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毎日読書メモ(243)活版印刷の話続く。『東京の生活史』(岸政彦編)と『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)

昨日、市ヶ谷の本と活字館行った話を書いたら(ここ)、友達から、岸政彦編『東京の生活史』(筑摩書房)にも、活版印刷の文選工だった人の思い出話があるね、と言われた。このところ、あまり読み進められていなかったけど、まだ読んでない部分かな?、と目次を拾い読み。
あ、これだな、「『の』。それから『は』『に』『る』。いちばん出ないようなやつは『ゐ』。あんなのめったに出ない。なにせ一番出るのは『の』」というのがどうも文選工って感じ。聞き手が林雄司さん(Daily Portal Zの編集長)。この本は聞き手の名前のあいうえお順で掲載されているので、ここまで行くのはまだまだ先だよ、と、「文學界」で岸さんと林さんの対談を読んだときに思ったのだが(感想ここ)、3ヶ月以上たったのに、まだあまり進んでない(毎日寝る前に1つずつ読もう、と思っていたのに、果たせない日が多かった)。自分ルールを破って、林さんの聞き取りのページを読んだ。
語り手は昭和11年生まれで、昭和26年に中学を卒業して、印刷屋さんで最初は使いっぱしりのようなことをしていて、その後文選工になっている。活版印刷所で、基本的な文字は母型を持っているから自社で活字作れるけれど、難しい字は作れなくて買いに行く、とか、見てきたばかりの活字の鋳造機を思い出してうんうんうんうん、とうなずく。文選の手順みたいのを説明しているが、実物を見てきたばかりなので、リアルにわかる。ひらがなの上に大出張、よく出る活字は当然多めに入れてある、その例がタイトルの「の」「は」「に」「る」。漢字は部首の画数順に並べてあるが、「会社」「昭和」みたいにセットで使われることの多い感じは一緒にして置いてあったり、その時の文章の文体に合わせて、時間外に「ました」とか一度に拾えるように活字を組んでおいたりする工夫も。解版のときは、活字は溶かして作り直すことが殆どで、込め物(間にはさんで行間とか上下の余白などを作る)だけ元の場所に戻したり。『東京の生活史』みたいに巨大な本を見ていると、これが活版印刷で作られていたら、どれだけの文選工が文字を拾って版を作らなくてはいけなかったんだろう、と思ったりする。
こうして語り手の世界をリアルに感じられる経験をすると、他の人たちの語りも、背景を知っているともっと面白いんだろうな、と思ったりする。

続けて、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の、活版印刷所の部分も拾い読みしてみる。ほしおさなえ『活版印刷三日月堂』の中で、弓子の母カナコが研究の対象とし、活版印刷所、と聞いた人の何人かがぱっと思い出すのは、主人公ジョバンニが、帰ってこない父親、病に伏せる母親のかわりに日銭を稼ぐために印刷所で文選をするシーン。

ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子テーブルすわった人の所へ行っておじぎをしました。その人はしばらくたなをさがしてから、
「これだけ拾って行けるかね。」と云いながら、一枚の紙切れをわたしました。ジョバンニはその人の卓子の足もとから一つの小さな平たいはこをとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてあるかべの隅の所へしゃがみ込こむと小さなピンセットでまるで粟粒あわつぶぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html

学校が終わって6時頃までの間に、貰った原稿分だけの活字を拾って銀貨1枚貰って帰るジョバンニ。一朝一夕で出来る仕事ではないのに、ジョバンニはどれだけ長いこと文選の仕事をしているんだろう。ジョバンニと母の会話を聞いていると、なんだかヤングケアラーのようにも見えてくる。

本はコンテンツの器であるが、器自体にも美しい意味があるな、と、活版印刷について考える機会を持ってしみじみ思った。
美しい本を愛でて、中身も堪能する、そんな読書がいっぱいしたいなぁ。

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