても、すべてはピッチ上で選手がプレーして起こることなので、そこを理解していけばサッカー文化も豊かになると思いますし、日本代表もより強くなっていくんじゃないかなと思います。
僕がイングランドに住んでいたとき、もう80歳ぐらいのおばあちゃんが選手の気持ちを理解したうえでコメントしていたんですよ。日本のスポーツ文化を支えてきた野球については、70代や80代の方々も監督や選手の内面まで掘り下げて議論し合っているじゃないですか。そういう議論がサッカーでも起こってもらえるようになればなと思いますね。評論家と言われるような方々がピッチのことももっと理解したうえで話してもらえれば、日本のサッカーの当たり前の知識のレベルが上がっていくと思いますし、その当たり前が高くなれば高くなるほど、育成のジュニア年代の選手たちの当たり前も高くなって、サッカーの理解も深まっていきますよね」

寺田 「なるほど。でも、サッカーファンでも現場に携わったことのない人はいっぱいいると思うんですよ。そっちの人の方が大半で、Jリーグは観に行かないけどチャンピオンズリーグやプレミアリーグは大好きな人もたくさんいると思うんです。そういう方たちが、ピッチで起こっていることの理解を深めていけるようにするにはどうすればいいんですかね」

久永 「ファジアカ(※ファジアーノ岡山アナリティクスアカデミアの略称)ですよ!(笑)。 僕の経験上ですが、戦術を語りたい者同士が議論をするとマウントを取り合う現象が起こりがちなんですが、いろんな見方があることを尊重し合うことができたら変わっていくと思うんですよね」

高野 「サッカーがよく分からないから声を出して応援するだけですっていう純粋な楽しみ方があってもいいと思うし、そこからもうちょっと踏み込んで話をするときも、誰でもフランクに話せる雰囲気を作っていくことが大事だと思うんですね。僕の中でちょっとエンターテイメント性の高いサッカーの取り上げられ方はちょっと気になります」

久永 「ワイドショー的な形ですね」

高野 「そうです。でも、それもサッカーの入口だとは思いますし、もしかしたら、それも日本のサッカーの文化と歴史の構築のステップなのかなとも思いますね。今はいろんな娯楽があって、その中でサッカーに興味を持ってもらって、さらにもう一歩踏み出してもらうためには、そういうバラエティー的なきっかけも必要なのかなと思います」

久永 「寺田さんはライターとして伝える人じゃないですか。その辺はどう思います?」

寺田 「すごく難しいところですけど、伝える側としてはどれだけ説得力を出せるかが大事です。中には自分の知識をアピールしたいっていう場合もあると思うので、戦術的な話で論理的に解説したくなるんだと思います。一方で、ピッチ上で起こっていることを理解するのはとても難しいので、ピッチ上からは離れてバラエティーにして選手のキャラクターを掘り下げるか。どっちかに寄っちゃうのかなと思いますし、僕は取材ができる立場だから監督の意図や選手の想いを聞いて原稿を書くことができますけど、YouTubeやブログで発信する方は話を聞けないから、説得力を出す方法として戦術的な話になってくるんだろうなと思いますね」

久永 「なるほどね」

高野 「そうね。彼らの立場を理解しようとしたら、そういう形になりますよね」

寺田 「ですし、戦術的な話をするのもサッカーへの情熱の表し方の1つだと思うんです」

久永 「そうそう。めっちゃ好きですよね。みんなめっちゃ試合を見ているし」

高野 「そういう意味で言うと、僕はどうしても現場が長いんでピッチの方に近くなってしまう。なので、僕の発言や発想は見方によっては監督や選手を守っているように見えてしまうかもしれないですけど、これは森保さんが言っていたんですけど、サッカーの周りで発生するありとあらゆる音を全部ひっくるめて、すべての音が大きくなればなるほどサッカーが盛り上がってる証拠なんですよね。
ただ、YouTubeやブログで発信する方で、揚げ足をとったり攻撃をしたりするのは、本当に日本サッカーのことを考えいてるのかと思いますし、試合結果に応じて意見がコロコロと変わるのもどうかなと思います。ざっくばらんにTwitterで試合の感想をつぶやくのはいいと思うんですけど、プロとしてYouTubeやブログで発信するのであればマナーを考えていただきたいなとも思います」


森保監督の内側


寺田 「森保さんは批判の声を気にされていたと思いますか?」

高野 「これはもう本当に想像の世界で、すぐ近くにいたスタッフや家族でしか理解できないところだと思いますけど、監督も生身の人間なんでね。プレミアリーグで指揮を執ってきた監督とも話をしてきましたけど、監督をやってきた人は監督の苦労がよく分かるので必ずお互いを労いますよ。もっと言えば、プレミアリーグ側も監督にのしかかるプレッシャーの大きさを理解していて、心臓の検査を1ヶ月に1回受けなきゃいけないんようにしているんです。森保さんの耳まで批判の声が届いていたかどうかは別として、ただでさえプレッシャーの大きな仕事ですけど、それでも戦い続けられる強さが森保さんにはあるのかなと思います」

