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ドイツ:脱炭素と反動

脱炭素に前向きなドイツ。しかし最近化石燃料ボイラー禁止案に対し反対の声が高まり、禁止時期が後ろ倒しになった。ドイツ国内の脱炭素情勢をさくっとおさらいしてみた。

記事要約

  • 連立政権を組む3政党(社会党/SPD、緑の党/Greens、自由民主党/FDP)の支持率が低迷、右派反動がありそうな雰囲気。中道右派はもちろんの事、極右政党/AfDも同行も要注視。

  • 化石燃料ボイラー禁止の前倒し案(25年から24年開始提案)が国民的議論を喚起、すったもんだの上、28年迄実施が様々な例外措置付きで延期。

  • やはり、国民的受容の伴わない急激な脱炭素はかえって逆効果。




1.揺れ動く連立政権と台頭するポピュリズム

2021年9月、連邦選挙で社会党(SPD)第一党となり、第三党の環境派(同盟90/緑の党)と第四党のリベラル派自由民主党(FDP)と連立政権を樹立。同年12月には、社会党党首のオラフ・ショルツ(Olaf Scholz)氏が首相に着任。

社会党、緑の党、自由民主党によるドイツ連立政権の画像
出典:The Economist

しかしここ最近、ショルツ首相による連立政権への国民の支持は大きく低下、2023年に実施されたヘッセン州およびバイエルン州における州選挙で3党揃って支持を落とし、中道右派で連邦最大野党のキリスト教系政党と反移民や反イスラム、ドイツ・ナショナリズム、EU懐疑主義で知られる極右政党/AfDが票を集めた。下記要因に対する政府の不十分な対応に国民が反応した形。

  • 物価高騰による生活困窮

  • 景気後退

  • 脱炭素社会への移行に伴う家計負担の増加を巡る懸念(石油・天然ガスを使用する暖房設備を禁止する政府方針に伴う家計負担の増加懸念)

  • 政権内の主導権争いや足並みの乱れ

  • ウクライナでの紛争長期化に伴う移民の増加

(出典:第一生命保険株式会社調査

2024年下半期には、AfDへの支持率が高い旧東ドイツのチューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州にて、州議会選挙予定。なお、次回連邦議会選挙は2025年を予定しており、これまでの議会議席は以下。

ドイツ連邦議会における各党議席獲得数一覧表
出典:ドイツ連邦議会より第一生命保険株式会社が作成

2.急激な脱炭素化に対する国民の懸念

既存政権への支持率低下の要因となっている脱炭素加速化に対する国民懸念に関して掘り下げたい。

現状、ドイツ国民の暖房需要の 80% 以上がガスボイラーなどの化石燃料ベースの暖房システムで満たされている状況。約2,000 万戸の住宅がガス暖房、約1,000 万戸が石油および石炭暖房システムを利用。 2022年の数字だが、約60万基のガスボイラーを新規設置している。

このような状況の中、連立政権は2023年初旬、化石燃料ベースの暖房器具(例:ガスボイラー、オイルヒーターなど)の新規設置禁止令を、2025年から2024年に早めるとの合意に至った。これにより国民の暖房をヒートポンプ、バイオマス、または地域暖房に限定、2045年ネットゼロを目指すドイツ脱炭素目標を後押しする狙いであった。ロシア・ガス依存からの脱却もあり。しかし同合意はあくまで、社会党&緑の党リードで決まったものであった。

同合意を法制化する法案を、緑の党出身のロバート・ハベック(Robert Habeck)経済気候行動連邦大臣が準備していたところ、タブロイド紙「Bild」がすっぱ抜く。すると家主団体やFDPらを中心に反対意見が挙がり、政権内では連立与党内の信頼問題にまで発展、慎重な姿勢を見せる各州政府も含め国民的な議論を巻き起こした。

