フランボワーズの思惑
直接会って話したことはない。社内報で写真を見たことがある程度。
Oさんは、電話での話し方、仕事の捌き方、気づかいなどから、さすが数少ない女性管理職・・・と思わせる方である。
関西の所属なので、わたしのことは声と年次と仕事の進め方くらいしかご存じないと思う。
とはいえ、仕事上で大変お世話になっているため、毎年バレンタインデーには感謝の気持ちを込めてチョコレートを贈っている。
今年は急に出社日が変わり、贈るのが1週間遅れてしまった。
後日、御礼と一緒に「ありがとう!今年はもらえないのかなぁ、なんて思ってました」とメールが届いた。
文字面だけみて、ちょっと肝を冷やした。
他支店の中堅社員からの気持ちの品を、そんなに楽しみにしてくださっていたのだろうか。
そして、後日届いたお返しがこちらだ。
わたしが贈ったものに見合わぬ、福袋なみに豪華で心おどるおくりもの。
心づかいがありあまる。
ほぼ京都でしか買えない《マールブランシュ》のクッキー、わたしの好きな緑色がアクセントカラーのシュシュ、ちょっと興味を抱き始めていた苔テラリウム。
毎年、地域限定のお菓子や雑貨など、バラエティに富んだものをくださるのだが、今年はわたしの好みを掌握していて驚いた。
マールブランシュといえば《茶の菓》というホワイトチョコレートをはさんだお濃茶ラングドシャが有名だが、このデザートクッキーは北山本店でしか手に入らない、「超」がつく限定品。
直径15㎝くらいの大きさの缶なのだが、貴重品だと分かってからは、両手でうやうやしく持つようにした。
洗練されているのに昔なつかしい、という心地よいパラドックス。
口どけのチャート図、というのが興味深い。化学物質の構造式みたいだ。
この中にベンゼン環が混ざっていても違和感がない。
貴重品すぎてしばらく眺めていたのだが、賞味期限が短いため、意を決して頂いた。おいしそうなのに食べたくない、というパラドックス(再)。
最初に、小麦とバターのやわらかな香りが口の中に広がる。それがほろほろと溶けたあと、フランボワーズの酸味がアクセントとして登場する。
ジャムの粘り気が、ほどけた小麦とバターをまとめあげて、最後にそれぞれの余韻が鼻からふんわりぬけていく。
たしかに、栞のチャート通りだった。
断面をくわしく説明したポップはよく見るが、味のチャート図は他のメーカーでは見たことがない。文章と図のダブル解説だと、味わいの変化が想像しやすいし、たしかめるのも楽しい。
そこで、社内便で手元に届いてから今までのわたしの感情と思考も、チャートにしてみた。
【思考のチャート図】
感謝・感激が胸に広がり、かわいい!というウキウキが収まったころに、本店限定商品という驚きのアクセント。
頭に浮かぶさまざまな感情や思考を、おいしいというクライマックスがまとめあげ、結果、たのしみ!という余韻が鼻息と一緒に抜けた。
じぶんの感情のチャートをかいてみたら、その背後にある贈り主の思惑まで勝手気ままに図解してしまった。
いろいろなところでいろいろなものを選んでくださっている時点で、「何がいいかな?」とお買いものを楽しんでくださっているのかもしれない。それはとてもうれしい。
あくまで恣意的な想像だけど。
あと、マールブランシュさんは、栞のすみっこに見えるか見えないかの極小文字でかまわないので「はさまる種の存在感」と書いておいてくれたらもっと好きになる。
これは、フランボワーズの思惑通りなのだろうか。
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