久永 「サンフレッチェで監督をされていたときと今は比にならない気がしますけど、当時は批判の声が気にならないって言ってましたね。『メンタル的に難しい状況になる監督がいることも理解できるけど、俺は大丈夫なんだよな』って言ってました。今も負けた後とかのインタビューで表情が厳しくなる時もありますけど、それは勝ちたいって想いがすごく強いからで、批判も含めてすべてを次の試合に勝つための材料にしているんじゃないですかね」

高野 「僕の感じた森保さんを言えば、割り切る力がすごくあります。シーズンを通して一緒にいると、うまくいかなかったこと、ああすれば良かったことの話をすることはあるけど、森保さんは割り切ってましたね」

久永 「それ、分かります。寺田さんも分かると思うけど、サンフレッチェが優勝した後は対戦相手がことごとく前の試合から戦い方を変えてきてたじゃないですか。初めてやる戦い方をしてくるチームもいたんで、試合前にどう来るかなんて分らんわって話を良くしてましたもん。だから、『できることは全部やったうえで、試合が始まってから対応しよう』っていう話は良くしていましたね」

寺田 「そういう割り切る力も、選手時代も含めて勝負の世界にずっと身を置いてきたから磨かれてきた能力の1つなんですかね」

高野 「それは間違いないでしょうね。森保さんは全てをやり切ったうえで割り切るんですよ。ありとあらゆることを深く考える人だから、周りに求めるスタンダードも高いんです。一回、自分が言われたことですごい覚えているのが、連戦のときに相手の映像が届かなくて、どうしよう、どうしようってなっていたら、森保さんが『大丈夫。まだ24時間はあるから』って。『時間がある限りやり切ろうよ』って」

久永 「それ分かる。すごい分かります」

高野 「今でこそ僕もそれが当たり前だと思うんですけど、それって代表選手だったから培われたメンタリティなのかなとも思うんですよね。森保さんは今よりずっと厳しい環境でいろんな国に行って日本代表として戦うことをやられてきた。代表に行ったら、どこが痛い、眠い、なんて言い訳は通じないし、チームに戻ってきたら代表選手として、プロとして、当たり前に妥協しない文化がサンフレッチェにありますし」

久永 「森保さんは『休むのは引退してからいいじゃん』って言っていたし、『シーズンが終わってから休めばいいじゃん』とも良く言ってましたね」

高野 「そうそう。僕もシーズンオフに入ってすぐに次のシーズンの準備に向けてどうすればいいか相談しようと思って電話したら、『心配な気持ちはすごく分かるけど、休めるときは休むことの方が大事よ』って言われたんですよ。で、シーズンが始まったらすごく深く考えて行動していかないといけないんですよ。森保さんは視野が広いから、監督になってもご自身のネットワークを使って情報収集をしていたでしょう」

久永 「めっちゃ聞かれてましたし、いろんな人から情報を集めるように言われましたよ」

高野 「僕が森保さんと一緒に仕事ができて良かったなと思うのは、スタンダードを上げることができたところですね。勝つためにここまでやれないか、成功するためにここまでやれないか、っていうことを自発的に考えさせられる雰囲気が常にあるんです」

久永 「分かります」

高野 「それは横内コーチも含めてで、クラブとしてのスタンスなんだと思います。成功するためにもっとできないかっていうことを、自分で自分に問い続けることをやることこそプロなんだっていう価値観が植え付けられていくんですよ」

久永 「最初にも話されたように、育成の現場で先輩方がそういうことを突き詰めているから、それがクラブの当たり前になっていくんだと思いますね」

高野 「こうやって言うと、すごくきれいなことのように感じるかもしれないけど、ドライなところもすごくあるんですよ。実際に中に入って自分なりにやったと思うことが否定されると、厳しいものです。自信を持ってやったことなのにマイナスなところを指摘されたりすると凹んだり受け入れなかったりするじゃないですか。厳しい世界でもあるんですけど、そこで食らい付いていく人はいずれその基準に到達していて、そこまで来れば自分なりにやったとかは思わなくなっていって、自分が成功するためにはどうしたらいいかっていう思考になっているんです。」

久永 「だからサンフレッチェは指導者が育つんですよ、だと思いますね」

寺田 「なるほど。今日は森保さんの見方が僕の中でも改まりましたし、めちゃくちゃ面白い話を聞かせてもらいました」

久永 「面白かったですね」

寺田 「ありがとうございます。またぜひお話を聞かせてください」

高野 「はい。ぜひまたやりましょう」

久永 「STVVはファジアーノとも提携しているんで、そっちの話もできますよね。育成のこととかも話したいですね。」

高野 「そうですね」

寺田 「それもめっちゃ面白そうです。ぜひ、またやりましょう!」

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