AO先生

平穏からこぼれ落ちた教師たち。光の当たらない学校の片隅。疲弊し擦り切れた心。誰にも顧み…

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平穏からこぼれ落ちた教師たち。光の当たらない学校の片隅。疲弊し擦り切れた心。誰にも顧みられない物語。「事実は小説より奇なり」です。どれも一話完結の短編物語。誰かに漫画化して欲しい……。

最近の記事

【教師残酷物語】第10話「嫉妬」(井本先生58歳/国語科)

 井本真悠子先生(58歳/高校国語科)は感情表現が豊かな方だ。気さくな話しぶりには人の心を和らげる空気感がある。時折でてくる教師らしからぬ口の悪さもその一端と言える。話し方自体には気の強さがにじみ出ているが、声には細かな抑揚がある。だから、話術に長けた人なのだろう。国語の授業では、綺麗な音読ができるタイプに見える。  しかし、彼女は鬱病の診断を受けた。そして、半年間の休職を余儀なくされた。いや、正確に言うと、2週間の出勤停止と半年間の休職だ。明るく活発な彼女の雰囲気からは

    • 【教師残酷物語】第9話「育休」(今藤先生40歳/英語科)

       今藤健吾先生(40歳/高校英語科)は、一見すると先生らしからぬ先生だ。ボサボサの髪に無精ひげ。ヨレヨレの黒シャツにしわのついたスラックス。足元はクロックスの模造品。スーツにネクタイ着用の他の先生と比べると、だらしない……。担当教科は彫刻や陶芸などを扱う美術科。と思いきや、実際は英語科だ。  今藤先生は中高をイギリスで暮らした。だから、英語の発音はALT(Assistant Language Teacherの略で外国人講師のこと)と同じように流暢だ。いや、むしろ、英語のほ

      • 【教師残酷物語】第8話「虐待」(岸田先生43歳/数学科)

         岸田愛梨先生(43歳/中学数学科)の勤務する学校は、伝統ある中高一貫の女子校だ。比較的偏差値が高く、大学進学の実績も悪くない。校則はそれなりに厳しいようだが、自然豊かな緑に囲まれた学校であるため、どこか牧歌的な気楽さと自由さがある。生徒・教師ともにのんびりしている。と言うよりも、のんびりとした生徒や教員が自ずと集まっているようだ。だから、生徒も教師も今よりも頑張れば、もっと進学実績は上がるはずだ。しかし、誰もそうしようとしない。いや、そうしようとする「空気感」がない。それを

        • 【教師残酷物語】第7話「飲みニケーション」(木原先生28歳/理科)

           木原辰彦先生(28歳/高校理科)は、常時笑顔で話してくれる。が、内容はどこか冷笑的で諦念観が漂っている。細身の長身で、ヒゲが濃い体質なのだろう。午後だと顔の下半分が青くなっている。色白だからか、それが際立って見える。  大学では生物工学を専攻し、現在は高校で生物の授業を担当している。学生の時分は、細胞の仕組みに魅了され、教職への志など全くなかった。しかし、後輩に授業内容を解説しているうちに、自身の説明力の高さに気が付いた。それで教師になった。  ダボダボのグレースーツ、

        【教師残酷物語】第10話「嫉妬」(井本先生58歳/国語科)

          【教師残酷物語】第6話「モンスター・ペアレンツ」(斉藤先生33歳/英語科)

           斉藤雄馬先生(33歳/高校英語科)が言うのは、あくまでも彼の“肌感覚”であって、明確なエビデンス(証拠)に基づいているわけではない。しかし、10年間、教師を務めてきた人間の“肌感覚”だ。全く信頼が置けないわけでもないだろう。  学校の先生(男性)は概してオシャレではないが、斉藤先生のスーツ姿はスタイリッシュだ。細いストライプの入ったネイビーのスーツ。赤いペイズリー柄のネクタイ。さぞ女子生徒には人気だろう。一見すると、どこかの大手商社マンに見えなくもない。だから、たいてい

          【教師残酷物語】第6話「モンスター・ペアレンツ」(斉藤先生33歳/英語科)

          【教師残酷物語】第5話「セクハラ」(田口先生26歳/家庭科)

