【教師残酷物語】第7話「飲みニケーション」(木原先生28歳/理科)
木原辰彦先生(28歳/高校理科)は、常時笑顔で話してくれる。が、内容はどこか冷笑的で諦念観が漂っている。細身の長身で、ヒゲが濃い体質なのだろう。午後だと顔の下半分が青くなっている。色白だからか、それが際立って見える。
大学では生物工学を専攻し、現在は高校で生物の授業を担当している。学生の時分は、細胞の仕組みに魅了され、教職への志など全くなかった。しかし、後輩に授業内容を解説しているうちに、自身の説明力の高さに気が付いた。それで教師になった。
ダボダボのグレースーツ、合皮製の安い黒のスニーカー、少し曲がった青色チェックのネクタイ。外見はお世辞にもスマートとは言えない。しかし、生物という教科の魅力、そしてその知識の有用性を語る時の眼差しは光り輝いている。
心掛けているのは何よりも「見やすさ」だ。授業の内容よりも「デザイン」が大事だ。彼は言う。
木原先生の教育哲学は独特だ。生物の授業は図解やイラストが重要で、その配置や視覚的な効果が何より大事である。実際に授業プリントを見せてもらったが、確かに手が込んでいる。その成果なのか、授業アンケートでは生徒から高い評価を受けている。「授業のわかりやすさ」と「教員の熱意」という項目は、ほぼ最高値に近いスコアだ。
しかし、木原先生は3年連続、今の職場で常勤講師への登用試験に落ちている。
彼の勤めている職場は、毎年何名か非常勤講師から常勤講師への登用がある。毎年、非常勤講師から何名という形で募集がある。教科は関係なく、とにかく現職の非常勤講師が応募する。試験内容は各教科のペーパーテストと小論文、そして管理職による面接だ。選考基準や登用の理由は公にされることがなく、毎年「総合的に判断する」とのことだ。
非常勤講師は合計23名。登用の試験を受けるのは、毎年半数くらい。そして登用されるのは1~3名ほど。3名の募集であっても実際に登用するのは1名という年もある。だから、受験する非常勤講師は互いに少しギクシャクする。なぜなら、普段は仲間でも、その時だけは“競争相手”になるからだ。
それに、各自「根回し」もする。わかりやすいのは小論文だ。これは「公然の秘密」のようなものだ。小論文は、事前に課題内容が開示され、執筆したものを当日提出する。そのため、受験者の何人かは提出前に国語科の教員に相談をするらしい。
真偽は不明だが、ほかにも“口利き”のような行為もある。とにかく非常勤講師と言えども「先生」であるわけだから、他力本願で試験に臨むのはいかがなものか……。彼の言いたいのはそういうことだ。至極まともな見解である。しかし、彼の生きている社会は、そのまともさが“逆転”する。
実際にどの程度職場での人間関係が選考の判断材料になっているのかはわからない。ただ、一般論を言えば、職務遂行能力だけでなく、職場での対人関係能力も、社会で生きていく上では必要な力だ。それが加味されるのは人事としては当然のことと言えよう。しかし、木原先生の言わんとするのはそこじゃない。
彼は生徒の知的探究心に向けて、静かに情熱を燃やせるタイプなのだろう。だから、授業など二の次で、部活動指導だけに情熱を注いだり、職場でのポジション取りに熱心な先生を軽蔑している。しかし、彼の生きている社会では、それが“最適解”なのだ。“良し悪し”の問題ではなく、それが“現実”なのだ。しかし、彼はそれを良し悪しで判断しようとする。純粋な善人だ。
見た目が「陰キャ」風であることは否定できない。しかし「コミュ障」かと言われると、そんな感じはしない。むしろ饒舌だ。少し不思議に思う感性を持っているようだが、理知的でもある。要するに、彼が言うのは、周囲からネガティブな“キャラ”に認定されている、ということだ。それが採用されない理由である、と……。
シニカルな彼の指摘は、日本の多くの一般企業にも通じる所があるだろう。しかし、それらは全て彼の憶測に過ぎない。どれも確たる証拠はない。しかし、数値で示される授業アンケートが最高値に近いくらいの高評価である先生に“そう言わせてしまっている”職場というのは……。
木原先生であれば他校でも十分やっていけるだろう。しかし、生物を担当できるかどうかはわからない。その観点から、彼は今の職場で専任教諭になることを望んでいる。今の職場は生物専攻の教員が少ない。そのため、今の立ち位置での登用を望んでいる。
しかし、非常勤講師が登用されるのはまず「常勤講師」からだ。常勤講師は契約社員であって、専任教諭という正社員の待遇ではない。それでもいいのか? と言うより、いつでも“切れる”契約社員ではたして大丈夫だろうか……。彼の教育へ対する静かなる熱意が正当に評価される日はいつになるのだろう。
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