欧州:脱炭素と域内産業育成
2024年2月6日、欧州のポリシーメーカーたちが暫定合意に至った欧州ネット・ゼロ産業法/Net Zero Industry Act (NZIA)について、その背景や概要、主な議論の焦点をノートにまとめた。
記事要約
グリーン・ディール産業計画の一環として、ネットゼロに寄与する産業の欧州域内育成を掲げた欧州ネット・ゼロ産業法。
ネットゼロ技術の生産拠点に関する規制枠組みの簡略化や投資環境の改善、域内生産能力拡大と他国との競争条件の改善に向けた努力をEU加盟国に対して課す事が法規の主な目的。
1. NZIAの背景
2019年に現行欧州委員会が立ち上げた欧州グリーン・ディール。2050年迄の気候中立/Climate Neutralを目指す同イニシアティブの一環として、欧州委員会が「グリーン・ディール産業計画」を公表、ネットゼロに寄与する産業の欧州域内育成を掲げた。
この背景には、米国、日本、英国、カナダなどによる経済刺激策としての補助金強化の動きがある。特に2022年に成立したアメリカのインフレ削減法(IRA)では、アメリカ国内産業に対し手厚い税制優遇を与えている。
脱炭素に向けた流れが進む中で、ネットゼロ産業を取り巻く環境が大きく変わりつつある、現在欧州はアメリカや中国などの競争相手に先手を取られている、したがって欧州としても何かしら手を打たなければならない、ということでNZIA法案につながっていく。
2. NZIA概要
このような動きを踏まえ、2023年3月、欧州委員会はネットゼロ産業規則案を発表、目的として、ネットゼロ技術の生産拠点に関する規制枠組みの簡略化や投資環境の改善、域内生産能力拡大と他国との競争条件の改善などを掲げている。
同法案で戦略的ネットゼロ産業とみなされるのは、太陽光・熱発電、陸上・洋上風力発電、バッテリー・蓄電技術、ヒートポンプ・地熱発電、水素製造用の電解槽・燃料電池、持続可能なバイオガス・バイオメタン、二酸化炭素(CO2)回収・貯留(CCS)、グリッド技術。小型モジュール炉などの原子力発電は、戦略的ネットゼロ技術の指定には含まれず、一段階下の区分の「ネットゼロ技術」に指定。
そのための行動計画としては、行政手続きの軽減策(各国単一窓口/ワン・ストップ・ショップ導入)、生産拠点の許認可プロセスの審査期限短縮など。
特に議論を呼んでいるのは、ネットゼロ技術の調達先多角化策としての公共調達の契約先の選定基準。これまで政府機関による公共調達先は一般価格競争、価格が選定基準だったが、ここに「持続可能性およびレジリエンスへの貢献」という項目の導入提案。
例えばソーラーパネルなどネットゼロ技術/製品を政府調達する際、その域内供給が中国などの同一の供給源に過度に依存(65%以上)している場合、調達先多角化策に反しうるため、調達先決定に勘案する事となっている(要は、価格だけじゃなくて調達先多角化も考えた上で調達先を決めよということ)
なお、欧州議会内で議論されていたより政府調達をめぐる厳しい中国製品締め出し案(WTO下の政府調達協定(GPA)に署名していない国からの製品が「50%以下」であることを保証を求める案)は、まさにソーラーパネルのような海外技術に頼らざるを得ないものもあるということで却下。
今後、コデシ手続きによって審議された同法案は2024年2月7日に暫定合意に至り、今後欧州議会およびEU理事会での正式投票を経て官報発行予定。
原子力の扱いについては、最後の最後まで、推進派(例:フランス)と反対派(ドイツ、オーストリアなど)で議論が分かれた(核分裂など既存の原子力技術を戦略的技術、核融合など他の先進的原子力技術をネットゼロ技術といった意見もあった)が、結局ネットゼロ技術リストに盛り込む形で最終決着。
※欧州における原発を巡る政策議論はこちらから
3. コメント
法規内容を見たが、企業が域内に生産拠点設置する際の手続き簡略化や政府調達先決定における地政学的リスクの勘案などは評価できるものの、これだけでは、ネットゼロ産業が域内で育たない問題の解にはなっていない。
そもそも太陽光パネルについていえば、中国製パネルへの依存度が高すぎて、それなしでは欧州脱炭素は難しくなるレベルまで問題が深い。再エネや水素、CCUSなどそれ以外の技術・産業も同じことになったら地政学的に非常に危険。
結局、ドイツの水素/ガス火力発電施設の件もそうだったが、いかに政府がイニシアティブをもって産業育成に前のめりになれるか次第、そのためには、政治家による断固たる決意、国民の反脱炭素感情を煽らないバランスの取れた政策、そして潤沢な資金が必要な気がする。パリ市のSUV駐車代引き上げ決定は、国民の反脱炭素感情を煽る好例だと思う。
※脱炭素前のめりなドイツでも、政府による補助金が大事なことを教えてくれるドイツ憲法裁判決は以下
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