           田口柚香先生(26歳/中学家庭科)自身は、事態を“セクハラ”と捉えているようだ。が、話を聞いてみると、事態は“性犯罪”といった次元のように感じる。少なくとも、足・尻・腹を触るのは“痴漢”行為と同等である。なぜ、そんなことが教育の職場で起こるのか。しかも私立の中高一貫の女子校で……。  田口先生は中高一貫の女子校を卒業したあと、短大を出て、通信制で教員免許を取った。飲食店のアルバイトしながら勉強し、25歳の頃に母校の非常勤講師の職に就いた。ふくよかな体形をしているが、愛想が

          【教師残酷物語】第5話「セクハラ」(田口先生26歳/家庭科)

          【教師残酷物語】第4話「非正規雇用」(東谷先生31歳/社会科)

           東谷健司先生(31歳/高校社会科)が言うのは、いわゆる“派遣切り”のことだ。教育の現場にもそんな“ブラック”な問題が存在するのか?と疑問を抱く方がいるかもしれない。が、それは「存在する」と言わざるを得ない。勿論、そのブラックには“濃淡”がある。ホワイトに近いグレーなケースがあれば、ブラック近いにグレーのケースもある。けれども、東谷先生の体験は明確にブラックと言えるケースだろう。問題はそれが“合法”な点にある。それがブラックを“ブラック”たらしめている所以である。  学生時

          【教師残酷物語】第4話「非正規雇用」(東谷先生31歳/社会科)

          【教師残酷物語】第3話「過労死」(田中先生42歳/数学科)

           蒲田晃司先生(38歳/高校数学科)は、亡くなった田中真司先生(42歳/高校数学科)の直属の部下に当たる先生だ。色白の小太りで、ネクタイがきつそうだ。冷淡なのか、そういう性格なのか、あまり感情が見えない。喜怒哀楽の表情がなく淡々と話す。表裏のない性格なのはすぐにわかる。愛想もなければ、不機嫌さも示さない。一定のリズムを刻み続けるメトロノームのような話し方をする。  朝7:15。職員室には5名の先生しかいない。始業は8:30であるため、職員室にいる先生は全体の1割にも満たない

          【教師残酷物語】第3話「過労死」(田中先生42歳/数学科)

          教師残酷物語 第2話「鬱病」(下條先生29歳/英語科)

           下條桜子先生(29歳/高校英語科)は軽度の鬱病と診断され、現在は休職中だ。明るめな髪色に小綺麗な白シャツ。そしてカラフルなネイル。こうした姿からはちょっと想像しにくい……。ハキハキとしたしゃべり方で、笑顔も多い。目を真っすぐ見て話す態度から、一見すると、気さくなアパレル店員か美容師のようにも思える。おそらく生徒にも人気な先生であろう。いや、正確に言うと、人気な先生で「あった」だろう。  大学時代にはボストンに留学していた経験もある。生徒には、若いうちに価値観が変わる経験を

          教師残酷物語 第2話「鬱病」(下條先生29歳/英語科)

          教師残酷物語 第1話「ブラック部活」鈴木先生32歳/国語科

           鈴木圭一先生(32歳/高校国語科)は30代には見えない若々しい顔立ちの好青年だ。中高ではサッカーに情熱を注ぎ、その面影は今も残っている。立ち姿といい、話し方といい、そこには爽やかさとたくましさが感じられる。また生来の読書家で、文学と哲学が今の彼を形成している。生徒にもその楽しさと大切さを伝えたい。それが彼の生き甲斐だ。一方、大学受験の指導にも力を入れ、生徒を難関大学へ導いてきた実績もある。ベテランではないが、若手とも言い難い、いわば中堅所の先生だ。合格実績は学校評価のバロメ

          教師残酷物語 第1話「ブラック部活」鈴木先生32歳/国語科

          教師残酷物語「はじめに」

          投資としての教育 教育は未来へ向けた“投資”だ。時間軸で言うと“今”じゃない。“未来”だ。  子どもが立派な社会人となって納税をする。それを実現する基盤が教育だ。こう言うと、聞こえが悪いかもしれない。「子どもを金づるとしてしか見ていないのか!」と、批判の声が聞こえてきそうだ。しかし、これが原理だ。「金づる」ではなく、子どもは社会の「資本」だ。そう考えなければ、社会はサスティナブル(永続的)に成り立たない。これは良い悪いの問題ではない。ただの仕組みの話だ。  ただし、これは必要

          教師残酷物語「はじめに」