見出し画像

【6】書き出しは「頭の中で映像を作り、文字で描写する」

前回のプロセスはこちら(↓)。

さて、いよいよ準備もすっかり終わって、本格的な執筆に入ります。

本の書き出しは、「映像化するように書く」ことが多いです。見えるものや人を描写するのはもちろん、その場の明るさ暗さ、気温や湿度、音あるいは静けさ、緊迫感があるのかのどかな感じかなどまで描き出せたらなおいい。

外から見える動きとしては文章を書いているんだけど、自分の中では、まず映像作品を作って、それを文字で描写していくイメージです。

……抽象的過ぎますね。これまでに書いた本の書き出しをちょっと並べてみます。以下はボノボという類人猿の本の冒頭部。わたしが初めて書いた本です。

「江口、動物好きだったよな。『ボノボ』っているだろ? アメリカで出たボノボの本の版権が取れたんだけど、担当するか?」
 出版社で本の編集をする仕事をしていた私は、ある日、編集長からこう聞かれました。
「やります」
 即答してから、私はこっそり考えました。「ボノボ」って、聞いたことあるなあ⋯⋯。たしかサルなんだけど、どんなサルだったっけ。

『ボノボーー地球上で、一番ヒトに近いサル』(江口絵理)そうえん社

ボノボの本ならまず実物のボノボを登場させるのがふつうだと思いますが、この本ではあえて「ボノボという類人猿になじみのない」をもってきました。読み手が私と同じ立場でボノボの世界に入っていけるようにしたかったのです。

下の引用は、著者の齋藤慶輔さんの語りをもとにわたしが構成した本の書き出しです。

現場へ!

 午後四時。夕暮れの陽が湿原をオレンジ色に染めています。往診のしたくを手早くととのえ、僕は車を発進させました。僕の働いている野生生物保護センターに、「動けなくなっているオジロワシが発見された」という知らせが入ったのです。
 絶滅が心配されているオジロワシという大きなワシが保護されたのは、ここから百キロほどはなれた町。こうした通報があれば北海道のどこへでもかけつけるのが、センターで野生動物の獣医師として働く僕の役目です。
 釧路湿原からまっすぐにのびた道路を飛ばしながら、さきほどの通報から、ワシがどのような状態なのかを知る手がかりをさぐります。
 通報によると、オジロワシはバイパス道路のわきで動けなくなっていました。車が高速で行き来する道のわきにいたというなら、交通事故かもしれない。

『野生動物のお医者さん』(齋藤慶輔)講談社

齋藤さんはこの通りに話したわけではありません。わたしが取材で伺ったことをもとに、齋藤さんを密着取材したドキュメンタリー映像からビジュアライズの手がかりをもらって再構成しています。釧路湿原の保護センターで取材したので、自分で見た情景も混じっています。

この本ではケガをした猛禽類の命を助けようと奮闘する齋藤さんのリアルな日常を見せたいなと思って、通報時の緊迫感を感じられるような書き出しにしました。

一方、直近の読みもの本(←絵本ではなく、文字中心の本、という意味です)である『高崎山のベンツ』ではこんな感じ。実在のニホンザルの一生を追ったノンフィクションです。

 こんもりと緑におおわれた高崎山で、その日、新たなボスザルが誕生しました。名前は「ベンツ」。ボスになるにはちょっと若すぎるぐらいのニホンザルです。わずか九歳でのボスザル就任は、この山で知られている中で最年少です。
 まだ大人になりきっていない、いくぶんきゃしゃな体つきながら、細い肩を精いっぱいいからせ、しっぽをぴんと上に立てて、ベンツは歩いていきます。ほかのオスたちは、ベンツの歩みを邪魔しないよう、少しはなれたところからベンツの動きに注意をはらっています。

『高崎山のベンツ』(江口絵理)ポプラ社

ベンツというこのサルは、まるで任侠映画の主人公のような波乱万丈の一生を送ります。そこで本の導入は、今にも物語が始まるような情景にしました。

どんな本でも、最初に本を開いたときには、読み手はまだ「本の中の世界」には入ってきていない。書き手のわたしとしては、「ところが、最初の数行を読み始めたら、いつのまにか本の中に入りこんでいた」という読み味になっていてほしい。

「現実の世界にいる読み手」と「本の中で展開されている世界」との間に、どうしたら自然な橋がかかるかーー。橋を組み上げるのは楽しい作業です。

さて、いま書こうとしている「仲本ウガンダ本」の書き出しはどうしよう。仲本さんから聞いたこととファクトとドキュメンタリーの映像だけだと、もしかしたら、ちょっと素材に困ったかもしれません。

でもわたしは今回、頭の中で映像を作るための素材を豊富にもっています。取材でウガンダに行っていろんな体験をさせてもらい、人々に直接会ってきたからです。その実体験をもとに映像を編集して、あとは描写するだけ。

どんな書き出しになったかは、本が出るころまでのお楽しみに。

(【6】終わり)


この記事が参加している募集

ノンフィクションが好き

ライターの仕事

読んで面白かったら、左上のハートマークをぽちっとクリックしていってください。すごく励みになります。noteに登録してなくても押せます!