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初稿の連載小説「もっと遠くへ」2-3
2-2はこちら↓
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土曜のその日、父はあれこれ僕に仕事を体験させてくれました。測量のやり方だの、道具の名称だの、ユンボの操作だの、もちろん子供であったため、運転などはさせてもらえませんでしたが、運転席に座る僕を見て、
「どげな、きもちよかろっ」
と、答えは一つであると決められているかのような質問でした。
僕は、子供の好奇心を逆手にとって、心にもない事をいくつか質問して、その度に、そいじゃ、いや、それはちごか、おお、じゃっどじゃっど、と、表情が緩む父を見て、安堵していたのです。
僕が会社を継いでくれると期待していたのでしょう。跡継ぎは、僕以外にはいませんでしたから。父は、それから頻繁に僕を現場に連れ出し、ある時は、職人に僕のことを、
「おいの息子です」
と、紹介し、周りの大人達は、
「こげなこまんか頃から現場を知っちょったら将来が楽しみやな」
と、父の事を囃し立て、それに対し、
「まあ、どげんですかね」
と機嫌がよかったのです。外でそんな風でしたから、家に帰ってからも母に当たることはほとんどありませんでした。学校が休みの日は現場に父と向かい、家に帰れば、
「一緒に風呂に入ろか」
と、その日あった事の続きを僕に話してくれました。そんな僕が、父に本音を打ち明けたのは、正確には、逃げるような形になってしまったのですが、高校三年の冬の事でした。
もちろん、そのずっと前から、会社を継ぐという心持ちは微塵もありませんでしたが、父の喜んだ姿を見ていると、家での父と母の姿を見ていると、このままいた方が皆、どんなに幸せなのだろうか、と考えていました。そのままずるずると時間だけが流れていきました。
僕の中にある「本音」は次第に大きくなり、悪性を帯びていきました。腫瘍のようなものです。
「本音」という生き物は、時間が経つにつれ、だんだんと成長して、僕たち人間の想像を超える、膨大で強力なものに姿を変えてしまうのです。良性であればどんなに良かっただろう。
僕の場合は悪性でしたから、それを、裏切りと捉える者も、いるかも知れません。嘘つきと言う者も、いるかも知れません。
一瞬にして父のこれまでの生活が全て崩れ去ってしまう気さえしたので、騙し騙しなんとかやってきました。
父は、土木建築科がある自分の出身校を僕に進めていました。
「あそこはよか学校じゃ、おいの時代は、毎日頭をはたかれて、めーめーしゃんしゃん泣いて、それでも必死に耐えて、鍛えられたもんじゃ、あげな厳しか高校は他になかど」
これが父の謳い文句でした。そこは私立でしたので、入学にも高いお金がかかり、もちろん学費も決して安くはありません。それでも、自分の母校に息子が通うというのが父の夢の一つでもあったのでしょう。
「ちびがお金のことを気にすんな、どうせ払うのはおれやっどが、めーめーしゃんしゃん泣いて鍛えられっ来い」
と、安酒を飲みながら話していました。
結局、僕は父の勧め通り、土木建築科がある、父の母校に進学したのです。ですが、学科は、土木建築科ではなく、普通科でした。
***
続きは8月28日(月)です。
お待ちください。
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