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ドイツ:脱炭素と憲法裁判決

2023年11月、ドイツ憲法裁判所の判決により、ドイツ連立政権が政府予算の凍結を迫られたことは記憶に新しい。結果、政府支出が滞り、ドイツにおける脱炭素含め諸々の取組に影響が出ている。去年の判決の経緯と内容、および水素等の脱炭素への影響をサクッと整理してみた。

記事要約

  • コロナ対策のため、ドイツ政府は、ドイツ憲法/基本法にて定められた借入金の上限を一時停止して資金調達。余った金を気候対策に使いまわそうとしたところ、憲法裁判所から待ったがかかった。

  • その結果、予定していた財政支出を引き締めざるを得ない。それは太陽光発電産業向け補助金、電気自動車の購入補助金、水素火力発電所の政府調達など脱炭素系の取組にも影響している。

  • 脱炭素には政府の役割は不可欠だが、これまで通り緊縮財政的ルールをキープでいいのか?




1. 経緯ードイツ憲法裁判決

事の発端は2020年、新型コロナ危機対策としてドイツ連立政権は、ドイツ憲法/基本法にて定められた借入金の上限(政府債務はGDPの0.35%未満に制限)を一時停止。翌年2021年の予算として計2400億ユーロの借り入れを実施、そのうちの未使用分に当たる600億ユーロを、気候変動基金(KTF)の財源として転用するという第二次補正予算案公表した。

※KTF:グリーン技術開発促進や建物省エネ改築促進を後押しするべく、連邦政府や州政府の気候変動対策に資金を提供する基金で、通常の国家予算とは別の特別会計となる。

この予算措置は違憲であると、連邦議会最大野党の中道右派・キリスト教民主同盟(CDU)の議員がドイツ憲法裁に提訴。2023年11月15日、ドイツの連邦憲法裁判所が、連立政権による同予算措置を違憲と判断した。

カールスルーエにある連邦憲法裁判所
カールスルーエにある連邦憲法裁判所(出典:Tobias Helfrich)

同月中に未執行の大半の財政支出を凍結し、連立政権は600億ユーロの穴埋めをすべく予算交渉を開始。

太陽光発電産業向けに計画されてた補助金の削減、電気自動車の購入補助金の廃止などを含む歳出削減策と暖房や輸送燃料の炭素価格引き上げなど予算妥協案が連立与党内で合意に至ったのが12月13日

2. 水素プロジェクトの鈍化/停滞?

ドイツはまず、2035年までに電力セクターのゼロエミッション化100%を掲げている。このために必要なのが、風力発電(陸上&洋上)、太陽光発電に加え、水素を燃やして発電する水素火力発電が不可欠。しかし、風力や太陽光と違い水素関連はまだまだ産業として育っておらず、手のかかる3歳児のごとく政府という親が色々と面倒を見てあげないといけない。

水素火力発電所イメージ(出典:Recharge

ということで2023年8月、水素火力発電施設の設置&運営に関する政府入札を実施。要は、政府がお金を出すので施設作って運営しませんかということで、関連業界から応募を募ったということ。入札を獲得した業者は、総発電量23.8GWをすべて水素で発電する事となる(注:23.8GWの内一部は途中まで天然ガス使用が許されるなど詳細はここでは割愛)。政府はそのための補助金も欧州委員会から事前に許可を得ていた。

しかし、ドイツ憲法裁の判決により、70億ユーロ相当の補助金の使用が不可になってしまう。そもそも、この水素発電プロジェクトには全部で600億ユーロかかると言われており、70億ユーロ/12.5%が政府負担で残りは入札した業者が負担(自分で稼いでビジネスにしてね)ということだったのが、その12.5%の補助金すら怪しいというわけだ。ということで最初のオークションは2028年迄延期されるとのことだ。

そもそもドイツは2023年に脱原発を実施済み、再エネと化石燃料(特に石炭)で電力需要を賄っている。2030年までに石炭発電フェーズアウトは決まっており、水素プロジェクトが遅れるとなると、天然ガスを使うしかなくなる。低炭素化にはつながるが、同じ化石燃料であり脱炭素に遅れが生じる可能性が出るというのが関連業界エキスパートの言い分

他にも、ドイツ国内の太陽光パネルメーカーの海外移転の話もある。政府からの補助金なしではやっていけないとメーカー側。政府側も国内産業育成は重要視しているものの、補助金出してまで育成すべきものなのか、政権内で意見が割れているのが現状。そもそも太陽光パネル生産はほぼ中国に持ってかれてしまっている。

Meyer Burgerがドイツ国内生産する高効率ソーラーパネル・モジュール
Meyer Burgerがドイツ国内生産する高効率ソーラーパネル・モジュール
(出典:Meyer Burger HP

最後、政府の予算妥協案に、農業用ディーゼルに支払った税金の補償と農業車両の自動車税の免除の両方の削減が盛り込まれている。これにたいし農業従事者達が抗議活動を実施、連邦政府は自動車税免除の削減を撤回したものの、燃料税補償の段階的廃止はキープ、交渉は続いている。

ベルリンにおける農業従事者達が抗議活動
ベルリンにおける農業従事者達が抗議活動(出典:Politico.eu

3. 思ったこと。

現在欧州レベルで行われているEU経済・財政ガバナンスの見直し議論でもそう思ったのだが、緊縮財政主義の経済・財政ガバナンスのまま脱炭素するの厳しくないだろうか。スティグリッツ先生の言葉が思い出される。

無論、国内の太陽光パネル生産者をどこまで補助するのか問題はあるとして、特に建物分野の脱炭素(例:断熱材やら太陽光パネル設置とか、暖房器具入れ替えとか)や自動車分野の脱炭素(例:EV買い替え、インフラ整備)は確実に補助金やそういった類のインセンティブづくりが必須な気がする。代替エネルギー源の水素もそう。

そして政府による強引な化石燃料ボイラー禁止令にたいして国民の押し返しがあったことも記憶に新しい。

しかし、ドイツでは、農家の方々を怒らせるとこうなるんだ。生半可な抗議はせず、やると決めたらとことんやるところは正直尊敬できる(農業セクターの補助がいいかどうかは別として)。


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