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自然を真似して世界を変える:摩擦を操る動物

摩擦というと貿易摩擦とか人間関係の摩擦とかあんまりいい言葉では使われていませんが、科学技術として非常に重要な概念になります。

実際、摩擦がなくなれば、私たちは何かをつかむことも歩くことも、ほとんど何もできなくなります。
私たちは生まれながらにして摩擦を自由に操ることができませんが、知恵を使って時に滑り止めを使い、時に潤滑油を使って滑りやすくします。

しかし、自然界にはそんな摩擦を自由自在に操ることができるように進化した生き物がいます。
今回はそんな動物の例として、カエル、キリギリス、トカゲの紹介をしたいと思います。

カエルの手足

tree-frogという種類のカエルの手にはちょっといびつな六角形の微小な凹凸構造があります。乾燥した地面のひび割れみたいに見える構造です。実はこの微細構造がカエルが濡れたツルツルした表面をしっかりととらえることができる秘密になります。

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参考文献1より引用

この凹凸構造がどのような原理でカエルの安定な移動を支えているのかはわかっていませんでしたが、科学者のグループが吸着力と摩擦力に着目して研究を行いました。
濡れているカエルの手は表面との間に液架橋力(毛管力)がはたらき、ツルツルした表面にも吸着することができますが、これは凹凸構造がなくても同様にはたらきその程度はあまり変わりません。

摩擦力に関しては凹凸構造の有無で顕著な違いが現れます。凹凸構造のない場合、乾燥時は十分大きな摩擦力を持つものの水に濡れると摩擦力が急激に低下します。一方で凹凸構造のあるカエルの手の場合、水に濡れても摩擦力は乾燥時に比べてほとんど変わりません。
また、この微細構造は無数の毛のような状態ではなく、短い突起状の凹凸になっており(低アスペクト比)、これにより強い摩擦がかかっても壊れにくい構造になっているそうです。

つまり、カエルの手は濡れても摩擦力が下がらない構造になっており、耐久性もあるため安定して移動ができるわけです。
最近では、この仕組みを用いて安全なカミソリや医療用の把持器に応用されているようですね

参考文献1
Ultrastructure and physical properties of an adhesive surface, the toe pad epithelium of the tree frog, Litoria caerulea White, Ingo Scholz, W. Jon P. Barnes, Joanna M. Smith and Werner Baumgartner, The Journal of Experimental Biology 212, 155-162.

キリギリスの足

キリギリスの足には、上述のカエルの手足のような六角形の微小なタイルが敷き詰められています。この小さな六角形タイルがあるおかげで非常に安定した動きができるようです。

キリギリス

参考文献2より引用

このキリギリスの六角形タイルは晴れた日に乾いた地面で起こるスティックスリップ現象や、雨の日におこるハイドロプレーニング現象を低減することができます。

スティックスリップ現象とは
机を引きずったときや、チョークを立てて黒板を引っ掻いたときに起きるガタガタする現象のことです。あんな身近な現象にも名前がついているとは驚きです!この現象は自動車のブレーキジャダー、ブレーキ鳴りなどを引き起こし、主に機械系ではかなり有名な話のようですね。

スティックスリップ

この摩擦力がジグザクになって変化することがガタガタの要因です。


ハイドロプレーニング現象とは
雨の日は、水が潤滑剤となってタイヤと地面の間でよく起こる横滑り現象のことです。自動車事故の原因にもなる危険な現象ですね。

キリギリスの足は六角形のタイルが敷き詰められていないと、晴れた日はガタガタしてしまい、雨の日はツルツルと滑ってしまいます。
細かいタイルがたくさんついていることで、ガタガタする要因になる摩擦を無数のタイルでタイミングをずらして小さなガタガタを起こしており、平均的にはガタガタしていないようになるそうです。

さらに濡れた地面の上では、タイル間の溝に水が吸収されるため安定して地面と接することができ、ツルツル滑ることを抑えられるようです。なんとも画期的な作りになっていますね実際に、この六角形状のハニカム構造を作製し、摩擦による傷つきを調べると平らなものよりも傷つきにくいことが証明されています。

この微細な構造は某自動車メーカーが部品の摩擦低減に応用しているそうです。

参考文献2
Hexagonal Surface Micropattern for Dry and Wet Friction, Michael Varenberg, and Stanislav N. Gorb, Adv. Mater. 2009, 21, 483–486


トカゲの鱗(うろこ)

サンドフィッシュと呼ばれるトカゲの鱗は非常に摩擦が少ないことが知られています。サンドフィッシュはその名の通り砂漠の砂の中にもぐり、魚が泳いでいるように砂の中を移動するそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=QZLb7Q19DLw

これに目を付けた科学者がその構造を調べてみると、髪の毛のキューティクルと同じような層状構造をしていることがわかりました。

キューティクルとは、髪の毛のツヤやパサつきに関係する微細な構造のことです。

サンドフィッシュのウロコも同じような構造を持っており、この微細なキューティクル構造が体表を摩擦を下げてツルツルにしているそうです。

さらにサンドフィッシュのウロコは摩耗性にも優れており、未来の実用的な材料としても期待されています。

まとめ

当初、生体模倣の1つの紹介にしようと思いましたが、生物の種を超えて摩擦を制御していく仕組みが作られているのを不思議に思ってまとめてみました。摩擦(トライボロジー)は私の専門とはかけ離れているので、このネタを詳しく話すのは難しいのですが、今回軽く勉強してみて非常に奥が深い内容だと思いました。

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