効果的な競合調査をするために。
みなさんこんにちは。デザインと写真の事務所「サンポノ」の江口です。今日は、競合調査について書こうと思います。多くの人が競合調査をしていると思いますが、なぜ調査をするのか、はっきりと理由がわかっている人は、少ないのではないでしょうか。実際、私が出会ってきた方々は、自分の考えを正当化するために、競合調査をしていました。例えば、「こういうものが今は売れていて、だから、こういうものを作ろうと思います」みたいな。しかし、それだと競合と似ているものしか作れず、差別化は図れません。戦略やコンセプトが競合と被っているのに、デザインで差別化を図るというのは、あまりにも短絡的です。また、クリエイティブ領域のデザイナーやディレクターであれば、似たようなデザインを参考にすることが、競合調査と思っている方も多いですが、それは私のしている競合調査とは全く異なります。
なぜ競合を調べるのか。
前置きが長くなりましたが、私がクライアントの競合を調べるのは、差別化を図るためです。もう少し詳しく言うと、クライアントと私の戦略やコンセプトと、その他の企業が被っていないかを調べるために、競合を調査します。つまり、競合のことはどうでもいいのです。あくまでも主体は自分達にあります。なぜなら、私たちがこれからやろうとしていることが、他の企業によって既に行われているのであれば、ユーザーにとってはそれで十分だからです。もしも同じことで競えば、必ず価格競争に陥り、クライアント企業が痩せ細るだけでなく、競合も含めた業界全体の体力が衰退します。それでは、この業界でクライアントが一位をとっても意味がありません。例えば、AppeがMacを売り始めたときには、デザインに優れたPCというのはありませんでしたし、Googleが登場したときには、シンプルな検索サイトはありませんでした。どちらも、業界的には後発でしたが、戦略やコンセプト、製品に至るまで、他とは異なりました。
これはデザインでも同じです。私はブランディングの仕事をよくご依頼いただくのですが、そこではロゴを制作することが多くなります。私も受賞している日本タイポグラフィ年鑑などに掲載されているロゴを調べるのは、私が考えているロゴが、既に他のデザイナーによって制作されていないかを調べるためです。同じことを、ラフを制作した段階で、画像検索をしても調べます。以前記事にしたUIは、機能やユーザーの習熟度が形になるために、似通ってきますが、ロゴにおいては、差別化を図るためにオリジナリティが必要になってきます。何度も書きますが、デザインをする上で、この考え方の切り替えはとても重要です。
どんな競合調査をするのか。
競合調査をする理由が分かったところで、次は調査の行い方です。競合会社たちが上場をしていたら、戦略について調べるのはとても簡単に行えます。実際の決算情報と今後の戦略を公開しているからです。ホームページに行くとIR情報というページがあるので、そこに掲載されています。これは、株主に公開するためのものです。過去に「会社は社会の公器」と言われ、現在は社会的企業という言葉が浸透してきていますが、現実的な話をすれば、会社に最低限必要なことは、利益を上げることです。上場をしていれば株価を上げることになります。そのためには、投資家たちに向けて情報を発信し、株式を安定させなければいけません。IR情報とは、そういう役割も担っているのです。もしも、ホームページに掲載されているIR情報を見るのに慣れていなければ、上場企業の戦略等がコンパクトにまとまった『四季報』という本が四半期毎に販売されているので、書店で確認してみましょう。時期になれば、ビジネスコーナーに平積みになっているので、すぐに分かると思います。
もしも、競合の商品がスポーツ用品や文房具、食品のように小売店に陳列されるものであれば、実際に店舗に確認に行きましょう。これも一店舗だけではなく、種類の異なる店舗をいくつか回るといいです。大きな企業だと、売り場を模したコーナーを作っていたり、今ではCGで確認する事務所もありますが、ユーザーが実際に購入する現場に勝るものはありません。そして、クライアントのコーナーと競合のコーナーを比較して、「自分達(相手)がやられたら悔しいことは何か」を考えるのです。もちろん、違法な行為は論外ですが、例えば、自社も競合もギラギラした派手なデザインを展開していたとします。そこに、スッと落ち着いた上質なデザインが現れたらどうでしょうか。うるさくウリを喚き散らすデザインが溢れている中で、一歩引いてしっかりと作られたデザインがあったら、それが単体であるよりも、上品に見えるはずです。実際にこの例で成功した商品はたくさんあるので、調べてみるといいでしょう。もしも、クライアントと競合が提供しているものが、小売ではなくサービスの場合も同じで、実際にそのサービスを受けてみます。競合のサービスだけでなく、クライアントのサービスを、自分が誰なのか名乗らずに、他のユーザーと同じように受けてみると、クライアントが話してくれたこととは異なる視点が手に入り、多くの発見があります。
