自分の能力を補完してくれるのがカメラ
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昨日は、愛媛県東温市白糸の滝の写真を投稿しました。
今回の記事の写真は、別のカメラで撮った写真です。
まとまりの無い内容で、ダラダラ綴ります(^^)/
1.カメラ性能の違いにショック。
前回の記事の写真で使ったカメラは、少し古いカメラでCanonのEOS6D。
今回の写真で使ったカメラはミラーレスのEOSRPで6Dに比べると、新しいカメラです。
同じフルサイズセンサーのカメラなんで、写りはそんな変わらないだろうと思っていましたが、明らかに解像感も違って、少しショックを受けています(笑)
僕の用途では、そこまで高性能は必要ないかなと思っていたのですけど、
ここまで違うと、やはり新しいカメラは凄いですね。
レンズは、最近のレンズであれば、そこまで高価じゃなくていいのかなというのが率直な感想。
2.他人の物差しで考えると沼にハマる。
良い写真か、悪い写真かっていうのは正直分からなくて、自分が気に入ればそれでいいのかなっていう考え方(笑)
他人の写真見て、『本当に上手いな!』『どうやって撮るんだろ?』『こんなセンスある写真絶対無理』なんて、いつも思っている(´;ω;`)
もしかしたら、そういう日々の感情が、『自分への劣等感』を助長しているのかもしれない。
他人の物差しで考えると沼にハマるってのは自覚しているけれど、
無意識に選択してしまう感情なので、曲者である。
かと言って、リアルで付き合いがある知人たちに趣味でカメラをやっている人間はいない。
カメラと少し大きな望遠レンズを持ってウロウロする姿を発見されると、後日面白おかしく話題にされる程度だ。
僕が想像しているライバルというのはSNS上だ。
ライバルと表現したが、そこまで競争しているつもりはありません(笑)
分かりやすい言葉として表現したのですが、SNS上なんで、結局は幻想だと思う。
3.幼少期の記憶がおかしい。
どうしてこんなにカメラ、写真がおもろしろいと僕自身が思っているのかは正直言って分からない(笑)
もしかしたらですが。
僕は美術的センスがなく、絵が全く書けない(笑)
幼稚園年少の時に書いた母親の絵は、手も足もなく、顔色は紫で化け物みたいな絵だった(´;ω;`)※つくしに手が生えたみたいな感じ。
年長の時に書いた父親の絵は、かろうじて人の顔の形をしていたが、顔色は青色だった。
僕の目に両親の姿はどう写っていたのだろう。
子供のときの記憶なんてほとんどないが、その絵の記憶だけは鮮明なのだ。
改めて考えてみると、『上手く絵が描けなくて、両親に申し訳なかった』という気持ちが未だにあるような気もする。
何か、両親が僕に悪影響を与えていたに違いないが(笑)※それも、このnoteでひも解いていこう。
4.自分の能力を補完してくれるのがカメラ
こんな話がなぜカメラに関係あるかと言うと、
見たままの風景を自分の手で表現できない僕は、
『見たままの風景を忠実に残せるカメラ。』
撮り方によっては、『肉眼では見えない世界を映せるカメラ』が、
自分の劣っている能力を補完してくれるから好きなのかもしれない。
肉眼で見たこの世界は本当に綺麗で素晴らしい。
けれど、僕のこの右手と色鉛筆や絵の具で、この世界を表現しようと思っても、できないし、化け物がウヨウヨいるような世界になってしまう(笑)
ある写真家は『ただの記録写真ならだれでも撮れるようになった。』
『綺麗な写真ならAIでいい。』
『人間が、なぜその瞬間を、どういう理由で撮ったのか?が重要になってくる。』と言っていたが、
僕の場合は、ただの記録写真でいいのかもしれない(笑)
現段階での、僕がカメラ、写真が好きな理由は、『自分の能力を補完してくれる』からだろう。
あの下手くそな両親の絵にも意味があったのだ。それが腑に落ちればあとは簡単だ。
これからもひたすら撮り続ければいい(^^)
それでは今回はこの辺で(^^)/
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