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マネジメントと戦術と 〜森保監督のアプローチは特殊なのか〜

UEFAプロラインセンスを持つ高野剛さん、ライター・寺田弘幸さんと3人でのおしゃべり2回目です。前回は森保監督のマネジメントからサッカーにおけるVUCA WORLD(by 高野さん)に話題が展開していきました。今回はその続きからとなります。

ヨーロッパのスタンダード


寺田 「(VUCA WORLDとは)不確実性が高く将来の予測が困難な状況ってことですね(検索して調べた)」
*『VUCA』は「Volatility(ボラティリティ:変動性)」「Uncertainty(アンサートゥンティ:不確実性)」「Complexity(コムプレクシティ:複雑性)」「Ambiguity(アムビギュイティ:曖昧性)」の頭文字を並べたもの。

高野 「そうです。サッカーのゲームはそういうもので、監督はいろんな複雑な要素がピッチ上で起こっている中で判断していくことが仕事で、監督も、選手たちも『VUCA WORLD』で進み続けるという言い方をするんです。それで、進み続けることができる選手が代表になってワールドカップに出ていくということです」

寺田 「予測困難な状況で進み続ける選手が生き残っていけるということですか」

高野 「そうです。なので、そういう選手たちがいる中に形を入れ込もうとしたら、もちろん一瞬は使えると思いますし、使える状況のときもあると思いますけど、コンスタントに結果を出していくことは難しいと思いますね。ワールドクラスの舞台はワールドクラスの選手たちがそれぞれの経験を生かして戦っている舞台で、現在ヨーロッパで戦っている選手たちは、もう形を超えてしまっていると思います。
70年代、80年代までさかのぼると話は違いますよ。当時の選手たちの適応能力にない形もあった時代だったので形が有効だったと思いますし、例えば今でも相手が対応できない形が存在するとして、その形を作り出すことができれば形は成功へのツールになり得ると思いますが、そういうものが作れない限り難しいでしょうね。
個性的なクラブばかりのプレミアリーグで毎週のように勝ち続けることを求められている選手たちは、もう『こういうふうにきたら、こういうふうにすべき』って解決策を身体で覚えているんですよ。だから、この形でやろうって思って準備していたら、試合が始まってちょっとして相手に対応され、どうしよう、どうしよう、ってなって試合が終わっちゃうような気がします」

寺田 「形だけの話ではないですけど、ハマっている、ハマってない、っていう見方、言い方はしないんですか?」

高野 「それもそれでありだと思うんですよ。ただ、形がハマるハマらないは試合によって変わっていくのが当然だと思うんですね。例えばワールドカップの対戦相手はグループステージの3チームとクロアチアを含めて4チームでしたけど、何か1つの戦い方を設定して、それで4試合を戦っていくのは難しいと思うんですよ。である一方、日本代表の今回のワールドカップの4試合を振り返って何がうまくいったかを検証するときの材料の1つになるというのが1つ。あと、例えば三笘選手のドリブルがすごく効きましたけど、相手もまだ対戦したことのない状況の中で三笘選手を途中から起用してドリブルがすごく効果的な状況を、ハマったと言えると思うんです。
ただ、クロアチアはそれまで3試合の映像も見てきたと思いますし、三笘選手のドリブルに対応してきましたよね。だから、あの試合は三笘選手のドリブルがハマらなかったと言えると思います。選手たちもクロアチア戦はそういうことを感じたので三笘選手へのパスが減ったのかなと思いますし、ああいう状況になったら違うハメ方を選手たちが考えないといけなくて、監督もその状況を見て、相手の守備陣形を打破するために、シュートに持っていけるように、選手を代えていくことが必要だったと思います」

久永 「ワールドカップと普通のリーグ戦はぜんぜん違うので、ハマるの意味合いも違ってくるのかなと思いますね」

高野 「うんうん。そういう言い方もできますね」

久永 「自分たちのやりたいサッカーがハマるのが良しなのがリーグ戦で、相手の弱点を突く感じでハメるのが良いのがワールドカップ。そういうところがあると思いますね。以前にデータ分析の専門家と話したときも、リーグとトーナメントの戦い方はぜんぜん違うって言っていて。リーグはいろんな相手と当たるからやっぱり自分たちの強みをしっかり鍛えていった方が良くて、逆にトーナメントはどの相手と当たるか分からなくて、自分たちのやり方がハマらない相手と対戦するかもしれないから、弱点を突くハメ方ができた方がいいかなと思うんですよね。
そういう意味から言うと、ドイツとスペインは自分たちの得意なやり方をやろうとしていたけど、日本は耐え忍んで相手の弱点を一刺しした感じがしたんですよ。逆にクロアチアは中盤の3人が前にスペースがあれば持ち運んでくるし、アプローチをかけてくればワンタッチではたくし、すごく状況に応じてプレーしていて、ロングボールも放り込んだりしていたじゃないですか。ああいうふうに相手の嫌なことをやっていくハメ方もあるのかなっていう気もしましたね」

