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【『経済財政諮問会議』資料を読む】コロナ対策としての『デジタルニューディール』(あるいは、辻褄合わせとしての『アフターコロナ』?)

はじめに(『経済財政諮問会議』と『デジタルニューディール』)

 本日4/16付の『経済財政諮問会議』資料が公開されました。

 令和2年第5回経済財政諮問会議

 『経済財政諮問会議』とは内閣府設置法18条を根拠に設置されている政策会議で、総理大臣をトップとして、国の経済財政政策について財務大臣や経済政策担当大臣など関係閣僚と日本銀行総裁、民間議員らで構成されています。

内閣府設置法第十八条 本府に、内閣の重要政策に関して行政各部の施策の統一を図るために必要となる企画及び立案並びに総合調整に資するため、内閣総理大臣又は内閣官房長官をその長とし、関係大臣及び学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための機関(以下「重要政策に関する会議」という。)として、次の機関を置く。
経済財政諮問会議
総合科学技術・イノベーション会議

 もともとは橋本政権の行政改革を発端として、特に小泉政権時代には『聖域なき構造改革』の推進で非常に重要視されていた政策会議ですが、民主党政権(鳩山政権)下で活動を停止し、その後、第二次安倍政権にて復活した、という経緯があります。

 安倍政権下でも、幅広い政策が俎上に上がっており少子化対策、女性活躍、働き方改革2.0の一体的推進(第2回)といった社会課題から、4/7には(新型コロナウイルス)緊急経済対策について』(第4回)といった喫緊の課題についても議論がなされています。

 今回は4/16に議論された『デジタル・ニューディールの全国展開に向けて』に注目して、内容をまとめてみました。

『デジタルニューディール』ってなんだ?

 まず経済財政諮問会議において『デジタルニューディール』が言及されたのは、3/31の第3回経済財政諮問会議の有識者議員からの提案資料です。

新型感染症の拡大を契機とし、テレワーク、オンライン診療・服薬、遠隔教育の一層の利活用が待望される中、我が国のデジタル化・リモート化への取組の遅れと利便性の悪さが社会全体で認識されている。今こそ、取組の抜本的加速が強く求められている(資料2-1 『デジタル・ニューディールの大胆な推進を通じたV字回復と未来への変革~新型感染症による社会ニーズの高まりをデジタル化・リモート化展開のチャンスに~』より抜粋)
国民意識の高まりをチャンスとして、感染症から国民生活を守ると同時に、労使、医療介護関係者、教師と子供達のQOLを高めるためには、デジタル化・リモート化の環境整備を一気呵成に進めるべきである。同時に、こうした取組を通じて、人材、設備・ソフトウェア等デジタル化を促進させる未来への投資を喚起すべきである。また、デジタル関連サービスに対する需要も喚起すべきである。新たな需要創造は、感染症の拡大によって落ち込んだ雇用需要を回復させる効果も期待できる。生産性の向上と新たな需要創造を通じて、危機にある我が国経済のV字回復の起爆剤とすべき。

 つまり『新型コロナウイルス対策を契機とした、強いデジタル化・リモート化の推進、産業の創造』、これによる『経済のV字回復』を目指す思想=『デジタル・ニューディール』と言えそうです。

 ここで言うニューディールとは1930年代の世界恐慌にあたり、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が採用した、政府が積極的に市場介入・金融出動を行う、一連の経済政策であり、経済政策としての積極的をイメージしたものと言えそうです。

 なお、本資料は『有識者議員』によるもので、下記メンバーの名前が記載されています(肩書は追記)。

竹森 俊平(慶應義塾大学教授、経済学者)
中西 宏明(経団連会長、株式会社日立製作所取締役会長)
新浪 剛史(サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長)
柳川 範之(東京大学大学院経済学研究科教授、経済学者)

 まさに喫緊のコロナ対策、というよりは『コロナを契機とした経済のV字回復』というメッセージであり、経済界からの政府、安倍首相に対する『ウィズコロナ』『アフターコロナ』的な提言、といって良いでしょう。

