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【教師残酷物語】第6話「モンスター・ペアレンツ」(斉藤先生33歳/英語科)

「子は親を選べないと言いますが、それは我々も同じです。僕らも保護者を選ぶことはできません。少数ですけど“モンスター”はいます。……ただ、やばいのは、それが年々増加してきてるんじゃないか?ってことです。」

 斉藤雄馬先生(33歳/高校英語科)が言うのは、あくまでも彼の“肌感覚”であって、明確なエビデンス(証拠)に基づいているわけではない。しかし、10年間、教師を務めてきた人間の“肌感覚”だ。全く信頼が置けないわけでもないだろう。

 学校の先生(男性)は概してオシャレではないが、斉藤先生のスーツ姿はスタイリッシュだ。細いストライプの入ったネイビーのスーツ。赤いペイズリー柄のネクタイ。さぞ女子生徒には人気だろう。一見すると、どこかの大手商社マンに見えなくもない。だから、たいていの人は、彼に厄介な災難が降りかかっているとは、夢にも思わないだろう。

「実際、担任をやっていれば、多かれ少なかれ保護者からのクレームはきます。大なり小なり誰もが保護者対応には手を焼きます。」

 今は昔と異なり、先生は“敬意の対象”ではない。昔は生徒も保護者も先生には畏敬の念を抱いていた。が、今の時代の先生は、単なる“サービス業者”だ。保護者はサービスの購入者であり、生徒はサービスの消費者だ。だから、気に入らなければクレームを入れる。電話で消費者センターにクレームを入れるように……。

「けど、世間でイメージされているモンスター・ペアレンツなんて本当に少数です。ピカチュウくらいのレアケースですよ。滅多にお目にかかりません。だだ、エンカウントしたら最後。ゲームではないので『逃げる』というコマンドはありません。」

 冗談っぽく話しているが、彼はまさに「エンカウント」中だ。彼のクラスには「ピカチュウ」がいる。

「ぶっちゃけ、クラスが嫌なら転校でも退学でもしてくれりゃいいんですけど、それも嫌なんでしょうね。現状には不満があるけど、別の場所で頑張るほどの気力がない。事態を自分の責任として捉えるほどの知力もなければ精神力もない。だから、“他責化”する。他責化することでしか現状の改善を図れない。って感じですかね?」

 高校2年生のA君は遅刻が多い。理由は朝起きるのが苦手だからだ。また宿題をやってこないことも多い。部活や塾に入っているわけではないのだから、やる時間はあるはずだ。けど、やらない。特別な事情は何もない。ただの怠惰だ。小太り体形で、運動神経も良くない。趣味も特にあるわけではない。プライベートではスマホゲームをやりYouTubeを眺めている。バイトもしない。とりわけて欲しい物もない。
 友人も少ない。スクールカーストで言えば、A君は下層に属するタイプだ。下層には下層のカルチャーがあり、コミュニティがあるのだが、A君はどこにも属し切れていない。本当はどこかに属したい気持ちがあるのだが、下層の空気感を毛嫌いするプライドの高さが少しある。そのため、多少は話すが、親密な関係を築けない。そんな人格と現状が、少しずつ彼にストレスを溜め込ませたのだろう。「少しずつ」であるがゆえに、親も担任も気づけなかった……。

「簡単に言うと、逆ギレですよね。別にたいした叱責はしてません。遅刻が多いから遅刻すんなって言って、宿題をやってこないから宿題をやれって言って……。担任としては普通のことじゃないですか? 他教科の先生たちも『宿題をやってきなさい』って注意してるわけですし。せめてテストの点数が良ければいいんですけど、それもダメ……。そしたら、いきなり父親から『精神疾患だ!どう責任とるんだ!』って……。」

