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天まで届け

あいいろのうさぎ

 あなたと出会ったのは、酷く蒸し暑い夏。浜辺で熱中症になったあなたをお友達が救護テントに運んできたのがきっかけでしたね。あの時はすぐに回復してくれて良かったけれど、回復した途端に私をご飯に誘うのはさすがにどうかと思いました。今も思っています。

 ただ、その日から“よく見かける人”くらいの存在だったあなたが“ちょっと気になる人”になってしまったのは確かです。

 あなたはサーファーで、連日あの海を訪れていましたよね。救護テントに誰もいない時なんかは、ついあなたの姿を探してしまう私がいました。そんな時はタイミングを見計らうようにあなたが救護テントにやってきて、少しだけ話をして去っていきました。

 私の迷惑にならないように考えてくれていたんですよね。私もあなたもお互いに話せる隙を伺っていた。そんな私たちがお付き合いをするようになるまで、時間はかかりませんでしたね。

 あなたはお祭りや音楽フェスやテーマパークが大好きで、私を外に連れ出しては楽しいことをたくさん教えてくれました。周りの人もみんなしているとはいえ、人目を憚らずに踊りだした時なんかは大いに狼狽えてしまいましたが、しばらくすれば私も一緒に踊っていました。

 私たちの間には、そんな風に忘れられない、とても大事な思い出がたくさん眠っています。

 あなたと別れたのは、桜がやっと咲き始めた春先。

 覚悟は、していました。していたつもりでした。もうそろそろどちらが先に旅立ってしまってもおかしくはない。それでも、我儘だけれど、できれば私が先に逝きたい。そう、思っていました。

 そんな考えでいる時点で、覚悟なんてできていなかったのかもしれません。

 あなたは眠るように息を引き取りました。思い出すと、今でも泣きそうになります。いつもは声をかければすぐに起きてくれるのに、その日は起きてくれなくて、寝ぼけた視界にあなたを収めた時、眠気も血の気もさっと引いていったのです。

 それからのことは、正直あまりよく覚えていません。ただ、気が付いたら喪主になっていて、あなたとのお別れの準備をしなければなりませんでした。

 まだ現実も受け止め切れていないのに、お別れをしろだなんて、時間は残酷ですね。

 それでもどうにかあなたに伝えようと思います。と言っても、今振り返ってみると、あなたには感謝しかありません。

 楽しい人生を送らせてくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう。大切な家族を産ませてくれて育ててくれてありがとう。

 あなたは私がそっちへ行くことを嫌がるでしょうが、私はきっとそう遠くないうちにそっちへ行きますから、ちゃんと迎えてくださいね。

 愛しています。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 今回のお題は「ラブレター」でした。最初に「あなたと出会ったのは」「あなたと別れたのは」という文? 構成?が浮かんだので、筆の進むままに書いてみました。

 この作品がお楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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