高野 「僕も同感です。クロアチアはモドリッチをはじめ他の選手もいろんな打開策を持っている。経験を積んできた中でたくさんの引き出しがあるんですね。それは育成の段階から毎週末に試合があって、その試合にどうやって勝つかを積み上げてきたからだと思います。チームとしてどう勝つかをベースにするのか、自分の能力をどう使って勝つかをベースにするのか、その考え方の違いでかなり変わってくるんですよ。
クロアチアの選手たちは1人ひとりがその試合に勝つためには自分がやらなきゃいけないことは何かを常に考えてピッチに立ち、試合で学んだことをどんどん蓄積していっているので、彼らの中に打開策のデータベースが備わっていると思うんですね。だから、ありとあらゆる状況に応じて、あの手この手を使ってきたんです。日本がどういう戦い方をしてくるかを踏まえて、ここだけはやられちゃいけないっていうのは共有しておいて、でもそれ以外のところではどうなるかわからないっていうのが選手たちの頭の中にあったと思います。だから日本代表も苦戦することになったと思いますし、もしクロアチアとの対戦が初戦だったら勝てた可能性はもっと高かったと思います。
久永さんも言ったように、リーグの場合は、やっぱり流れもありますし、プレースタイルを極限まで追求していくのか、それともある程度のスタイルにしていくのか。1年間ずっとベストイレブンで戦い続けるのは不可能なので戦い方も多少は変化していかなきゃいけない。そこをどう調整するかが監督の判断だと思いますね」


森保監督のサンフレッチェ時代


久永 「寺田さんは2015年のサンフレッチェがめちゃくちゃ強かったって言うじゃないですか。そのときと今回のワールドカップのアプローチは同じ感じがします?」

寺田 「僕は少し違うイメージですね。2015年のサンフレッチェはチームとしてのスタイルがしっかりと決まっていた。各ポジションのやることがしっかり決まっていたからこそ、こうなればこうする、っていうオートマチックさがあったし、どこまでやられても大丈夫、っていうことも選手みんなが共有できてた感じがするんです。勝負所がどこかもみんなが分かっていたし。だからすごくたくさん勝てたんじゃないかなって気がするんですけどね」

高野 「僕が感じた森保さんの選手の見方を話すと、森保さんは選手の気持ちをめちゃくちゃ大事にしてると思うんですね。アシスタントコーチとして選手たちの相談を受けていたときに、ちゃんと選手たちのそれぞれの状況を理解しながら話していたんですよ。僕と話すときも僕の考えていることを尊重して話を聞いてくれていたんです。そういう方だから、今回は代表選手たち、しかもヨーロッパで戦っている選手たちを尊重しながらチームを作っていったんだと思いますし、そういうチーム作りをするからこそ、選手たちもお互いを深く理解し始めると思うんですよ。
例えば、形をこれって示すとするじゃないですか。そうすると選手たちは真面目にこの形を何とかしようとしてくれると思うんですけど、必ずどこかで大きな壁にぶつかって、あの場合はどうする? お前はどうしたい? じゃあああしようか、こうしようか、って無限に問題が広がっていくんで、選手たちも納得がいかないと思うんです。だから、ある程度のプレースタイルを落とし込みつつ、あとの細かなニュアンスは選手たちが感じている感覚を擦り合わせていく感じで森保さんは進めていくのかなと思います」

久永 「森保さんと一緒にやっていたとき、選手たちは『立ち返るところがある』ってよく言っていたんですよね。それは当時、守備のところだったんですよ。選手たちも困ったらあの守備に立ち返れば大丈夫って思っていたと思うし、それは一見、ドン引きして守る形ではあるんだけど、自分たちは後ろからつなげるからいいっていうのがあったんですよね。いろんなことをやろうとするんだけど、ダメだったらここに戻ればいいみたいなところはすごく大事にしている感じがありますね」

高野 「ちょっと聞いてみたいんだけど、練習中やミーティングで森保さんから、こうなったら必ずみんなでこうする、みたいな決まりごとを告げていたんですか?」

寺田 「守備はあったと思います。ビルドアップの立ち位置もある程度は言われてましたよ。基本形を共有する感じでしたけど」

久永 「ありましたよ。僕はコンセプトビデオを作りましたもん。攻撃になるとまずこういうポジション取って、狙いはこういうことがあるって4つくらいを提示して、守備はこうっていう感じで。そういう映像を作って見せましたけど、それを練習で完全にやらせるってわけじゃない。それは共通のものとして持っておくっていうものでしたね」

寺田 「そうやって基本形だけを共有して、あとは選手のアドリブに任せていたところも多かった分、弊害があった部分もあったな、と今思いました。例えば森﨑和幸がいるといないはとても大きかったし、チームのパフォーマンスが青山敏弘次第のところもありました。攻撃の部分で言うと、高萩洋次郎の創造性やミキッチの突破力ありきで成り立っていたところもあった。それを選手の個性を生かしてるとも言えるでしょうけど、代表だったら選手の高い選手を集められるからいいと思うんですけど、当時の広島に森﨑和幸の代わりができる選手はいなかったので、いないときに結果を出すのは難しかったですよね」。

