vol20 僕たちは、何のために働くのか
あくまでお金は何かと価値を交換する手段であって、それ自体が目的にはなり得ない。お金を稼ぎ、生活を豊かにしたいとか、叶えたい夢があるとか、そういったものが先にあるべきだ!
ってのは、ただの理想論。
現在はお金を手段と考えづらい環境にある。学校を卒業すると、気付けば働き始める、それが当たり前の社会。その働き始めに目的を持っている人は少なく、どうしても目的のない労働を開始する人が増えてしまうシステムだ。
目的を持った労働を推奨するならば、目的を持つための環境と、持つまで耐えうる社会が必要になる。しかし、現在は資本主義社会であり、経済(GDPの)成長が重要な指標の一つ。簡単に言うと、安い労働力はあればあるほど良い。そのため、若い労働者はどれだけ増えても足りないのだ。
だからこそ、働き始めると悩むことになる。
「一体自分は何のために生きてるのか?」
「生きる意味は何なのか?」
それまで学ぶことが目的の一つだった学生生活から、突如目的もなく働き始めるという世界に放り込まれる。そんな現代人が悩むのは、至極当然のことだろう。
とは言え、今の社会はそうやって回っている。
ここで
目的を持って生きよう!
社会の歯車になるな!
と叫ぶことが正解とは思えない。そこに文句を言っても仕方がない。過去の歴史を踏まえ、少なからず最適だと思われているシステムが資本主義であり、これ以上のシステムはまだ見つかっていない。そのため、「今のこの環境でどう生きるか?」これこそ問われるべき問題であり、現在のシステムが問題だと叫ぶことは学者にお願いする、餅は餅屋に頼もう。
だって、あなたが生きている数十年は高確率で今のシステムが継続するだろうから。絶対とは言えないが、大きく変わる可能性は高くない。可能性の低い変化に期待をして、判断するのは現実的ではない。
他にも、こんな事を言う人もいます。
生活費は必要。悩んだって仕方ないのだから、お金を稼いでから目的を考えたらいいよ。
僕はおすすめしない。この理論には隠れた大前提があるから。それは、お金を稼いだ後、改めて「自分の生きる目的は何か?」を見つける、そして自制心を持ってお金と付き合うことができる、という大前提が隠れている。
これは難しいですよ。誰にでもできることじゃない、というより欲望にまみれた人間にとって、修行の様な生き方を求めているのと一緒。
ではどうするのか、僕は並行することをおすすめする。働いてお金を稼ぎ、生活を保ちつつ、生きる目的も考える。つまり、両方取りに行くんです。どちらか一方選ばないといけないルールは無い。
なぜか選択肢が二つになると「どちらかを選ばないといけない」と思ってしまうのが人間の性。でも両取りできるんです、働きながら自分が生きる意味を探す旅はできる。
ただ、これも苦行になる。人間は生きる目的を求めるが、そもそも目的なんてないかもしれないから。
人間が生きる意味なんて無い!
そんな結論が出る事だって十分にありえる。宝のない宝探しになりかねない。しかし、どうしようもない。宝があるかないかもわからない、でも宝探しに出るしかない、人間はそういった生き物だから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?