数カ月にわたる政府内紛の末、連邦最高裁判所による差し止め命令(最大野党CDUによる訴訟)もあり、結局2023年9月連邦議会は化石燃料ボイラー禁止令を2024年から2028年迄延期する旨を盛り込んだ法案を採択。禁止令は、地域の代替燃料供給の事情を加味して判断との例外規定も設けられた。環境派は骨抜きにされた法案に強い不満を抱き、業界としても脱炭素化を巡る現行政権の日和見な態度を不安視している。なお、国民の支持を集めつつある中道右派保守派キリスト教系政党CDUは、「再び政権を握ったらすぐに、この政策を取り消すつもりだ」とのこと。

化石燃料ボイラー禁止法案の緩和を余儀なくされたロバート・ハベック大臣
化石燃料ボイラー禁止法案の緩和を余儀なくされたロバート・ハベック大臣
(出典:The Telegraph

中道右派/CDUの政権返り咲きは現実味を帯びつつある。今年2月に実施予定の連邦議会再選挙(2021年時連邦議会選挙時の選挙不手際で影響を受けたベルリン市民55万人のみ対象)では、支持率を大幅に下げる連立政党に対し、CDUの巻き返しが予想されている。

中央右派への反動以上に、そもそも伝統的な中央右左政党への支持と信頼が失墜しているとの分析もあり、新しい政党が今後次々と形成され、そちらに表が流れていく可能性もあり。

3.オピニオン

①典型的な失策

国民の理解も得ず先走った法案を通そうとして批判を受け、骨抜き法案を通過させたこの化石燃料ボイラー禁止法案事件。ニュースを見て、何だか典型的な失策、与党支持率が下がって当然だなと思ってしまった。結局脱炭素対策としては三流政策。業界からすれば、こういった揺れ動く政府の政策づくりが一番困る。ビジネスプランもろくに立てられない。

②いつも悪者にされる産業界

脱炭素化や気候変動対策に反対する悪者として見られがちな産業界。産業界の働きかけにより、野心的なはずの環境規制が骨抜きにされる。こんな意見を、環境派の方々からよく聞くし、業界ロビーイングに関する記事がネットで散見される。私の専門の環境政治学の世界でもよく聞く論調。しかし業界=悪者という考えははたして妥当なのだろうか?

今回取り上げた化石燃料ボイラー法案の骨抜きという現象は、おそらく業界としてもいろいろと思うところがあったはず。ヒートポンプなど代替暖房システムを主力製品とする業界はWelcomeだったろうし、化石燃料ボイラーを主力とするメーカーは、早急すぎない?という立場だったろう。だがここまでくると、業界としてもロビー云々ではない気もする。国民レベルのマター。むしろ国民に覚悟があるかが問題。

③強者のエゴ

案の定、家主団体が反対し、資本家層を支持基盤とする与党政党FDPも反対。FDP議員兼ドイツ連邦議会副議長のヴォルフガング・クビツキ(Wolfgang Kubicki)氏は、のちに謝罪はしているものの、ボイラー禁止案を主張した中心人物であるハベック氏について、下記のように述べている。

プーチン大統領とハベック氏は、国や総統、選ばれし者は、普通の一般人よりも、彼らにとって何が一番良いのかを知っているという確信を持っている。

出典:Financial Timesからの拙訳

無論、プーチン大統領と比べるのは言い過ぎ。でも、FDPが言いたかったのは、国民的受容のない脱炭素は強者のエゴでしかないということだろう。私も脱炭素自体は賛成だが、そこに至るには様々な点を考慮しないと、エリート層による押し付けになってしまうと考える(詳細は、下記記事で論じたのでここでは割愛)。

すごく気になるのが欧州レベルでもドイツレベルでも脱炭素に前向きな社会党。労働者階級や労働組合、社会民主主義者、若者や女性などが支持基盤だとして、こういった性急な気候変動策の後押しをするのは社会党支持基盤にとってハッピーなことなのだろうか、と思ってしまう。(すくなくとも私はヒートポンプなんてとても高くて手が出ない)

いずれにせよ、欧州レベルの脱炭素の行く末は、かなりドイツ次第なところあるため、今年を予定するベルリンにおける連邦議会再選挙と東ドイツの州選挙x3を舞台とする右派の動きを注視していく必要がありそう。

④財政問題

昨今の憲法裁の判決により脱炭素へ向けた政府支出が大幅に削られており、こちらも懸念材料(詳細は以下から)



併せて他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。


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