生きることは、目の前のことをコツコツやるということ
10代から「生きるってなんだろう」という疑問を持ち続けていた。
漠然とした問いを模索し続けて答えを見つけたのは、3年前のニュージーランド。生きるとは、「目の前のことをコツコツやること」「今を生きること」だった。
便利になりすぎた日本にいると、何でもすぐに手に入り、快適に暮らせる。それは生きるということから遠ざかって遠ざかっていて、「生きるってなんだろう」「なんで生きてるんだろう」という疑問が出てきやすい。
わたしが答えを見つけたのは、ニュージーランドの自給自足をしている人たちとの暮らしだった。
朝起きて、空を見上げて風を感じて、天気を予測する。晴れなら洗濯物を回す。雨が降りそうな冬の日は薪ストーブのための薪を小屋からせっせと運ぶ。
パンに庭で採れたアボカドやバナナを乗せて食べたり、旬のくだものを食べる。
にわとりに餌をやり、牛や羊の様子をみて、手作業で畑仕事をして、雨の日は雨具着て作業して、壊れたフェンスや階段を修理して、みんなで集まってお昼を食べる。
友人やご近所さんを訪ねて物々交換したり、ハイキングしたり、ジャムやトマトソースを作って。
にわとりからの卵に感謝して、畑からの野菜に感謝して、牛やにわとりの肉に感謝して、いのちをシンプルな味付けでいただく。
空を見上げて、星が綺麗だ、あれは火星だと言い合いながら、満点の星空を楽しんで。
くもりが続けば、太陽光パネルからの電力はなくなり、ロウソクを灯して過ごし、携帯の充電もしない。
晴れが続けば、雨水タンクの水はギリギリになり、シャワーはほんの少量のお湯で、1分。
「生きるってこれだ。今を生きるってこと。」「今日を生きるために、生きるための行動をする、畑作業や料理、掃除、洗濯など。」と気づいたのは1年経ってからだった。
日本に暮らしていると便利で快適だ。コンビニがどこにでもあって、必要なものはすぐに手に入る。お腹が空いていれば、調理されたものがすぐに手に入る。
自分で作物を育てなくて良いし、自分で料理しなくても、食べ物が簡単に手に入る。
使い捨て容器のものを買えば洗い物も必要ない。
洗濯機によっては、入れてボタンを押すだけで乾燥まで終わらせてくれる。
トイレに行きたくなれば、大抵どこにでもトイレがあるし、誰にでも使える。
蛇口をひねれば安全な水が出てくるし、蛇口がどこにでもある。
電気もガスも水道もお金を払えば使い放題。
暑くても寒くても、エアコンやストーブを付ければ、すぐに快適な温度になる。
この便利すぎる世界に生きていると、生きることから遠ざかる。
実家に1ヵ月程度滞在したとき、仕事もしておらず、洗濯も料理も洗い物も掃除もすべて母がしてくれ、わたしは無気力で憂鬱状態になり、人と会う気力もなく、引きこもりになった。
1週間ほどして、外に出る気力さえ出ない自分に「これはやばいぞ」と思い、1日1回10分でも外に出ること、掃除や洗濯、料理なども自分でするようになった。
そうすれば少しずつ気力が回復してきて、人と会うことが出来たり、集まりに参加できるようになった。
そのとき気づいたことは、「生きる行為」「動くこと」の大切さ。
もし燃え尽き症候群になったり、疲労が蓄積して休みたいときは、何もせずに休むことが一番だけど、わたしたちは今を生きるために動くことが、生きているということ。
「なんで生きているのかわからない」「生きる意味はなに」「やりたいことがない」「夢や希望がない」と思うなら、まずは目の前のことに意識をむけて、生きる行為をコツコツ自分でやっていこう。
そうやって目の前のことをコツコツ続けていると、そのうちあなたなりの問いの答えが見つかる。
わたしも引きこもったあとに、自分のやりたいことを見つけた。自分の進む方向が見えた。それは当たり前に、息を吸うように自分がしていることだった。
わたしが思うに、この仕事はわたしのやりたいことです!仕事に誇りを持っている人は必ずどこかで立ち止まっている。
知り合いの美容師さんも、美容師を一度やめて、8ヵ月立ち止まって自分に向き合い、「やっぱり美容師やりたい!」と再び美容師として働き、今は美容師10年目だ。仕事はめちゃくちゃ楽しいらしく、生き生きと働いている。
自分のやりたいことがわからない、生きる意味がわからないと悩んだり、もやもやしている方は個人セッションへどうぞ。
しっかりと観て、自分への理解を深めて、身軽に生きていけるようになります。
ご興味のある方はお問合せください。
ニュージーランドでのワーホリでの自給自足の体験談⇩
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