- 運営しているクリエイター
#コラム
「運命は、つくれる?」—書籍との運命的な出会いを、計画的に作れないか考えてみた
「この前久しぶりに本屋に行ったら、買おうとも思ってなかった本を、つい買っちゃいそうになったんだよね」
先日、友人がそんな話をしていました。きっと、似たような経験をした人、多いんじゃないでしょうか。
運命を計画的に作ってみたいなぜ、本屋に行くと、買うつもりのなかった本を買ってしまうのか。
そこには「運命的な出会い」があるからでしょう。
なんとなく表紙やカバー、ポップに惹かれて本を手に取り、出
センスの民主化で、相対的欠乏をなくす
もう10年以上服が好きです。
クローゼットは常にパンパンなんだけど、微妙な違いに惹かれて似たような服を買ってしまいます。クローゼットの8割は黒い服。
今よりも時間があったころは、結構頻繁に表参道やら代官山やらを歩き回っては何時間もかけて気になる服を探していました。それだけ探し回っても、自分の服へのこだわりが強いため、何も買わないこともしょっちゅう。特定のブランドに惹かれるよりも、映画や漫画で見
遠くの知り合いだけでなく、近くの他人にも目を向けてみる。
先日、母から手作りの布マスクが送られてきた。
なんでも、最近散歩中に知り合いになったご近所の方が布マスクを自作されているそうで、僕の分ももらってくれたらしい。僕の両親は今の家に住んでもう二十年以上になるが、それだけ時が経っても新しい出会いあるものなのだと、驚いた。
コロナの影響で、誰とでもつながれて、誰とでも会える世界が一変した。ソーシャル上の隣人だった友達とは会えなくなり、周りはフィジカル上
隠れ家過ぎてむしろ心配な高田馬場の白カレー。
「エチオピア」、「シャンティ」、「ブラザー」、「プネウマ」、「プネウマ」etc。
酒とラーメンの街、高田馬場はカレーの街でもある。上に書いたのは、全てカレー屋の名前だ。そんな数あるカレー屋の中でも一際お気に入りで、いろんな意味で愛してやまない店がある。「白カレーの店 1/f ゆらぎ(エフブンノイチ ゆらぎ)」だ。
その名の通り、白カレーをウリにしたカレー屋だ。ホワイトシチューのような見た目であ
「文章うまくなりたいなぁ、、、毎日書くか!」の前に考えたいこと
文章を書くのがうまくなりたいと思ったら、何をするか。
真っ先に思いつくのが毎日書くこと、だ。何かの本にも吉本ばななさんは、一日でも文章を書くのをやめると、下手になるのようなことが書いてあった。友人のピアニストも、一日でも弾くのをやめると、下手になる気がしてやめられないと言っていた。
毎日続ける。継続は力なり。一万時間の法則。文章に限らず、英語だって、野球だって、料理だって、毎日やれば上達してい
足元の不安に飲み込まれそうな時は。
言いようもない不安にここ最近常に襲われている感覚がここ最近あったので、どうしたらいいか考えてみた。
そもそもなぜ今の立場に不安を感じるかというと、人との比較で自分の立場を考えすぎだからな気がする。Twitterとか見てると、そこに書かれていることはその人の一側面でしかないとわかりつつも、やっぱり不安になる。
自分で自分を納得させて、大丈夫だって思うのすごい難しい。でも、比較でしか担保できないの
編集者としてライターさんとのやりとりで気をつけていること。あるいは、今後気をつけたいことについて。
先日Twitterを眺めていると、こんな記事が目に入った。
「良いフィードバックとは何か」について、デザインツール「inVision」のクリエイターの動画を引用しつつ紹介されている。この記事を読んで、編集者として取材記事を依頼するライターさんとのやりとりで気をつけていることを、振り返りを兼ねてまとめてみた。
依頼するときライターさんとのコミュニケーションのスタートは依頼するところからはじまる。
アパレル業界からメディアのあり方を考えた話
僕は服が好きで、大学生の頃はバイト代のほとんどを服につぎ込むような生活を送っていました。服を買う時に意識していたのが、大量生産されたモノは出来るだけ買わないこと。安価な労働力で雇われた人が海外の工場で作られた服を買うことは、そこで働く人を搾取することに加担すると考えていたからです。
一見華やかに見えるファッション業界の裏側に迫ったドキュメンタリー映画「ザ・トゥルー・コスト」では、インドやバングラ
インタビューは一方通行じゃあないよ
僕の仕事は編集者だ。だから、仕事で色々な人にインタビューをする。インタビューさせていただくのは起業家の方であることが多く、毎回毎回準備してもしたりないと思っている。それでもなんとか時間を見つけて、過去に出ている記事はもちろん、余裕があればTwitterを遡ったりする。そうしてやっと同じ目線で話すスタートラインに立てる。
なんでもかんでも準備が9割なので、準備の大切さは強調しすぎることはない。これ
「やりたいことリスト」が埋まらなくとも
自分の周りには起業していたり、自分が「やりたいこと」を明確に見つけて目標に向かって突き進んでいる友達がたくさんいる。そういった人を見ていていつも思うのは、自分には「やりたいこと」がない虚しさだ。
自分には本当に「やりたいこと」がないのか。「やりたいこと」がない人なんていないという声も聞く。深く考えられていないだけで、自分にじっくりと向き合ってみれば「やりたいこと」の1つや2つ見つかるのではないか
自分の生活にルールはあるか。
先日、かつて男の子だった20代から30代のビジネスマンであれば、思わず目を止めてしまう記事と出会った。
この記事は、世界で一番売れているトレーディングカードゲーム「遊戯王OCG デュエルモンスターズ」の面白さを"ルール"の観点から分析した記事だ。
この記事を読んで、"ルール"の価値について考えてみた。
遊戯王に関わらず、世の中のあらゆるところにルールは存在する。憲法や法律のように全ての人が守
たとえ書いた文章が読まれなくても、書き残したことに意味がある
「書くこと」にはどんな意味があるのか。
ものを書いたり、編集したり仕事に就いて、ずっと言葉と向き合っていると、そんな気持ちがぽつぽつと湧き上がってきて、水面に波紋を作るくらいには広がってきた。
「書く」とは「言葉にする」行為だ。
言葉は人を他の動物と分ける要素の一つで、僕らが意識的に扱えるものだ。言葉とは、抽象的であれ具体的であれ、何か一つのカテゴリーに名前をつけて分類する道具にあたる。言葉
「やりたいこと」と「仕事」は一致してなくてもいい
まるで、コペルニクス的転回だった。
人間、まわりの環境によって世の中の見え方が変わってしまうということをすっかりと忘れていた。ある人からすれば当たり前かもしれない。でも、僕にとっては衝撃だった。
「やりたいこと」と「仕事」は必ずしも一致しなくてもいい。
そんな事実に、はたと月次面談の中で気付かされた。
転職して編集者となり3ヶ月が経った。前職の時からずっとなりたいと思っていた編集者。執筆経
変わりたければ、振る舞いから真似して見るのもアリ
自分の言葉遣いを変えると、だんだんとその言葉遣いに引っ張られて、自分自身が変わっていく。そんな話をどこかで聞いた。自分が憧れる作家や思想家、著名人、誰でもいいけど、その人がよく使う言葉や言い回しを真似していると、自分の思考回路も同じような道のりを辿り始める。
言葉を真似するということは、思考のステップを真似するということだ。論理と論理のつなぎ目を真似していると、その人見ている世界と同じような世界