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白い猫と妻の失踪18、果穂 モン・サン・ミッシェル2019

 船で本土に戻り、グランヴィルでも海の見えるホテルに数泊した。デイオール美術館を見学したり、ゆっくりと過ごした。ここはディオールの生家で、家の造りや庭が素晴らしかった。

 ショゼイ島のホテルで教えて貰ったピコレットというサロンドテで朝食をとった。素晴らしく美味しい紅茶は100種類もあり、焼きたてスコーンが出る。あまりにも美味しかったので、ほとんど毎日ランチとお茶にも通った。チョコレートケーキ、注文が入ってから焼き上げるフィナンシエも素晴らしかった。こんなお店を一軒知っていると、まるで地元で喫茶店に通っているように、その町に親しみが持てる。

 グランヴィルからモン・サン・ミッシェルまで直通のバスが走っている。1時間以上かかるけれど、海辺を走るので、景色がとても美しく、気持ちがいい。モン・サン・ミッシェルのホテルに2泊した。

 モン・サン・ミッシェルは満ち潮の時間は道が閉ざされてしまう特別な島で、一番上に修道院が建てられている。修道院の見学に入ると、複雑な作りの建物に入り、偶然見つけた小さな入り口から聖堂に入ると、ちょうどミサをやっていた。シスターの歌声は、まるで天使の声のように美しかった。
 修道院内の歴史的な建築物としても有名な回廊は、美しい庭の周りを歩きながら、祈りを捧げ瞑想することができるのだそうだ。海が一望できる窓もある。
ミサの後で、シスターと少し話をした。夫を亡くしたばかりだと話すと、シスターは一緒に祈ってくれた。シスターのそばにいると、全くの他人なのにとても心が安らいだ。このシスターに会ったのは、たったの1度だけだし、生涯でたった数分の出来事だったけれど。きっと私はこのシスターのことを生涯忘れないだろう。
 こんな風にして、私はフランス旅行を楽しんだ。何度か、このまま家を買ってこちらに暮らしてもいいかも知れない。という気持ちになる程、素晴らしい景色をたくさん見た。人々がなぜかとてもリラックスしているなと感じた。また、時々旅行に出よう。慣れてしまえば、海外旅行もとても簡単な時代だ。

 モン・サン・ミッシェルのホテルのバーの窓から夜の海を眺め、心の中で夫に話しかけながら、静かに過ごした。翌日、列車でパリに戻った。最後にリッツ・ホテルに2泊宿泊することになっている。駅から予約してあったハイヤーでヴァンドーム広場に向かった。ホテルに着くと、係りの人が荷物を運んで部屋まで直接持って行ってくれた。私は、受付で名前を言っただけで、ソファーに座って待っていればよかった。係りの人が名前を書くカードを持ってきてくれたので、パスポートを見せて、サインをした。

 身なりの良い男性が、近くの席でシャンパンを飲んでいた。軽く会釈をして、手続きを済ませ、チョコレートケーキとコーヒーを注文した。ホテルの良いところは、気分次第で、部屋で飲食もできるし、ロビーやティールーム、レストランなど好きなところで寛ぐことができることだ。パリの高級ホテルに一人で泊まるのは、少し贅沢すぎる気もするけれど、人生最大の悲しみを乗り越える必要がある今、贅沢をせず、いつするのだ!と、私は意を決してリッツの豪華さを楽しむことにした。

 隣の男性から話しかけられたので、少し世間話をした。デザイナーをしているということだった。着物にとても興味があるそうで、私が着物をアレンジしたワンピースを着ていたことに興味を持ったようだ。知り合いの店で着物を時々アレンジしてワンピースにしてもらっている。着物や茶道にとても興味があるそうで、英語かフランス語で説明できる人を探していたそうだ。

「夕食を友人と一緒に食べるので、いかがですか?」と誘われた。特に断る理由もなかったので、一緒にレストランに行くことになった。一人で食事をするより、地元の人たちと話すことを億劫がらないのも、旅の醍醐味だ。

 夕食までの間、少し部屋で休み、近所を散歩した。高級ブティックの並ぶ広場や通りを抜けて、チュイルリー公園に行った。ルーブル美術館に入り、1時間ほど絵画を見た。1日かけても全部は見られないほどの広さがあるので、自分で特に興味のある絵だけを選んでみることにした。外に出ようとして古代エジプト文明の展示の部屋を歩くことになり、スフィンクスの展示などにとても驚いた。モナリザやギリシャ神話の女神ニケの彫刻よりもインパクトがあった。パリらしいところを訪ねてみようと、タクシーでエッフェル塔の近くまで行ってみた。トロカデロ広場から見るエッフェル塔はとても美しかった。

 夕食は、リッツホテル内のレストランだった。俳優やモデル、経営者など錚々たるメンバーが集まっての食事会で、私は少し気後れしてしまったけれど、デザイナーの彼がとても自然にみんなに紹介してくれたので、結局とてもくつろいでおしゃべりすることができた。

 きっと夫ならこういう場面でも、いつも通りに飄々と冗談を言ったりして、オープンハートな振る舞いで誰とも垣根なく話しただろう。と、思い至って、自然体でいることを心がけた。とても楽しい人たちで、彼らはいつも連絡を取り合う親友同士だそうだ。


 


 

 



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