高野 「なるほど。やっぱり経験値のある選手が状況に応じてピッチ内で対応できるかは重要ですよね」

久永 「僕がいた12年と13年は連覇しましたけど、ほとんどメンバーは変わらなかったですからね」


ヨーロッパの監督の仕事


久永 「前回に寺田さんと話して、森保さんは戦術から入るんじゃなくて選手たちの肌感覚を大事にしていく監督っていう結論になりましたし、高野さんも同じような見方をされていることは分かったんですけど、UEFAプロライセンスを持っている高野さんの基準からして、森保さんのアプローチは特殊じゃないってことですか?」

高野 「そうそう。ぜんせん特殊じゃないんですよ」

久永 「ヨーロッパのサッカーの話をすると、どうしてもまず戦術の話になって、ポジショナルプレーとか5レーンの話になるんですよ。そっちをまず大事にしてるのかなと感じることもあるんですけど、そうじゃないんですか?」

高野 「プロライセンスを受講してるときに他の監督とも話したんですけど、ヨーロッパでプレーしている選手って、自分にとってどうなの?っていう考え方が常にあるんで、形をカチッと決めたとき、自分がそこに入ったらどうなるの?って考えるんです。チームがどう機能するかを考える前に、まず自分のことを考えるんで、その世界のトップクラスの選手たちをどうまとめるかが監督の仕事になるんですけど、大事なのは『なんで、その選手たちにその金額がついているのか』で、『なんで、その金額を払ってクラブがその選手を連れてくるのか』なんです。
もちろんアスリート能力もフットボールの技術もそうなんですけど、彼らの経験をすごく重要視していて、クラブはその経験を買っているところが大いにあります。どのリーグでどれくらいの経験を積んできたかを査定して選手を獲得するので、監督が自分の形はこれですって決めたら、その選手の経験を生かせるの?っていう話になるんです。
例えば、[4-3-3]のウイングを使うタイプのシステムが好みの監督がいて、クラブとも[4-3-3]でやることに合意してサインしました。それで、ある程度は監督がどの選手が欲しいということも言えます。だけど、必ずしも監督が理想とする選手たちが一気に集まるかというと、そうじゃないです。
クラブにもいろんな思惑があって、この金額を出して選手を連れてきました。こういう能力があって、こういう経験をしてきています。監督はそういう選手たちの能力も生かし切ってチームを勝たせてくださいっていうオーダーを引き受ける仕事なんです。なので、自分の形に選手たちをハメ込んでいくか、選手たちの能力を生かし切っていくか。融通が必要になります。
チームには25人から30人がいて、本当にいろんな環境の中で育った個性豊かな選手が集まってくるので、形を優先してしまうとかなり窮屈になってくるんです。形はある程度の方向性に定めておき、クラブとのやり取りをしながら選手が揃っていく中で、その選手たちを十分に生かしていくサッカーをしていかないと、クラブも選手たちも納得いかないと思います。なので、森保さんの選手たちの経験を生かし切るアプローチはすごく普通のことで、僕はそれが監督業だよねって思います。

寺田 「ヨーロッパの選手は個性も強いと思いますし、自我もすごく強いと思うので、ある程度は役割を明確にしないとチームとしてまとまらないんじゃないかなと思うんです。逆に日本人はチームのために献身性をもってプレーできると思うんで、森保さんがやられているやり方の方がチームの最大値も上がるのかなと思うんですが」

高野 「ヨーロッパには本当に規格外の選手もたくさんいます。アスレチック能力だけじゃなく、考え方や立ち振る舞いにおいても、もう本当に日本じゃ考えられないこともやっちゃいます。そういう選手たちをマネジメントするのが監督です。例えば、フランスの自由な発想のもとで生まれ育った選手たちだからこそ、ピッチの中で暴れまくってめちゃくちゃすごいパフォーマンスを発揮する選手がいますよね。ポグバみたいな選手をクラブが獲得してきたのに、その選手がパフォーマンスを発揮できなかったら、監督はどうなの?ってなるのがヨーロッパです。
一方で、ヨーロッパで日本人選手が高く評価される部分は、チームを第一優先する感覚ですね。そこはすごく高く評価されていますし、多国籍なチームであればあるほど、そういう能力は際立ってきます。その一方で規格外のことができるかどうか。そこは日本の環境や文化、DNAもあるかもしれないですが、そういった選手がヨーロッパのトップクラスにはなりづらいところはあるかもしれないですね」

寺田 「ポグバみたいな選手の横に日本人選手がいたら、補完し合えて良さそうですね」

高野 「そうですね。数学的に考えるとそうなると思うんですけど、やっぱり人と人はそううまくいかないですし、そこを見極めるのも監督の力ですよね」


※ 次回(12/30アップ予定)は、現場視点から見た戦術論と監督の内側についてもう少しおしゃべりしたものを紹介します。

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