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月をのみこんだカラス

人もカラスもみな、月を見上げる。

翻訳のきっかけ

世界がステイホームしていた春のこと。

英国作家ジョアン・ハリスさんが“月をのみこんだカラス”というショートストーリーを投稿されました。元々「月と○○」というモチーフが大好物だったわたしなので、暇がてらこの物語を訳してみようかなと思い立ちました。

お遊びで翻訳してみたけどせっかくなので投稿しても良いかなあ…でもやっぱりやめたほうがいいかなあ…と迷いつつこちらからお伺いのツイートを送らせていただいたところ、


ハリス女史から快くお返事いただきまして。


このショートストーリーが執筆されるきっかけとなったプロジェクト、52 Crows projectを企画なさったボニー・ヘレン・ホーキンスさん(ジョアン・ハリスの小説の表紙絵など手掛けるイラストレーターさん)からも温かいお言葉をくださったのでこの記事にも投稿した次第です。

Check out this beautiful drawing.
In my spare time, I translated the story written by Joanne Harris, whom I love and respect, into Japanese. This story is a part of 52 Crows project by Bonnie Helen Hawkins, one of the greatest artists in UK. I hope this lovely story to be published as a picture book someday. 

本編 「月をのみこんだカラス」

The Crow Who Swallows the Moon

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むかし、光り輝くものが大好きな烏がおりました。銅貨や、割れたガラス、城の厨房にあるスプーン。見つけることができた場合には、貴婦人の髪からとったダイヤモンドの飾りピンや、メイドが半開きにしたままの窓辺の化粧台に置いてあった指輪、といった宝石類。
カラスはこういったものを持ち出しては古い樫の木の高見にある大枝に隠し、近くの枝に留まっては盗んだ品物を愛でるのでした。
ある晩、カラスは水桶に映る満月を目にしました。彼女は蒐集するために飛んで降りてゆきましたが、月の幻影を掴もうとする度、漣が銀色の円盤をぼやけさせ、月は水中へと消えてしまうのでした。しかしカラスは諦めませんでした。水桶のどこかに銀色の円盤があるはずだと自分に言い聞かせ、そして水をすべて飲み干すことを自身に課したのです。それには一晩かかりました。彼女が水桶を空にするまでに月は沈み、薔薇色の夜明けが雲間で震えておりました。
カラスは空になった桶を見やり、“あたしは銀の円盤を呑み込んでしまったんだわ”と言いました。落ち込み、狼狽えながら、彼女は同情を求めて友人である他のカラスに語るのでした。しかし彼らは皆笑って、彼女を揶揄いました。
カラスは空になった桶を見やり、“あたしは銀の円盤を呑み込んでしまったんだわ”と言いました。落ち込み、狼狽えながら、彼女は同情を求めて友人である他のカラスに話しかけます。しかし彼らは皆笑って、彼女を揶揄いました。
“それはただの月だったのさ”彼らは言いました。“馬鹿だねえ!呑み込んだと思いこむなんてさ!”
カラスは自分を愚かしく感じ、彼らの笑い声から逃れるように自分の木へと舞い戻りました。そこで、彼女はお気に入りの枝に座り、自分の宝物を眺めました。けれど、コインも、指輪も、銀のスプーンも、壊れたガラスもーー何一つ水面に映った月とは比べものになりません。
彼女の下では、他のカラスたちが地面で、彼女を嘲笑っているのが聞こえてきました。“とんだ馬鹿者だ!”カラスたち皆が叫びました。“彼女は自分が本当に月を呑み込んだと信じこんだんだよ!”
カラスはとてもみじめな気持ちになりました。
まさにそのとき、青い鳥が枝に舞い降りました。“どうかしたの?”彼女は尋ねました。カラスは彼女に事情を話しました。青い鳥は注意深く耳を傾けました。“でもあなたはどうやって彼らの方が正しいと分かったのかしら?”カラスが話し終えると、彼女はついに言いました。“彼らはあなたが月を呑み込むところを見ていないのでしょう。彼ら皆が間違っているかもしれないわ” 
多数決の原理を信じていたカラスは、そんなことを考えてもみませんでした。
“あなた本当にそう思う?”彼女は言いました。
楽天家として、夢想家として九つの世界で知られている青い鳥は、言いました。“もちろんよ。あなたがそう信じるなら、あなたが間違っているなんて誰が言えるの?”
そうしてカラスはとても励まされ、枝に留まり夜を待ちました。彼女の下では、他のカラスたちが未だに彼女を囃し立てていました。しかしその夜は雲が分厚く重い、月のない夜でした。
”あの小さな青い鳥は正しかったんだ”カラスは思いました。“あたしは焦って月を呑み込んじゃったんだ”彼女は喜びつつも、夜の生き物たちを思って心配になりました。彼らにとって月は生と死を意味します。“あたしはこれを空に返さなきゃ”彼女は言いました。“でもどうやって?”
彼女の上空では雲が流れもつれ合っていました。
“犬は月に向かって吠えるわね”カラスは考えました。“もしかしたらあたしも同じことが試せるかもしれない”そして空に月を返すために、彼女は嘴を開け、できる限り大声でガーガーと鳴きました。
長いこと、何も起こりませんでした。そのとき、唐突に、雲間から月が顔を出し彼女に向かってウィンクしました。カラスはとても安心しました。“やったわ!”彼女は言いました。“あたしは月を救ったの!”
それからというもの、他のカラスたちがいまだに嘲笑っていようと、月は毎夜感謝の気持ちを表し、そして毎晩彼女の持つ宝物を照らし出したものでした。コイン、指輪、ダイヤモンドの飾りピン、スプーン、壊れたガラスたちを。

エピローグ

月に惹かれるのは人も狼も烏もみな同じ。ちなみに作家ジョアン・ハリスの代表作はジョニー・デップとジュリエット・ビノシュ主演映画『ショコラ』の原作小説。こちらの記事で詳しく紹介しています。

イラストレーターボニー・ヘレン・ホーキンスさんの陰影の美しいイラストもInstagramなどでぜひチェックしてみてください。

Words: By Joanne Harris
http://www.joanne-harris.co.uk
Twitter:@Joannechocolat
Instagram: @joannechocolat

Art:By Bonnie Helen Hawkins
http://www.bonniehelenhawkins.com/single-post/2018/01/05/52-Crows
Twitter:@BHHillustration
Instagram: #bonniehelenhawkinsartist

見出し Ruins of a Gothic chapel at full moon, 1868 Felix Kreutzer (1835 - 7 Apr 1876) 

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