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短篇小説集

4
ぽつりぽつりと書いてゆく小さな物語をここにまとめます
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#短編小説

忘れじの波

忘れじの波

 ごめんね、聖夜。
 せっかく見つけたのに、こんなことになっちゃって。
 でも、ぼくはあの時、走らなきゃと、それしか頭になかった。
 走ったらどうなるかって、そういうあとさき、考えられなかった。
 ぼくずっと、まるで刺繡を裏地からのぞいてるみたいだったの。
 ばらばらな色の何百何千という糸がこんがらがって、なにがなんだか、わからなかったの。
 ものごとのつながりも境目もあいまいになって、あわ雪のよ

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いちごの家族

いちごの家族

 つぶれるいちごをぼくは見た。
 ふと、なまあたたかくてしめっぽかった、あの夜がよみがえる。
 でもいま、いちごを踏みつぶしたのは、父ちゃんの足ではなく、車いすの車輪なのだ。
 八百屋の店さきで、みかんでもりんごでもなく、いちごにぼくがいざなわれ、ひと山二百円のザルから赤い粒をつまみあげた時のことだった。
「お客さん」
 店のあんちゃんが愛想笑いで呼びかける。
「さわったら買ってってよ」とでも言っ

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