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マネジメントと戦術と 〜そのメガネで見えるものと見えないもの〜

前回の記事に続いて、ライター・寺田弘幸さんともう少し詳しく森保監督のマネジメントについておしゃべりした様子を紹介します。

※おしゃべりは、クロアチア戦前に行ったものです。

選手任せ、なの?


寺田
「なるほど。もっとマネジメントの部分を具体的に言うとどういうことになるんですか?」

久永 「それを言語化するのが難しいんですよ(笑)。そういう部分で考えると、僕が今勉強してるCQっていうのがあるんですよ。IQっていう知能指数があるじゃないですか。EQが心の知能指数で、CQは文化の知能指数なんです。」

寺田 「へえ~~」

久永 「学術的にも証明されているんですけど、国の文化を6つの次元に分けるんです。権力格差の大小、個人主義か集団主義とかに分けるんですけど、日本には日本の特徴があってドイツにもスペインにもそれぞれの特徴があるんですけど、その中で日本は不確実性の回避のポイントがものすごく高くて、不確実なことをめちゃくちゃ避けたがるんですよ。だから前例大好きって感じですね。」

寺田 「はいはい。保険が好きっていうのも似てますね」

久永 「そうそう。確実にできるものが好きみたいで、もう1つ特徴的なのが達成志向がめっちゃ高いところ。不確実性の回避が高くて達成志向が高いから、前に成功したものを真似するとか決められたことをやるって傾向が強いんです。そういう特徴を考えたときに、日本人選手に戦術的な部分、こういう時はこのポジション取る、ああいう時はこのポジション取る、ってことをやりすぎると、それに縛られてしまうと思うんです。でも、森保さんは今言ったようなところまで細かい指示を選手にはしていないと思うんですよ。サンフレッチェで一緒にやったときはそうでしたし、今もそこは変わっていないと思うんですよ」

寺田 「だからでしょうね。よく『選手任せ』だという言われ方をするのは」

久永 「よくそう言われてるじゃないですか。そうなんですけど、森保さんは感覚的にそういう戦術的なことを選手に求めすぎると選手が逆に動きにくくなると思っていると思うんです。だから、ドイツ戦で右サイドの高い位置にラウムが上がってくることは分かっていたと思うんですけど、こういう時はこうするっていうことを細かく伝えてすぎてしまうと、逆に伊東が攻めに出れなくなる部分もあると思っていたと思うんです。だから、森保さんはそういう指示をあまり細かくやらず、コンセプトと大枠だけ伝えているんだろうなと思うんです」

寺田 「僕もそういうイメージを持っています」

久永 「それと、多少やられても最後のここ踏ん張ればいいっていうところのラインの設定がうまいんじゃないかと思いますね」

寺田 「そこの線引きというか、起こったことを受け入れて対応していく力があるなと思いますね。森保さんは『絶対に我慢の時間は来るから我慢だよ』って言われていたと思うんですけど、それを選手たち全員で共有するのって難しいことですよね。ドイツ戦も立ち上がりに前から奪いに行ってチャンスを作れていたから、前から奪いに行きたいと思っていた選手もいたと思うけど、ドイツ戦の前半は我慢の時間をみんなで受け入れてバラバラにならなかった」

久永 「そうですね。しかも、さっき言った『やられなきゃOKっていうライン』『ここは下回っちゃダメだっていうライン』がそんな高くなくて、けっこう低めにあると思うんですよ。でも、ここさえ下回らなければギリギリで建物は壊れないみたいな、選手たちがやりやすい、すごく絶妙なところにラインを設定するのがうまいと思うんですよね」