当面の危機対応としての『デジタル化推進』という観点

 提言がそのまま政策となる訳ではありませんが、すでに新型コロナ対策を契機として医療や教育のリモート化などが特例的に強く推進されている状況をみると、本提言も今後の政府の『コロナからの復興政策』をイメージする上では参考となりそうです。

 まず、目の前の動きで分かりやすいのは、3/31の有識者議員提出資料『デジタル・ニューディールの大胆な推進を通じたV字回復と未来への変革~新型感染症による社会ニーズの高まりをデジタル化・リモート化展開のチャンスに~』4頁の表です。これは前半部で述べられている通り『当面の危機克服』という観点での現状と課題が整理されています。

当面の危機克服に向けて
感染拡大により外出できず、テレワークをしたくてもノウハウのない事業者や医療・服薬サービス、教育サービスを受けたくても受けられない者が多く見られたことに鑑み、緊急の対応措置を規制改革推進会議でとりまとめ、速やかに実行に移すべき。

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 テレワークについて注目は『今後3年のKPIと改革工程表設定』という目標でしょうか。近年の政策会議、特に規制改革領域ではKPIを設定し実効性を高めることは珍しくありません。ただ、今回のコロナ対策だけでなく、3年スパンで継続的にリモート化を推進すべし、というスタンスが見て取れます。

 オンライン診療、遠隔教育などは、前後して『規制改革推進会議』の特命タスクフォースが提言した内容とも共通する部分が多く、オーソドックスに規制改革や既存政策の推進が提言されています。

 企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)投資税制支援の強化、マイナンバーなど行政サービスについては、マイナンバー活用、『標準化されたデジタルインフラ整備支援』など、同じく既存政策の推進が軸になっています。

 概ね、3.31時点での提言は、当面の危機克服のためにも『デジタル化』や『リモート化』の強力な推進、に尽きる、という内容です

むしろ、興味深いのは、この3/31の提言を進めて、4/16に追加された『デジタル・ニューディールの全国展開に向けて~スマートシティの推進と地方大学の STEAM 人材育成~』という提言内容です。

次は『東京一極集中の刷新』からの『地方創生』?

 本資料は、3/31提言と同じ有識者議員メンバーから提言されており『当面の危機克服』を一歩進め『全国展開』というワーディングがされています。

 要は先に述べた『デジタル・ニューディール』による地方創生というコンセプトが掲げられています。

新型感染症の拡大は、過度に一極集中を進めるよりも分散化を図ることで、リスクを小さくし、より安定的な社会構造を構築できる面があることを示した。地域の活性化はこの面でも重要性が高い。
国民の行動変容を活かして、地域を活性化させていくためには、地域に活力ある雇用、魅力ある居住環境、特徴ある教育環境を創出し、若年の流出を止めるとともに、交流人口を含めた人の流入を拡大することが不可欠である。具体的には、
① 政令指定都市および中核市等を中心に、スマートシティを強力に推進し、企業の進出、若年層が就労・居住しやすい環境を整備すること
② 国公立をはじめとした地方大学におけるオンライン教育・STEAM 人材育成を強化し、地域毎に特徴ある教育、人材集積を進め、企業進出の誘因とすること
が早急に求められる。(資料3-1『デジタル・ニューディールの全国展開に向けて~スマートシティの推進と地方大学の STEAM 人材育成~』より抜粋)

 そもそも、経済財政諮問会議や規制改革推進会議、未来投資会議といった政策会議では『地方創生』『スマートシティ』『STEAM教育』といったワードはコロナ以前にも重要課題とされていましたが、それをコロナを契機として更に推進しよう、という意図が見えます。

 東日本大震災など大規模災害時の復興政策でも、既存政策である『地方創生』×復興による推進という構図は多く見られました。一方で、その『失敗』を指摘する声もあります。

東日本大震災からの復興の状況と取組み(復興庁)
人口減少等の「課題先進地」である被災地において、被災地の自立につながり、地方創生のモデルとなるような「新しい東北」の姿を創造(2頁)
誰も語ろうとしない東日本大震災「復興政策」の大失敗
「やることはやった」で終わっていいのか

