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コメントの捉え方は人により全く違う

「いいね」の捉え方や価値観も人によって温度差があるけど、コメントはもっと違いますね。全くというか、正反対の捉え方もあります。コメントされることが嫌いとか、慣れてないとかいう状況もありそうです。

その人が書く記事の内容や、過去の体験によっても、コメントの捉え方は左右されるかもしれませんね。

ポジティブに捉えている人とネガティブな人

大きく分けて、そもそもコメントが「良いもの」と思っている人と「悪いもの」と思っている人の正反対の捉え方がある感じです。

記事に対するコメントが出来ないように設定している人は、後者の考え方をしているか、または記事の性質上、コメントは要らないと判断しているのかもしれません。(ビジネス上のオフィシャル記事とか)

自分はどう考えているか

僕自身は、まず、コメントすることは好きです。
そして、コメントされることも歓迎しています。

他人の投稿や記事にコメントする時の姿勢は、場合によって少し違います。
多少、批判的に言う場合もありますね。
めちゃくちゃ褒めて持ち上げることもあります。

問題(課題)は批判的なコメント

前置きしますが、ここで取り上げるのは「誹謗中傷」ではありません。(誹謗中傷は論外です)
批判または批判的なコメントについてです。

良いことを言われて嫌な人はいないと思うので、問題となるのは批判的なコメントをされたときに、それをどう受け止めるか、という辺りが人によって大きく違うのでしょう。

批判を受けることに慣れていなかったり、批判を受けることにメリットを感じなかったりする人はいると思います。
またコメントする側も、批判することに慣れていない人と、慣れている人では、相手の受け止め方も多少異なるのではないかと思います。

あくまで個人的な考えを言えば、批判自体は悪いことではないと思っていますし、お互いにとってメリットがあることも多いと思っています。
むしろ、相手にもメリットがあると思うから批判するのだという考え方もできます。僕はそう思って批判的にコメントする場合もあります。

(写真論のように、クリエイティブの中ではしばしば対立があるので、そういった前向きな批判は、僕自身は慣れています)

ケースバイケースだから、どういう言い方が批判として正しいか、これという例を上げにくいですが、相手を大事にしている態度が表現できていれば、少なくとも人格が傷つけられることは無いのではないか?とは思います。

展開は予測できない

ただ、やはり受け手がどう捉えるかは予測できないもので、特に、若者と中高年、男性と女性など、世代・性別が違うもの同士の会話になったときに、思わぬ事態に発展しかねない危険性はあるのですね。お互いの時代背景、文化、固定観念、潜在意識などが違うから。

僕は若い人にコメントすることが多いですが、変な親心みたいなものが出て、ついつい批判と捉えられそうな物言いをしてしまうことがあります。
それは決して悪意は無いのですが、初対面の相手だと、相手は完全に悪意だと捉えてしまうのですね。
そうして失敗することもあります。

それでもコメントしたいし、してほしい

まあ、自分がコメントするときは、楽しいコメントを心がけつつ、これからもコメントして行きたいのですが、僕の記事を読んでコメントしてみようかなと思う方は是非コメントをしてほしいと思います。

実際に、音楽やガジェットの記事などは、コメントして頂けることもあって良い情報交換が出来ていると思っているんですね。
コメントによってお互いに得るものがなければ、する意味もないですもんね。

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