寺田 「なるほど。何とか勝負に持っていけるラインですね」

久永 「そうそう。そこが崩れちゃうと勝負にならないけど、そこをみんなでやれれば勝負になるよっていうラインが絶対にあるんですよ」

寺田 「それって森保さんが感覚的に持っているものなんですか?」

久永 「それは選手時代からの経験からくるものなんじゃないかなと思います。JFAがYouTubeでハーフタイムの映像を流していましたけど、『あいつら死に物狂いで来てるぞ!』『玉際だぞ!』って言っているシーンがありましたけど、たぶんあれが森保さんにとって大事なラインなんですよ。その辺だけがクローズアップされて、戦術ねえのか!っていう批判もあったと思うんですけど、そこが森保さん的に絶対に譲れないところで、あとはコンセプトと大枠を示す中で選ぶのは選手だよっていうスタンス。それも選手経験がめちゃくちゃあるから、選手へのリスペクトがすごくあるし、プレーするのは選手っていう考え方が森保さんの根本にあると思うんですよね。選手がやりやすい状況を作ってしっかりと力を発揮させるようなマネジメントがめちゃくちゃうまいなと思うし、それも日本人の監督だから、日本人の選手の感覚も分かるから、いい意味で言い過ぎないことができているかなと思うんです」

セオリーと肌感覚


寺田
「ドイツ戦で後半から冨安を入れ、その後にアタッカーを入れていった采配についてはどう感じられているんですか?」

久永 「戦術面だけで見ても、冨安は分かる。3バックにして、目の前に人がいる形にした方が分かりやすくなると思うんで。ただ、そういう戦術とかシステムの噛み合わせってセオリーがあるんですけど、森保さんはそのセオリーを分かった上で、選手をどう活躍させるかも考えて起用していくんで、セオリーに沿っていないこともあるんですよ。その試合の状況とどの選手がどう活躍するかを見極めて入れていると思うから」

寺田 「選手が良いプレーができるかどうか。そっちの方をより考えている感じがありますね」

久永 「でしょう。11人の選手が組み合わさっていかに良いパフォーマンスを発揮するかが采配の出発点にあると思うんで、考え方の優先順位が戦術とかシステムとかではないんです。11人の選手が戦って90分終わった後に勝っている状態をいかに作るかっていう考え方からスタートしているから、外から見たら戦術的にやられたように見えても、大切なのはそこじゃないと思っているんじゃないかなと思って見ています」

寺田 「なるほど」

久永 「使っているのが、いわゆるヨーロッパのサッカーの分析のフレームワークじゃないと思うんですよね。こういう仕組みで、こういう攻撃や守備を組み立てるっていう視点じゃないところからも森保さんのチームを見た方がいいと思うんです」

寺田 「じゃあ、選手起用について。三笘が間違いなくキーマンになっていると思いますけど、森保さんの三笘の起用についてどう思いますか?三笘の能力が最も発揮しやすいポジションでは起用していないと思いますし、決定的な存在にもかかわらずスタートからは起用していないですが。」

久永 「相手が疲れてから三笘を入れたいっていうのが1番にあるんだと思いますけど、森保さんは最初から攻撃的にいって主導権を握ろうとしてないと思います。この3試合最初は出方を見ているじゃないですか。ドイツ戦の前にいろんな人が『ハイプレスに行った方がいい』って言っていたと思うんですけど、試合が始まったら、行く時もあるけど、そんなに統一されていたわけじゃない感じだったじゃないですか」

寺田 「行くかどうするかは選手の判断だった感じがしますね」

久永 「その選手の肌感覚を森保さんはめっちゃ大事にしてると思うんですよ。作戦ボードを使いながらコーチングスタッフと想像してシミュレーションし、事前に選手に落とし込んだとしても、実際にあのピッチでドイツと対峙したときに選手がどう感じるかは選手しか分からないってことを森保さんはすごく良く分かっていると思うんで、選手の肌感覚に任せる部分がすごく多いと思うんですよ」

寺田 「なるほど。でも、そういうところがドイツ戦の前半は悪い方に出ましたよね。久保とか鎌田はプレスに行けてなかったと思いますし、選手の感覚に任せてしまうと、久保や鎌田が行けないと思ったらチームとして行けなくなりますよね」

久永 「それもありますね」

寺田 「だから、僕の考え方としては、久保や鎌田がどう感じるかではなくて、とにかく行け!と。行って外されたら、それはチームとしての戦術的な問題だと。そういう捉え方をするのが、今のヨーロッパサッカーの考え方なのかなと思うんです。ヨーロッパでプレーしている選手って日本人選手よりも犠牲心をあまり持っていない選手が多いから、選手それぞれの役割をきっちりと決めた方がチームとして機能するのかなとも思うんですよね」