福島第一原発事故の被災地では、帰還政策が盛んに進められている。除染とインフラ整備が復興の基本であり、この地への早期帰還が目論まれているが、廃炉にまだ何十年もかかる被災地に、おいそれと人が戻れるわけがない(中略)                              こんな政策で被害者の生活再建につながるわけはない。巨額な資金を投じながら、それらのほとんどが被災者たちのための復興ではないものに使われている。

 この是非は今後しっかり議論されるべきですが、少し提言の具体的な内容に目を向けてみましょう。

 一言で言えば、提言は『行動変容を活かした東京一極集中の刷新』といえます。

今回の新型感染症の危機により、東京では長時間通勤混雑のリスクを避ける観点から、テレワークの取組が定着してきており、デジタル技術を使えば都心のオフィスでなくとも仕事はできるという認識が広まりつつある。こうした国民の行動変容を危機克服後も活かして、東京一極集中の流れを大きく変え、地域を活性化させる社会刷新につなげていくべきだ

 確かに、TwitterなどSNS、メディアでも若い世代を中心とした『アフターコロナにおける、リモートの定着・住み方の変化』が述べられています。

「ギグワークが当たり前になり、人々が最適化される」Z世代の起業家に聞く“アフターコロナ”(AbemaTV)
ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「リーマンショックや3.11を経て言われてきたリモートワークなどの流れが、今回のコロナで後押しされることは間違いないと思う。副業が当たり前になるし、それに適合したアルバイトのビジネスやサブスクの住まいも普及すると思う(後略)
出社はオフ会に?「アフターコロナ」の日本で、働き方や人事はこう変わる(BUSINESS INSIDER)
多くの会社はこれまで「できない」「デメリットが大きい」といろいろ理由をつけてやってこなかったリモートワークを、否応なく取り入れざるを得ませんでした。「ビフォーコロナ」ではリモートワークの導入率は2割程度でしたが、マーサージャパンの緊急調査によると、現在では8割程度とのことです(ちなみに時差出勤も同程度)。

具体化のカギは『スマートシティ』と『地方大学におけるSTEAM人材』?

 今までの『地方創生』の議論に対しては、少子高齢化下の日本でも『強い都市』=『東京都心に住むことのメリット』を打破できるほどの説得力がなかったように思えます。

 確かにコロナ対策を契機とした行動変容は、今までのどのような旗振りよりも、結果的にデジタル化やリモート化を推進しています。その勢いに乗じて、日本の課題を一気呵成に解決しよう、というのは、都合よい理論にも思えますが、一方で、今までの様々な言説よりは説得力を持ちます

(というより『コロナがなかった世界』で、地方創生をどう実現するつもりだったのか、とすら思うところもありますが……)

 改めて、提言資料を見てみましょう。

(1) 地方の中核市等を中心にスマートシティの推進
これまで全国 100 を超える自治体においてスマートシティプロジェクトを推進しているが、これらを持続可能なものとするため計画的な取組が重要
(中略)
人口が集積し、大学も立地している 15の政令指定都市、69 の中核市等 を中心に、以下の点をしっかりと取り入れた特徴あるスマートシティ構想を産学官連携で立案・再構築し、その取組を推進すべき
(資料3-1 『デジタル・ニューディールの全国展開に向けて
~スマートシティの推進と地方大学の STEAM 人材育成~
』より)

 すでに全国100を超える自治体でスマートシティが推進されていることも衝撃ですが、本資料でも、絞り込んで、ようやく15~89都市というのも驚きではあります。

これらの取組に当たって、データ・サービス連携の基盤となる都市 OSの開発・実装を加速するとともに、情報インフラ(5G、IoT・センサー・無線通信等)やリモートオフィスの整備、産学官の先端的研究開発等、ハード・ソフト両面での支援と大胆な規制改革に重点的に取り組むべき。特に、データの有効活用を図る wise spending に対して財政上のインセンティブを付与すべき(同上)

 コロナ対策からの『個人・産業のデジタル化』、そして、それを契機とした『地方創生』のための『都市のデジタル化の推進』、といった構図です。この『個人のデジタル化を推進し、もって、地方都市のデジタル化を推進する』という段階的な考え方は、既存の日本の政策と『アフターコロナ』を結びつける上ではひとつの指針となりそうです。

 その上で、今までは、残念ながら画餅だった『東京一極集中回避』に対しアフターコロナという旗印をもって、具体的な政策化、またはサービス化などがフォーカスされる機会が増えていきそうです。

大学教育への影響が更に強まる?

