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時空万華鏡〜いつかのどこかの物語〜

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いつかの、どこかの時空で紡がれた物語達です。 連作ですが、それぞれのお話に関連性はありません。 登場人物、場所、時間は重なっていません。 宇宙の物語の万華鏡です。 全てハッピーエ…
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猫の神様

猫の神様

 猫は子猫の時、行き倒れた。

 いつも温かくて大きな母猫とは、いつの間にかはぐれてしまっていた。
 自分で餌を獲る方法などまだ良く知らない猫は、ついにもう一歩も歩けなくなって。
 冷たい土の感触を全身で感じながら、寒いなぁ、とぼんやり薄れていく意識で思っていた。
 冷たくなって行く自分の体に触れた何かの、久しぶりの温かさと大きさに、なんだか安心したのがその時の最後の記憶だ。

 目が覚めたら、暖

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その魂捨てるなら勝手にさせて貰います

その魂捨てるなら勝手にさせて貰います

 シザールは目の前の石をじっと見つめて居た。どれ程そうしているのか自分でも分からない程、そうしていた。
 大人の腰ほどの位置まである、全体的に丸味を帯びた白い石だ。所々に小さなガラス質の黒点が見える、何の変哲もない石だ。路傍にぽんとある、それだけの石。ただ、そこにある、そのままにある、モノ。
 通りすがりだった。けれどその姿を見た途端、そこから動けなくなっていた。むしろそれこそが尊いのではないかと

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王宮庭園ラプソディ

王宮庭園ラプソディ

王宮庭園の影で一人うずくまり、ぼろぼろ涙をこぼしていたエンベレーナの背後から声を掛けた十二・三歳位の少年―このニルギス国の第二王子ソルヴィンセスだと後で知った―が、その時見せた表情は絶対に忘れない。
 そりゃあ、我ながら凄い顏をしていたと思う。えぐえぐと、必死で声を殺そうとした喉から漏れる喘鳴は何か小動物を絞殺した様な音だったと思うし、天使の様に愛らしいと評判の顏だって涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっ

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緑のおとぎ話の星

緑のおとぎ話の星

アスラン星系は、中央から離れた所にありましたが、緑豊かな星系として知られておりました。
 実は宇宙工学や工業技術も優れている国として地味に知られていましたが、農業や酪農の安定したのんびりした風景の方が有名でした。戦争も内乱も長く絶えていて、これからもそれは縁遠いと皆が信じている、そんな星系なのでした。
 その中の星の1つ、鉱石採掘星・ルルブからとても珍しい貴重な鉱石、レアメタルが見つかるまでは。

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巫女姫ノーラの婚姻

巫女姫ノーラの婚姻

今日も満足の行く神布を納める事が出来た。

マハムートはいつも退出するこの道すがら、ほっとして、じんわりと誇らしさを噛み締める。

最高の神布を捧げている自信はあるし、一度として瑕瑾を指摘された事などないのだけれど、それでも検分担当神官の
ああ、素晴らしい出来ですね
の賞賛は純粋に嬉しい。
特に今回はひとしおだ。

マハムートは代々続いた神布製作者だ。

丁寧に丁寧に育てた麻を、また心を込めて薄く

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バビロン

バビロン

夏の始めの、僅かに熱を孕んだ風が緩やかに過ぎて行く。

 夕暮れの人々のざわめきをはらんで、日干し煉瓦の街路を通り抜けていく。

 黄昏時の空は、ゆっくりと薄紫と橙に鮮やかに染まり始めていた。

「マーマ、お空が綺麗。」

 指差す小さな手と向けられた屈託のない笑みに、マリは蕩ける様に微笑む。

「本当、とっても綺麗ね。」

 湿り気のない、夏が始まる前の、まだそれほど熱を孕んでいない風。

 黄

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