久永 「なるほど」

寺田 「だから選手の感覚が揃うまでの時間が必要だし、コスタリカ戦は1つにならないまま試合が進んだ印象を受けました。試合前からシチュエーション的にも難しくて、選手たちが1つになってる感じがしなかったんです」

久永 「ですね」

寺田 「おそらくアタッカーの選手は前半を2-0ぐらいで折り返したいと思っていてたと思うけど、チームとして考えると0-0で試合が進んでいってもぜんぜん悪くなかった。0-0でいいのか。点を取らないといけないのか。意志が揃わないまま試合が進んでいった感じがしましたね」

久永 「そういうポジティブじゃない面が出たのがコスタリカ戦でしたよね。チームとしての方向性が固まっていれば、その中で選手が自分たちで良い判断をしていくことで良い結果につながっていくと思うんですけど、チームとしての方向性が揃わなかったら、選手それぞれが判断する選択肢が多くなっちゃってチームとしても力を出せなくなっちゃいますよね。コスタリカ戦は特に攻撃面では、選択肢が多くあって選手は逆に困っていた感じを受けました」

メガネを使い分ける


寺田
「チームとしてたくさんの引き出しを持っていて、戦術的に相手を困らせることができるサッカーをするチームではなくて、崩れず我慢強く試合を運んでいく中で違いを生み出すのは、その局面で力を発揮する選手たちっていうチームだと思いますし、選手たちに力を発揮させるマネジメントが森保さんはすごくうまいと思います」

久永 「本当にそう。それが試合中の采配だけでなく、日頃から選手たちとめっちゃコミュニケーション取るから、選手たちも森保さんのことを信頼して力を発揮する。そういうことだと思いますね」

寺田 「今、チームがすごく良い雰囲気になっていることも間違いなさそうですよね。そういう雰囲気を作るのが森保さんはうまいですよね」

久永 「そうですね」

寺田 「アナリストとして考えると、森保さんの監督としての力は説明しにくいですか?」

久永 「僕は森保さんと一緒にもやらせてもらって、当時の森保さんのマネジメントの仕方が分かっているからなんとなく分かるんですけど、映像だけを見て分析しようとすると、めちゃくちゃ難しいと思う」

寺田 「森保さんの人柄や背景まで分からないと理解できないってことですか」

久永 「そうそう。対戦相手としてサンフレッチェを何年も分析してきたJクラブのアナリストは分かるかもしれないですけど」

寺田 「なるほど」

久永 「誰でもどうしても一つのフレームワークに当てはめて物事を考えようとしがちだと思うんですね。ヨーロッパのサッカーの分析フレームワークだけで森保さんのやり方を見ると、今の日本代表を理解するのはかなり難しいと思います。でも、僕はメガネを使い分ける、って表現するんですけど、フレームワークを替えてみると、今まで見えなかったものも見えてくる感じですかね。」

寺田 「言われていることはよく分かります。森保さんのチームを良く見てきたから、森保さんっぽいチームだなと思いますもん」

久永 「ですよね」

寺田 「三笘についても、もっと高い位置でプレーしたい、スタートから起用してほしい、とも思っていると思いますけど、今のチームの中で俺はこういう役割だなと受け入れてるからパフォーマンスを出せているはずで、そういうマネジメントがうまいですよね」

久永 「ですね。今日の試合はスタメン、途中から、緊急事態、でそれぞれにスタンバイしてもらうけど、次の試合はまた違うからっていうことを理解させているんでしょうね。やっぱりあれだけ選手が活躍できることがすごいなと思いますね。それって何かって言うと、細かい戦術的な部分よりも、自分が持ってるものを評価してくれて、それを出してこいっていう送り出してくれてるからだと思うんですよ」



この記事はクロアチア戦の翌日に投稿していますが、この試合はコスタリカ戦のような難しい試合展開になったと思います。次回のW杯でベスト8以上を目指すために、今大会の4試合をこのおしゃべりにあるような見方で捉えてみるのも良いのではないでしょうか。

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