見出し画像

書評「げいさい」会田誠 文藝春秋刊

 油絵作成の過程と心理状態をここまで詳細かつスリリングに書き込んだ小説があっただろうか。会田さんの本業にとって ”最も大切な命題と密接に関わっているはず(本文より)” の一夜。

 4年の執筆期間をかけた芸大受験浪人中の自伝です(会田さんは架空の主人公だとツィートしてましたが)。

 エッセイを除けば、小説はやはり半自伝的な96年の傑作「青春と変態」(ちくま文庫)以来なので、普段あまり縁のない純文学雑誌(文學界3~5月号に初出)を購入しました。

 地方出身の主人公、東京で浪人中、彼女なし(できるのだけど)。

 こういうマイナーで、ちょっと屈折した青年の心情を描かせると会田さんは本当に上手い。美大受験のテクニックや道具、予備校と講師のリアルが会田さんの目線でわかりやすく解説されているのが興味深いです。本業はいうまでもなく、吉本ばななさんも太鼓判を押した会田小説の上手さ面白さ。

  美大受験のオモテウラから話は徐々に核心に。まず、ヨーゼフ・ボイス。作風からファッション、果ては余興のような替え歌まで会田さん自ら歌って動画作品にしたほど、多大な影響を受けた芸術家。

 そして日本国内にしか市場のなくなった明治以降の日本画へ。のちに日展を強烈にディスるに至る会田美術史観の萌芽がもうこの頃から。芸術家どころか美大生ですらなく、圧力に潰されそうな「僕」と、「僕」を囲む個性あふれた登場人物たちは何処にたどり着くのか。

 恋人との顛末、不思議な夢、そして芸大入試当日。実技試験の最後の2時間。

 油絵作成の過程と心理状態をここまで詳細かつスリリングに書き込んだ小説があっただろうか。会田さんの本業にとって ”最も大切な命題と密接に関わっているはず(本文より)” の一夜。

 その一夜をどうしても文章でアウトプットする必要があったんですね。”文章の素人である自分(同)”.... 御冗談を。素人でないのは「青春と変態」で実証済み。青春小説の名作またひとつ。

この記事が参加している募集