 きっかけは斉藤先生の英語の授業中だった。生徒が隣同士ペアになって英文を読み上げる練習をしていた時だ。A君が、隣の女子生徒と練習をしていない。先生は2人に音読の練習をするよう促す。しかし、やらない。いや、A君がやらないのだ。しかし、先生はそれ以上干渉することはなかった。生徒にも関係性がある。だから、流した。それで授業は済んだ。しかし、その後、A君の隣に座っていた女子生徒が他の女子生徒にA君の愚痴を言った。英語に限らず、隣同士や班で学習をする時のA君の態度が非協力的で嫌だったのだ。
 近年ではアクティブラーニングと言って、生徒同士の学び合い・教え合いを実施する教育方法が推奨されている。隣同士となれば、当然、ペア学習の機会が増える。大半の生徒はそれに慣れているが、A君はそれが苦手だった。なぜなら、社交性もなければ、学力もないからだ。それでペア学習を放棄した。
 ここまでは、なんてことのない話である。些末な問題だ。しかし、翌日A君は学校を休んだ。そして、斉藤先生は欠席連絡のために、A君の家庭に電話をした。すると、父親から「逆ギレ」された。

「息子は精神的に参っていて、今度心療内科を受診することになった、どうしてくれるんだ!って、まさに“ブチギレ”でしたね。はじめは、意味がわかりませんでした。しかし、話を聞いてみると、どうやら僕がA君に虐待に近い叱責をして、勉強を強要している、ということでした。それで精神的に参ってしまい、学校に行けない、と……。」

「学校に行けない」だから「心療内科を受診する」という流れには、いささか飛躍を感じる。が、とにかく斉藤先生は1時間ほど電話で事情を聞いた。しかし、父親の激昂は収まらない。そのため、対応を学年主任に代わり、翌日に面談することとなった。

「まぁ、“地雷”みたいなものとして理解しました。正直、ここまでわけのわからない“ブチギレ”だと逆に冷静になります。学年主任も即座にモンスター・ペアレンツの気配を察知し、即時対応してくれました。」

 翌日の午前中、斉藤先生は学年主任とスクールカウンセラーの同席のもと、父親と面談した。まずは丁寧な謝罪、そして傾聴。とりあえず、昨日のような激昂した態度ではない。

「保護者の多くは僕(33歳)よりも年上なんです。だから、上から目線で話される方々も一定数います。あの父親はその典型ですね。だから、学年主任とスクールカウンセラーさんに入ってもらったのは正解でした。」

 父親はかなりの肥満体形で、髪は薄く、Tシャツ・ジーパン姿だった。人を見た目で判断するのは良くないが、ひとまず好印象の持てる外見ではない。少なくとも、健康的とは程遠い外見である。

「超絶のデブで、ビビりました。教師がこんな言い方するのは良くないですが……、見るからに“ヤベー奴”でした。けど、そこよりも、平日の昼間から急遽来校できるのが気にかかりました。父親の多くは、平日昼間は働いてますから……。」

 面談は無事に済んだ。息子は勉強がうまくいかないことに悩んでいる。そのため、今後、無理強いはしないでくれ。これが父親からの要望だった。

 斉藤先生・学年主任・スクールカウンセラーの3者の協議によると、以下のような見解となった。A君はクラスでの「孤立」と「劣等感」、そして「羞恥心」から、家庭内で“キレて”しまったのではないか。しかし、思春期ゆえに、いわば、ちっぽけな「自尊心」から、親に素直に相談することができなかった。担任のせいにする、すなわち他責化することでしか語れなかったのではないか。と言うより、他責化の対象が、たまたま担任だったのだ。まさに「“地雷”みたいなもの」である。

「まぁ、あの親じゃ、仕方ないでしょう。なんか全部短絡的でしたもん。話も考えも感情も全部単純ってゆーか、バリエーションがないんです。怒るにしても“キレる”ってゆー方法しかない。チューニング(調整)ができないってことです。感情のコントロールみたいなものがない。そんな親の元で育てられたら、子どもだって感情やコミュニケーションのコントロールはできませんよ。」

「モンスター」と遭遇する職場。「地雷」の埋まっている職場。そう考えながら先生たちは働かなければならないのか。
「ピカチュウ」はどこにでもいる。そして増え続けている。しかし、現実世界にいる「ピカチュウ」は決して可愛くはない……。

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