今年の春はちょっと寂しい・・・
私のnoteにお越しくださりありがとうございます。
アラ還のcandy@です。
寒い冬がそろそろ終わりに近づいて春の陽気を感じ始めた。
いつもなら私にとって気分が上がる春なのに
今年はなぜか例年のワクワク感が今ひとつ湧いてこないのだ。
春は新しいスタートの季節
春は明るいイメージ
新入学や新社会人の就職など期待に胸を膨らませて未来に思いを馳せる季節
『春だよ、春が来たよ』
世の中がウキウキしているのを見て
「春なんだから、私もウキウキしなくちゃいけないのに」とどこかで焦る自分を見つける。
まだ娘たちが小さかった頃は文句なく春は私にとってウキウキの季節だった。
4年前に下の娘が関東の大学へ進学したので娘は一人暮らしをするために神戸から関東圏に上京した。
第一志望の大学の合格発表後、喜び勇んですぐに夫と娘と私は三人で関東へ日帰りで家探しに行き、その後は家財道具の準備や引っ越しの手配など、とにかくじっくり考えている暇もなく次々とやることに追われて
全てが終わった時に私は疲れがどっと出たのか、結局娘の入学式には体調を崩して出席できなかった。(引っ越しが完了して一旦神戸に戻ってから入学式に出席するつもりでいたのに・・・)
はりきりすぎ〜💦
けれども今思うと、4年前の春は忙しくてそれはとても大変だったけれども一方でとても充実していた春だった。
楽しかった。
あれから4年
今年の3月に娘は無事に大学を卒業して4月からは新社会人となる。
私は今年の春は娘が晴れて一人立ちする、その喜びでいっぱいになると思っていた。
なのに何か心の中は寂しいのだ。
これはなんなのだろう?
私の娘たちがまだ幼い頃に私は母に
『子供たちが早く大人になってくれたら良いのに、早く大人になって欲しい。』と言ったことがある。
その時母は私にこう言った。
『今は大変だけど、今が一番幸せなのよ。子育てに追われていた昔が懐かしい。今考えると私はその頃が一番幸せだったよ。』
若くて余裕のなかった私は母のそんな言葉に少しも耳を傾けずに
「お母さんは何もわかってくれていない」と不満を感じたのを覚えている。
ふと、その時の母とのやりとりを思い出して
今年の春がいつもと違い、少し寂しくて私だけが取り残されたような気持ちになる理由がわかったような気がした。
親の役目がある程度終わったことへの安堵はあるがそこには達成感よりも寂しい思いの方がより強くて仕方がない。
あれから20年近く経ってやっと母のそのときの言葉が胸に響いている。
子供たちに振りまわされて、自分のことに時間をかける余裕のない日々から一日でも早く解放されたいと思っていたのに
(酷い母ですね)
あんなに『早く大人になって欲しい』と切望していたのに
勝手なもので、いざ今年の春に大人になっていく娘を前にして私は寂しいのだ。
心のどこかで『大人になんてならなくて良いのに』とさえ思っているのだ。
そして髪の毛を振り乱して子育てしていたあの日々をもっと大切にしていればよかったと悔いているのだ。
それでも時間を戻すことはできない
だから・・・
せめてあの頃の自分にそっと囁いてあげたい
『大丈夫だよ、いま感じているしんどい気持ちは将来きっと忘れられない大切な良い思い出に変わるから』と。
ひできさん、最近私がなんとなく気分が晴れずにセンチメンタルになっていたのはこれだったんだと思います。
ひできさんのお母様も最愛の息子の新たな旅立ちに嬉しくも寂しい思いをされたのでしょうね。
ひできさんの『春をおもう』素敵な記事を読んで私も元気を出そうと思えました。
ありがとうございました。
来年は私も60回目の春を迎えます。
これからもひと春ごとにいろんな思いを巡らせたい。
今年の春はこれからですっ
やっぱり今年の春も明るく楽しい気持ちで迎えたいと思います。
『新社会人になる娘よ、おめでとう!』
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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