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おばあちゃんに会いに行こう

バイト中、目の前のお客さんを見て泣きそうになることがある。

それはなぜかっていうと

おばあちゃんを思い出すから。


私の小さい頃のおばあちゃんのイメージは
“なんでもしてくれる優しい人”だった。

本当に悪いことをした時はそりゃ怒られたし、
お母さんが許してくれないことはおばあちゃんも許してあげられないよ、と言って、お母さんが買ってくれないゲームは買ってくれなかったけれど、

いつもおばあちゃんの家に行くと
美味しいご飯があって
お風呂が沸いていて
わたしが食べたいと言ってなくても食後のアイスまで用意されていて
お腹がいっぱいで食べられないと言うと『持って帰って家で食べなさい』と言う

そんなおばあちゃんが大好きだった。

貴方はおばあちゃんの宝だからね。
貴方が元気でいてくれるからおばあちゃんも長生きしようと思うんだからね。
おばあちゃんは貴方に美味しいご飯を食べさせることが生きがいだから、元気でいてね。

おばあちゃんはいつもそう言って、
私が特別な存在であることを
その笑顔で、言葉で、行動で
証明してくれた。


✳︎

2年ほど前、母、姉、祖父母、わたしの5人
家族全員で旅行に行った。

姉が就職するタイミングだったから
もうこの5人でゆっくり旅行できるのは最後だろうなと感じた。

私は正直
あまり母が得意ではないので
本当は旅行も行きたくなかった。

母と姉、もしくは、母と祖母が喧嘩をして
何もかもが憂鬱になる予測ができた。

でも祖父母のことを考えると
断れなかった。


その予測は見事に当たってしまった。

祖母が祖父の行動について文句を言っていて
(そんなのは日常茶飯事で私と姉は慣れっこ)

母がそれをよく思わなかった。

結果的に母が祖母に激怒。
祖母は怒る、


と思ったら、

泣いてしまった。


『そんなこと言わなくてもいいじゃない。そんな言い方しなくていいじゃない。』

口には出さなかったけれど、そんな涙に見えた。


おばあちゃんってこんなに弱かったっけ、、?


わたしの素直な感情はコレだった。

よく見たらおばあちゃんは

わたしの幼少期の記憶よりはるかに小さくて
手も昔より器用ではなくなっていて
力も昔よりなくなっていた。

その事実がすごく切なくて
悲しくて
辛くて

泣いているおばあちゃんのそばを
離れられなかった。


✳︎

おばあちゃんだけではなくて
アルバイト中に出会う年配の方もそう。

お財布からカードを出して、小銭を出して、お釣りを貰って、しまって、商品を受け取って、カバンに入れて、持って帰る。

それだけのことだけれど、
一つ一つの所作に老いが出る。

私に見えているのはそこまでだけであるけど、
その先の料理や掃除や家事、
どれだけ大変なことがたくさんあるのだろう。


老いる、ということは

ある意味

出来なくなることが増える、ということだと思う。

若い頃はできていたことが
一年前までできていたことが
昨日までできていたことが
出来なくなる毎日。

もちろんアクティブに毎日できることを増やしている高齢者もいるが
多くはない。

退化していく日々。


何のために生きるのだろう。

そんな思考に至ってしまった私は

おばあちゃんの言葉を思い出した。


貴方はおばあちゃんの宝だからね。
貴方が元気でいてくれるからおばあちゃんも長生きしようと思うんだからね。
おばあちゃんは貴方に美味しいご飯を食べさせることが生きがいだから、元気でいてね。

そっか。

おばあちゃんは私の人生を見るのを楽しみにして
そのために生きてくれてるんだ。

思い出した。
思い出せた。

老いる、ということは、
退化かもしれない。

でも、老いる、ということは
それだけ大切なものが増える、ということでもある。

自分が幸せにしたい身近な人が増えて
将来が楽しみな人も増えて
好きな人が増えていく

とても素敵なことだと思う。



自分はおばあちゃんになった時に
たくさん幸せを願う相手を抱えていられるのかな

大切な人がたくさんいるといいな。

人に愛されるためには
まずは人を愛すこと。

どんな人にももっと優しくなろう、と思えた。


そして、

まずは、おばあちゃんを幸せにしたい。



おばあちゃんにたくさん

私が元気でがんばっている報告ができますように。





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