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教師残酷物語 第1話「ブラック部活」鈴木先生32歳/国語科

「まるで興味のないスポーツを朝の8時から夜の8時まで観てて楽しいと思いますか? それで日曜日終了ですよ? 明日の授業準備もできてないのに……。」

 鈴木圭一先生(32歳/高校国語科)は30代には見えない若々しい顔立ちの好青年だ。中高ではサッカーに情熱を注ぎ、その面影は今も残っている。立ち姿といい、話し方といい、そこには爽やかさとたくましさが感じられる。また生来の読書家で、文学と哲学が今の彼を形成している。生徒にもその楽しさと大切さを伝えたい。それが彼の生き甲斐だ。一方、大学受験の指導にも力を入れ、生徒を難関大学へ導いてきた実績もある。ベテランではないが、若手とも言い難い、いわば中堅所の先生だ。合格実績は学校評価のバロメーターになる。そこを担う鈴木先生は組織のミドルリーダーになるべき人材と言える。実際に分掌(組織内での役職のこと)は進路指導部でもある。
 しかし、彼いわく部活は「ハズレくじ」らしい。
 卓球部。サッカーというランニングスポーツをやってきた彼からしたら、退屈なスポーツだ。しかし、問題はそこじゃない。休日の大会引率だ。

「卓球には団体戦と個人戦とがあるんです。試合はトーナメント方式で、勝てば次の試合に出ます。負ければ、そこで終了。引率の顧問としては、できるだけ早く負けてほしい。なぜって、それは早く帰りたいからですよ。生徒のことは好きですし、応援もしています。けど、さすがに休日返上してまで、興味のないスポーツを見続けることはできません。」

 鈴木先生の日々の仕事は楽ではない。国語という主要教科の業務、担任としてクラス運営、学年での役割分担、進路指導部では事務労働。生徒・保護者・上司・同僚、様々な関係をマネージメントした上で、かろうじて部活動の顧問も務めている。勿論、卓球の技術指導はできない。技術指導は卓球経験者でもある社会科の男性教諭(46歳)が行なっている。彼は副顧問という立ち位置で、部活終了時の安全確認と、雑務も含めた事務仕事、そして引率業務を行っている。

「●●先生(技術指導を行っている社会科教諭)はいいですよ。卓球を教えるのが好きで楽しいんだから。それに大学受験の指導もしないし、分掌は生活指導だし……。」

 学校社会には楽な役職とつらい役職とがある。もしくは、簡単な業務と複雑な業務とがある。何を以て楽であるとか大変だとかは言えない。が、しかし、とりあえず鈴木先生は間違いなくつらい役職に就いている。そして複雑な業務をこなしている。それなのに、なぜ部活動の顧問までさせられているのか。

「部活って、例えて言うと、給食当番みたいなものなんですよ。みんなどこかでやらなきゃいけないって感じです。だから、楽しい所もあれば、嫌な所もあります。大変な部活もあれば、楽な部活もあるんです。給食当番でも紙パックの牛乳配るだけの係ってあったじゃないですか? アレは楽な当番でしたね……。」

 部活動の引率は馬鹿にならない。引率手当は学校によって異なるが、彼の場合は1日3000円程度と言う。1学年に1人か2人くらいは卓球のうまい生徒がいて、個人戦で上位に勝ち進んでしまう。だから、大会終了が20時近くになる時もある。

「勝ち上がってくれるのは嬉しいですよ。ただ、平日は朝7:30に出勤、退勤はおおよそ19:00近く……。それで日曜は朝8時集合の夜8時解散……。僕は教師である前に人間なので、さすがにつらいですよ。明日の授業準備が終わっているならまだしも……。」

 鈴木先生いわく「罰ゲームコース」の部活動には、若い男性教員があてられることが多いらしい。なぜなら、体力があり「石の上にも3年のロジック」を適用しやすいからだそうだ。しかし、彼のキャリアはそろそろ10年になる。10年間「石の上にも3年のロジック」が適用されているとしたなら、それはもはや「ロジック」とは言えないのではないか……。そう質問をしたかったが、それは控えることにした。

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