栃尾江美(とっちー)

ライター&ポッドキャスター。noteでは創作、音声配信、コミュニティ関連など。役に立ったり、糧になったり、心が動いたりすることを書きたいです。詳細なプロフィールはこちらから http://emitochio.net

話すのが好きなのと、おそらく割り込むタイミングが早いので「話し過ぎてしまって恥ずかしい」という後悔が多い。後悔はしないほうだけどこればかりは後悔し、反省する。複数人いるときは話し足りないくらいがちょうどよく、恥ずかしくもないし満足度も高い。話したかった欲求は、文章に行く先を変える

仏教の教えは「無常」だと聞いたけど、花や植物を見ていると身にしみてわかる。花びらがみずみずしく美しいときは一瞬で、時期が終わると何のためらいもなく花を落とす。そうかと思うと、すぐに次の準備を始める。その時の環境を受け入れ、あらゆるエネルギーを、新しい芽や若葉や、実を作ることに使う

自分の本当の欲求は「弱み」みたいなものだ。「一緒にいたい」「助けてほしい」「認めてほしい」って言ってしまったら、受け入れられなかったときに深く傷つく。だから伝えるのは勇気がいる。小さなステップとしてできるのは、過去形で話すこと。「〜してほしかった」と言えば、大きく傷つく心配はない

人に会わないと感情の揺れ動きや、自分の内面の気づきが少ない。本を読んで気づくことは、しょせん誰かの受け売りに感じてしまう。人と関わり合いながら、これまでに知ったことを照らし合わせ、いろいろなことに気がついていく。人と関係するのは苦しいこともたくさんあるけど、その分多くの学びがある

人は見えるものしか見えない。誰かを褒めようと思っても、見える範囲でしか褒められない。自分に「ときどき断定的に褒められる」ような能力があるのなら、それは一部の人しか見えていない確実な能力なのではないか。それが見当違いなのか、見える人に見える本当のことなのか。自分で確かめてみればいい

調子に乗らないように気をつけている。調子に乗るというのは、客観的な評価より、自己評価が上回っているということだ。それによって人の意見を聞かなくなったり、自分を疑えなくなったり、誰かの良さを認められなくなったりする。謙虚すぎると思い切って行動できないけど、調子に乗ったら成長できない