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【連載ブックレビュー】堀川惠子著『教誨師』 PART.1 主人公・渡邉普相

―君にこれを受け止める覚悟はあるか
そんな声が聞こえてきそうな、普相さんからの遺言であり、死刑囚たちの遺言でもある

タイトル:教誨師
著者名:堀川惠子
出版社:講談社文庫
発行年月日:2018/4/13

「この話は、わしが死んでから世に出して下さいの」
テレビ出身のジャーナリスト堀川惠子さんが、取材依頼を1年以上も続け、ようやく許されインタビューを重ねて執筆した第1回城山三郎賞受賞作。受刑者の徳性を涵養する任を負う宗教者“教誨師”。教誨師を長く務めた浄土真宗の僧侶・渡邉普相さんによって、死刑囚との様々なエピソードや死刑執行に立ち会う壮絶な場面が語られる。

■本書との出会い

大学の講義で紹介されたのが最初だったと思う。気になっていたが、手に取るまでには到らなかった。それが、どうしても読みたいに変わったきっかけは、武田鉄矢さんのラジオ「今朝の三枚おろし」。色々なところで聴けます(汗)

とにかく、武田鉄矢さんの語り口が冴えわたっている。実際に本書を読んでみると、少し違う部分もあるのだが、その魅力を余すことなく伝えている。まずは、武田鉄矢さんのラジオから入るのもアリかも知れない。

■主人公・渡邉普相さん

本書の主人公である渡邉普相さんは、広島にある浄土真宗本願寺派の寺院に次男坊として生まれた。旧制中学時代に広島で被爆。大学を卒業後、地元で高校の教師を務めていたが、縁談が持ち上がり、東京にある真宗寺院へ婿養子として入ることになる。

その養子先へ布教に訪れたのが篠田龍雄さん。エネルギッシュな法話に魅了されるうち、目を付けられることになる。篠田さんと義父が旧知の仲ということもあり、普相さんの情報は義父を通じて篠田さんへ筒抜けの状態となっていた。

普相さんの人柄をつかみ、親子のような強い人間関係を築き、しっかりと外堀を埋めてから、篠田さんは普相さんに告げた。

■教誨師への誘い

「私も高齢だから、いずれ後を継いでくれる人間が必要です。君の義父の了解もすでに得ておりますよ」

もちろん、普相さんが篠田さんを猛烈にリスペクトしていた前提があったにせよ、“君の義父の了解”という言葉は、婿養子という立場を考えると、あまりに苛酷過ぎる。こうして、普相さんは篠田さんに誘われ、教誨師という茨の道を突き進むことになる。

普相さんを駆り立てたのは、篠田さんとの関係性や婿養子という理由だけではない。広島での被爆体験が大きく影響している。凄惨極まる状況の中で、誰しも自分を守るだけで精一杯であっただろう。それでも、仲間や困っている人たちを見捨ててしまったとの思いに苛まれ、生き残った自分がいつか社会に役立つことをしたいと考えていたのだ。

■教誨師へ到る思い

普相さんの出身校、浄土真宗本願寺派の宗門校である龍谷大学には、その昔「売春婦更生研究会」という活動団体があったそうだ。普相さんもそこに所属していて、学生時代は活動をしていた。ビジネスマンや官僚にとっては、花の都であるはずの東京も、僧侶にとっては決して恵まれた環境ではない。

普相さんの実家がある広島は、“安芸門徒”と呼ばれる熱心なご門徒さんが多いことでよく知られている地域である。東京は元々ご門徒が少ない上に、都市化・現代化によって、門徒形成が困難な地である。築地本願寺が活況を呈するようになり、経済番組の雄「カンブリア宮殿」でも紹介されるようになったのは、つい最近のことだ。

それでも、普相さんが東京への婿養子入りをしたのは、東京で売春婦更生活動をやりたいと考え、計画も進めていた。ところが、売春防止法によって赤線が廃止されることになり、計画が頓挫してしまった。そんな折に教誨師という、新たなやりがいを見出すことになる。師・篠田さんの下、若い普相さんは教誨活動に情熱を傾けていく。

■挫折と再生

ところが、あまりに過酷な教誨師というボランティア活動に、心身が次第に疲弊していく。師・篠田さんとの突然の別れが、さらに拍車をかける。頼りがいなくなるばかりか、自身が頼られる存在へとなっていく。気持ちとは裏腹に、教誨師としてのステータスだけは向上を遂げ、全国教誨師連盟の理事長を務めることになってしまったことも、心理的負担になったのではないかと想像される。

国と宗教、死刑囚と被害者、死刑囚と家族など、様々な板挟みに遭いながら、普相さんはもがき苦しみ、ついにはアルコール中毒になってしまう。ウイスキーをボトルのまま、ストレートでがぶ飲み。2日に1本のペースでウイスキーボトルを空けていたという。

経験を重ねるうちに、教誨師としても、人間としても成長していく。そんな読者が期待するストーリーを真っ向から打ち砕くあたりが生々しい。

アルコール中毒を治療するため、精神病院へ入院。その入院先から教誨活動を続けた。入院先での扱いから、受刑者の気持ちが改めて感じられるようになり、寄り添うことの本当の意味を考えるようになる。

そして、受刑者へアルコール中毒を治療するため、精神病院へ入院中であることをカミングアウト。すると、受刑者との絆は深まり、いわば教誨師としての再生を果たすこととなる。

■おことわり

かなり要約したつもりであるが、普相さんの話だけでそれなりのボリュームになってしまった。本書は様々な立場から、色々な読み方ができる。本書は1巻本であるが、2回もしくは3回くらいに分けてブックレビューすることをお許し頂きたい。それほどに濃度の濃い本であることは間違いない。(つづく)

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