「僕の中に生きた君――君が記憶を失い、それが僕に流れ込む(小説新人賞最終選考落選歴二度あり、別名義、別作品で)」

あらすじ

吉田直道(よしだなおみち)は変わり映えのしない毎日に飽きつつあった。好奇心の強さから研究職に就いていたがそれにも飽きていた。いっそ、職を辞して世界一周の旅に出ようかと思っていた。  そんなあるとき、粒子加速器の実験が起こる。吉田直道と同僚の近藤愛加(こんどうあいか)のふたりが事故に巻き込まれた。意識をとり戻した直道は、身に覚えのない記憶が頭の中にあることに戸惑う。その記憶は愛加のものだったことがやがて明らかになる――

   プロローグ

 それは渇望だった。衝動だった。咆哮だった。
 その末にたどりついた一つの答え、つまりは世界に罅を入れることだ。
 彼は優秀さから周囲から頼りにされている。だから、皆が大きなモニターに目を奪われる中、粒子加速器の観測室のパソコンでキーを操作しても誰も気にも留めなかった。そして、すぐにこちらに意識を向けている余裕が無くなる。
 火災報知器とは違う、独特の警報音が響き渡った。どうした、と学者が似合わせない研究室長が緊迫感を顔に漲らせ、実験の数値をモニタリングする平の研究員に鋭い視線を向けた。それだけで容易ならざる事態が起こったことは明らかだった。
「粒子加速器の稼働率が異常な数値を示しています」
 戸惑い、室長の迫力に圧されながら研究員が声を詰まらせ気味に告げる。
「対策は」室長は室内の研究員たちを見回して声を張り上げた。
「僭越ながら、加速器の稼動に原因の特定が間に合う可能性が低いかと思います」
“彼”ほどではないが、主任研究員がなんとか冷静を保っているといった瀬戸際の表情で告げた。暗に室長に決断に求めていた。
 室長もそれに気づかないほどに暗愚ではない。
 上の物の失敗の責任を取るのが上司の大きな仕事だ、が彼の心情だ、ここで出せる答えうは一つしかなかった。
「総員退避だ。研究員から警備員まで全員だ」
 室長の言葉に従って、館内放送に観測室の放送が繋げられ、手短に事情が説明されなるべく遠くに避難することが勧告された。
 研究所、お呼び付属の施設は業火に追われていった。清潔な廊下も踏み荒らされたあとは靴跡だらけで悲惨なものだ。
 だが、彼は混乱の中でトイレの個室にこもる。ここから先に起こることが彼にとっての目的に叶うかもしれないからだ。
 しばしののち、粒子加速器のもたらす粒子の拡散は施設内にいた数少ない人間をもたらした。
 この時点が何が起こったか、“彼”にも理解できなかった。粒子レベルに体が分解される訳でもなく、並行世界に飛ばされる訳でもない。


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