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【教師残酷物語】第8話「虐待」(岸田先生43歳/数学科)

「かわいそうって感じではなく、痛かったです……。私自身は何不自由なく育ったし、他の生徒も、まぁ、色々な家庭がありますけど、一応“普通”の生活は送れています。貧困とかであれば、まだ対処できたと思うんですが、家庭内の暴力は……。」

 岸田愛梨先生(43歳/中学数学科)の勤務する学校は、伝統ある中高一貫の女子校だ。比較的偏差値が高く、大学進学の実績も悪くない。校則はそれなりに厳しいようだが、自然豊かな緑に囲まれた学校であるため、どこか牧歌的な気楽さと自由さがある。生徒・教師ともにのんびりしている。と言うよりも、のんびりとした生徒や教員が自ずと集まっているようだ。だから、生徒も教師も今よりも頑張れば、もっと進学実績は上がるはずだ。しかし、誰もそうしようとしない。いや、そうしようとする「空気感」がない。それを彼女も悪いとは思っていない。競争原理の中で上に行くことよりも、誰もが心安らかに生きられる空間形成のほうが大事。それが彼女の勤める学校だ。だから、彼女は物理的・身体的な「暴力」に“免疫”がない。

「最初は、驚いたと言うか、わけがわからなかったです。『保護』ってどういうこと? 何か手違いや人違いではありませんか?と……。今まで、保護者と生徒の仲が悪いとか、親とケンカした、という話題は多々ありました。が、文字通りの『暴力』の事例は初めでしたから……。」

 岸田先生とその生徒(以下「Aさん」とする)は、仲の良い間柄だった。中学2年生のAさんは、背が高く、バスケットボール部に所属し、友達の多い生徒だった。成績も良好で、数学の問題をパズルのように解く。岸田先生の授業がわかりやすかったようで、それでAさんは彼女に親近感を覚えた。

「今思うと、何らかの合図だったのかもしれません。数学の問題に関する質問から、部活の相談とか母親に関する相談とかに話が移っていましたから。私も生徒に慕われるのは嬉しいものですから、何の疑いもなく、普通に接してきました。けど、もしかしたら“何か”に気づいて欲しかったんじゃないかと思います。」

 Aさんは担任の先生よりも彼女を慕っていた。担任は若い男性教諭で決して悪い人ではない。しかし、やはり同性のほうが頼りやすかったのだろう。しかし、彼女の話を聞く限り、Aさんの相談してきた話題から「父親の暴力」を連想するのは難しい。

「担任や管理職に聞くところによると、暴力は文字通りの『暴力』だったそうです。体に青あざができるような感じで、殴る蹴るの痕跡がいくつもあったそうです。保護されて本当に良かった……。ただ、私がそんな風に殴られたことがないので、話を聞いてるだけで痛いです……。すみません、『痛いです』って言うのは、嘘というか、オーバーなんですが……、それくらいしんどいという気持ちです……。」

 Aさんは、運動神経が良く、明るく活発な生徒でもあったため、その分、現実とのギャップが大きかった。いや、現実の悲惨さが想定外過ぎた、と言うべきだろう。

 娘を中学から私立に通わせ、バスケットボールというスポーツをさせているわけだから、家庭は経済的に裕福なはずだ。また、わざわざ伝統ある女子校を選んでいる点からしても、保護者の教育意識は比較的高いと思われる。では、なぜ「文字通りの暴力」が家庭内で発生したのだろう。話を聞く限り、母親は善人であるようだ。とても問題を抱えているような人には見えなかった。これは岸田先生が担任から聞いたところによる。問題はあくまでも父親側にある。しかし、なぜ児童相談所が入るほどの暴力に及んだのかは定かではない。

「児相(児童相談所)が入ったケースは初めてです。私の授業中だったんですが、教頭先生が後ろのドアを開けて『岸田先生、すみません。Aさん、ちょっと……』と呼んだんです。それでAさんは、何も持たず席を立ちました。そして、あとから児相の話と虐待の事情を聞きました。その時は、頭が真っ白になった感じです。」

 児童相談所は生徒本人にも、その周囲にも事前の連絡をしない。いわば、アポなしでくる。そして、まずは児童・生徒を保護シェルターに連れて行く。虐待を行う大人から匿うためだ。
 岸田先生の職場では、その後Aさんの父親から電話連絡があったり、学校への訪問があるようなら、取り次がないように、との業務命令が出た。

「何もしてあげられない自分が歯がゆくてならなかったです。たぶん、私が彼女と1番親しかったと思うので……。なんで気づけなかったんだろう……。今思うと、確かに不自然でした。数学ができるのに数学の相談をしてくるっていうこと自体が……。」

 彼女は自責の念にかられているようだが、今回のケースを事前に察するのは無理がある。と言うのも、Aさんの「相談」は、どれも部活の話だったり、母親との些細な諍いの話だったりしたからだ。父親の存在は微塵も感じられない。しかし、彼女は自分を責める。それは、彼女のキャリアも影響しているのだろう。教員生活30年。彼女にとってはあってはならない事件である。

「中学2年生の女の子が成人男性から一方的に殴られる……。考えただけで耐えられない。しかも、殴っているのは衣服に隠れる胴体の部分だけ。私はそういう人間を今までに想像したことがなかったので……。私たちが子どもの頃には、街に不良とかヤンキーとかっていたじゃないですか? ほかにもヤクザやチンピラのような方々も。けど、おそらくそういった人たちは、中学2年の女の子を殴ったりはしないし、ましてや他人にばれないように殴るってこともしないでしょう……。」

 憤りなのか悲哀なのか、彼女の表情を言語化するのは難しい。ただ、おそらく彼女の勤務している学校の中では、殺人に匹敵するほどの恐ろしい事件であったのだろう。暴力とは無縁の学校だったはずだ。今までは……。

「30年、教職に携わってきて、確かに段々と世の中が荒んでいったのはわかります。昔はもっと、色々なことがゆるやかでした。そして、のびやかでした。しかし、今は違います。少数ですが、難しい生徒と難しい保護者は増えています。別にモンスター・ペアレンツが増えている、というわけではありません。勿論、少なからず無理難題を要求する方はいますけど、それは本当に少数です。しかし、悩みを抱える保護者が増えたのは間違いありません。そして、悩みが複雑化している生徒が増えているのも、また事実です。」

 岸田先生の言う「悩みが複雑化している」というのは、具体的にどういったことなのか。それはわからない。しかし、社会が複雑化・不安定化しているというのは間違いない。そして、その影響が子どもにも大人にも及んでいる点も理解できる。“しかし”である。
 経済的に困窮しているわけではない家庭に「暴力」や「虐待」が起こる。不安に思うのは、原因が不明確な点だ。なぜ、Aさんの家庭が? よりによって、なぜ、Aさんのような女の子が?
 児童虐待の相談件数は年々上昇傾向にある。どうしてAさんは先生に相談ができなかったのか。Aさんの通う学校は、他校と比較して、風通しの良い所ではないか。担任や部活の先生以外に、岸田先生のような方もいたはずなのに……。

「子は親を選べません。だからこそ、教師はセカンドオピニオンとしての大人でなければならないし、学校はいざという時のセーフティーネットでなければならない。しかし……。児相(児童相談所)が入るということは、我々がそうなっていない、学校がそうできていない、ということです。」

 彼女の言葉は極めて理知的な倫理観に溢れている。だからこそ、彼女の言葉には冷たく重い響きが籠る。
「児相が入る」
 それが意味することの冷たさと重さが……。

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