競合調査のときにどんなことを考えているか。
最後に、競合調査のときに私が考えていることを書きます。先ほどの章でも触れましたが、「私たちがやられたら悔しいこと」と「相手の立場に立った時に、相手がやられたら悔しいこと」を考えています。新素材の開発や製品の技術力で負けるのは私たちにはどうしようもないことですが、デザインを含めたコミュニケーションで負けるのは悔しいものです。それはアイデアと覚悟の問題だからです。例えば、「iPhoneは日本でもできた」という言葉は度々耳にしますが、それを実行するアイデアと覚悟が日本の企業にあったでしょうか? 企画会議で話しても、一笑に付されたのではないでしょうか。日本のクライアントが望んでいるのは、自分達のできる範囲で一攫千金を狙うことのように感じます。例えば、先述した派手なデザインが横行している中で、上質な佇まいのデザインで勝負することを提案しても、多くの企業が尻込みしてしまう空気があります。
このような中でも、覚悟を持って、アイデアを実践してくれる企業はあります。例えば、今でも関係が続いている石川県輪島市にある株式会社百笑の暮らしが提供している「里山まるごとホテル」というサービスでは、ブランドカラーをエンジ色にしています。これは当時、地方創生のブランディングや日本の魅力を伝えるサービス等によく使用される色が、紺色や黄色系の色、もしくは日の丸の赤色が多く、これらと差別化を図ることを私は狙っていました。そして、輪島塗の色をベースにエンジ色にすることで、地域とも相性がよくなるため、クライアントに提案したのです。実際、提案した直後は、見慣れた紺色でないことにクライアントが不安がっていましたが、開業のときの暖簾や揃えられたユニフォームによって、不安が消し飛んだようです。当時、90歳を超えていた現地のおじいさんから「これがクリエイティブ(の力)っちゅうんやな」と言ってもらったときには、冥利に尽きる思いでした。この仕事は、その後、世界三大デザイン賞である「Red Dot Award」を受賞したり、先日は岸田総理が表敬訪問をされたりと、着実に実績を上げています。
こういった差別化の取り組みは、自分とタッグを組んでいるクライアントの業界の立ち位置によっても、まったく変わってきます。例えば、小売商品を提供している会社で、業界一位であれば、ショップに陳列されている商品の量は多くなるので、しっかりとシリーズコンセプトを立てて、量でユーザーを魅了させる方法もできます。しかし、業界三位以下であれば、棚に陳列される量は限られてくるので、シリーズ毎のデザインを分散させるよりかは、ある程度メーカーとしての共通の要素をデザインに組み込んだ方が、実際の売り場よりも大きな塊に見え、洗練されて見えます(これは実際に、私たちが競合にやられて、悔しい思いをしたのを覚えています)。
また、こういったことは、競合に限らずに、世の中全体を見渡しながら考えると、応用力が上がります。例えば、アパレル業界を手がけていなくても、ユニクロのデザインやコミュニケーションの戦略はとても参考になります。上質なベーシックを売りにするために、松浦弥太郎さん(元・暮らしの手帳編集長、エッセイスト)に記事を書いてもらうシリーズや、ユニクロが発行している無料の季刊誌には、ディーター・ラムスという、デザイナーなら誰もが知っているような巨匠を取り上げたりしています。実際の商品でもアパレルのトップクリエイティブディレクターと組んで商品を展開していたり、着なくなった服をクーポンチケットと交換してくれるエコロジーな取り組みなど、その取り組みのひとつひとつが理に適っています。そして、ショッピングバッグへの考え方も、ユニクロと無印良品では異なります。比較して、企業の思想や戦略を考えてみると、なかなか面白いものです。これは実際にみなさんの手で調べてみてください。
最後に
いかがでしたでしょうか? 一口に競合調査と言うと、誰でもやっていると侮ってしまうかもしれませんが、けっこう人によって異なるものだとご理解いただけたのではないでしょうか。自分の考えの正しさを証明するための説得材料として競合調査をしていては、意味がありません。そんな風にして作られた商品は、ユーザーは必要がないのです。あくまでも、自分達を主体として、競合など調べなくてもいいぐらいの姿勢で臨んでほしいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。私の事務所に興味が湧いたら、ホームページをご覧ください。デザイン事務所と言うと、マーケティングに弱いと偏見を持たれる方もいらっしゃいますが、大学時代に習った統計データを分析する力と、経験による直観をバランスよく行き来しながら仕事をさせていただいております。作るものがなくても、お困りごとがあったらご連絡ください。それでは、また次回お会いしましょう。
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