(2) 地方大学におけるオンライン教育・STEAM 人材育成の拡充
Society 5.0 時代に不可欠な STEAM 人材は東京一極集中している
上に、その育成に取り組む国公立をはじめとした地方大学の世界水準レベル からの乖離も大きく、育成環境格差は拡大している。地方における就学機会を確保する上でも、特色ある人材育成とそうした人材を活用した地元集積を目指し、やる気のある地方国公立大学を中心に世界とオンラインで結ぶなどの取組を徹底してバックアップし、地域経済の担い手を育成すべき

 Society5.0、(地方)大学改革、STEAM人材育成も、『地方創生』と同じく、新型コロナ流行以前から取り上げられてきた課題です。その結びつけとして『遠隔教育』などが挙げられている、という印象です。

やる気のある国立・公立の地方大学を中心にまずは新規に10校程度絞り込んで選定し、継続的に、STEAM人材定員の抜本拡充や若手を含めた民間人教員の別枠定員での登用、理工系に加え経済学部・経営学部の場も活用した
STEAM人材育成、施設整備や研究開発等の支援を強化すべき

 このあたりは、コロナ対策との直接的な結びつきというよりは、既存政策の再確認、といった提言ですが、むしろ『やる気のある国立・公立の地方大学』という表現は注目かもしれません。昨今では、国公立大学もその予算獲得や成長戦略、あり方を厳しく問われています。『G型(グローバル)』『L型(ローカル)』論争などは話題にもなりました。

G型とL型って? 大学も人材もこれからは二極化が進んでいく!?(スタディサプリ)
そこで注目したいのが、「G型大学・L型大学」の議論。2014年の秋、文部科学省の有識者会議で株式会社経営共創基盤CEOの冨山和彦氏が提案したもので、ネットやマスコミでも大きな話題になった。冨山氏は、日本の企業も、自動車、電機・機械、情報・ITなど、グローバルに事業を展開するG企業と、交通・物流、飲食・宿泊・小売(対面販売)、医療・介護・保育など、地域を支えるL企業に分けて考えている。

 今回のコロナウイルス対策において『大学のDX(デジタルトランスフォーメーション)』や『遠隔教育』の推進、その中での新たな人材育成など、負荷が高まっているこのタイミングに『危機克服を契機として』強いモデルケースを打ち出せるか、というのは、地方国公立大学のみならず、広く大学に問われていきそうです。

コロナで混乱、大学がオンライン講義導入で直面する学生の「ギガの壁」

 とはいえ、このような混乱の中だからこそ、強い意思がある地方国公立大学には、政策的なフォローアップが期待できるかもしれません。また、個人的には『STEAM人材定員の抜本拡充や若手を含めた民間人教員の別枠定員での登用』といったところで、産学交流や実務家教育の起用が更に推進されていくのではないか、と思います。これが大学教育に与える影響は慎重に考える必要がありますが、それを含め、大学にも『アフターコロナ』戦略が求められている、と言えそうです。

辻褄合わせで終わらないために

 以上のように、広く一般社会でも『アフターコロナ』や『コロナを契機に』という意見が増えてくる中で、すでに、その急先鋒のような提言が、国の今後を占う経済財政諮問会議で行われています。

 まとめてみると、これらの提言は『すでに今まで推進されていたもの』を、再度推進する、という意思表示であり『コロナ以前』と『コロナ以後』の繋ぎ合わせという側面が強いように思えます。

 辻褄合わせで終わらないためには、政府と経済界がビジョンを具体的な行動に移していくことであり、それが担い手である一般の人々に伝播、浸透することです。これは、コロナ以前でも以後でも、本質的には変わらないことではないでしょうか

 個々人としては、コロナを契機に、という掛け声に負けない、具体的な政策のあり方に注目しつつ、それを受けて『個人のチャンスに結びつけられないか?』という、問いを立てていく必要がありそうです。

 

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