【『未来投資会議』資料を読む】『創造性』が大事だが『創造性・発想力だけでは高賃金は得られない』から導かれる未来とは?

はじめに(未来投資会議とは?)

 内閣総理大臣を議長として、日本の成長戦略や構造改革を議論する官民対話の場として『未来投資会議』という政策会議体があります。平成28年(2016年)から開催されており、現時点で37回に及びます。

テーマは非常に幅広く、例えば『Society 5.0』といった成長戦略のコンセプトの議論から『デジタル市場のルール整備・フィンテック/金融分野の法制の見直し』(第33回)、『地銀・乗合バス等の経営統合・共同経営について』(第26回)といった個別具体的な規制改革についても論点となっています。実際に、この政策会議体で打ち出されたコンセプトが政府の政策の指針になっている事例も多く、その議論結果が報道されることも多々あります。

 その『未来投資会議』の第37回(4/3)も非常に盛りだくさんなテーマが掲げられています。

新型コロナウイルス感染症に関する対策の具体化
いわゆる6G(ビヨンド5G)の推進
オープン・イノベーションの推進
学校現場におけるオーダーメイド型教育(ギガ・スクール)
雇用を守るために期待される人材像と育成

 それぞれ非常に興味深いテーマなのですが、今回はその中でも『雇用を守るために期待される人材像と育成』に着目してみました。

創造性の教育にウエイトを置くべきではないか

 議論内容である『議論要旨』はまだ未発表のため、議論の参考とされる『基礎資料』及び『論点資料』を参照してみます。

リーマンショック後、日本では製造業、建設業で就業者数が大きく減少し、米国でも卸売・小売業、製造業が大きく減少(論点資料2頁より抜粋)
能力別に見ると、米国では、表現力や理解力など基礎的な能力を重視する職業の就業者数は、2009年においても増加していた。また、様々なアイデアを思いつく力(発想力)や創造的なアイデアを思いつく力(創造性)といった能力を重視する職業の就業者数は、全職業の就業者数より減少率が小さかった(基礎資料32頁より抜粋)
今回の景気状況に鑑み、就業可能性の高いこれらの教育に、より一層ウエイトを置くべきではないか(論点資料2頁より抜粋)

端的に言えば以下のようにまとめられます。

・『景気変動に対して、創造性を重視する職業は安定している』。
・具体的には『情報通信業』である(基礎資料31頁)。
・よって、景気状況を踏まえると『創造性の教育にウエイトを置くべきではないか』

というメッセージに集約されます。

一方で『創造性・発想力だけでは高賃金は得られない』

 一方で『基礎資料』の33頁・34頁を参照すると米国労働省のデータなどに基づき、以下のような記述があります。

創造性・発想力を重視し経営スキルを重視しない職業の賃金はあまり上昇していないが、創造性・発想力と経営スキルをともに重視する職業の賃金は大きく上昇している。すなわち、創造性・発想力だけでは高賃金は得られない。
創造性・発想力を重視しマーケティングスキルを重視しない職業の賃金はあまり上昇していないが、創造性・発想力とマーケティングスキルをともに重視する職業の賃金は大きく上昇している。すなわち、創造性・発想力だけでは高賃金は得られない。

 なお、ここで『職業』の元データとしているのは、資料脚注によればO*NETという米国労働省雇用訓練局の公的サービスのデータベースであり、米国におけるデータであることは留意する必要はあります。

「O*NET」は、Occupational Information Networkの略で、米国労働省雇用訓練局が1998年に開設した職業情報の総合サイトである。誰でもアクセスが可能で、約1,000種の職種について詳細なガイド情報を提供している。あわせて、求職者個人の特性診断や適職を提案するメニューをそろえている。(三菱総研『大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 第6回 自身の適職、職の将来性を簡単に把握できればこんなに便利 ~米国の職業情報の総合ウェブサイト「O*NET」からの示唆~』より引用)

 つまり、政府は以下のように考えていることを推定できます。

・『創造性/発想力』だけでは賃金は上がらない
・『想像力/発想力』×『経営/マーケティング』のスキルの組み合わせは、景気変動にも強く、賃金も上昇する
・よって、すでに『経営スキル』や『マーケティングスキル』を持つ社会人『創造性/発想力』の教育機会を与えるべきだ

 実際『基礎資料』35頁では『社会人の創造性育成プログラム』として米国と英国の具体的なプログラムと、日本で展開する場合の芸術大学の候補が挙げられています。

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米国や英国の芸術大学(アート・スクール)では、企業・産業界と連携したプロジェクト型教育(Project BasedLearning)を通じて、社会人の創造性を育成するためのプログラムが開講されている。日本でも、多摩美術大学や
武蔵野美術大学などが有力候補(『基礎資料』35頁)

 具体的には『論点資料』2頁にて、以下のように整理されています。

大企業に囲い込まれている20代から30代前半の社会人に対して、創造性を磨き直し、ステップアップするためのリカレント教育の機会を提供することが必要。
‧ このため、個人の内面や顧客ニーズに基づく創造的な発想をビジネスにつなぐ教育プログラムを開発し、実践する大学等の拠点を早急に構築するため、集中的かつ中長期にわたる支援を行うべきではないか

 『大企業に囲い込まれている20代から30代前半の社会人』という表現は、この論点資料で初めて出てきているため、後日発表される議論要旨にも注目ですが、いずれにしても、国としては『若手社会人に対するリカレント教育(=学び直し)の機会』と、それに適した『創造的な発想をビジネスにつなぐ教育プログラム』を重視していることが伺えます。

 確かに、社会人向け大学院というと専門職大学院に代表される『法科大学院』、『経営学(いわゆるMBA)』、『ファイナンス』などビジネス的な専門科目が多く、上記のようなコンセプトの社会人教育プログラムは多くありません。類したプログラムとしては、東京都立産業技術大学PBL(Project Based Learning)型教育などが近い印象があります。

 現在、児童・生徒に対するSTEAM教育(Science(科学)、Technology(技術)、 Engineering(工学)、Art(芸術)Mathematics(数学)等の各教科での学習を実社会での課題解決に生かしていくための教科横断的な教育)が話題ですが、社会人の学び直しにおいても『ビジネス的な専門性』に加えて『Art』より深く言えば『STEAM』的なコンセプトを重視する政策が打ち出される可能性がありそうです。

今までの社会人教育の政策と何が違うのか?

 一方で、過去の『専門職大学院』、特に『法科大学院(ロースクール)』制度などは、大学院自体の破綻なども踏まえ、失敗という声も多い状況です。

「数字」に踊らされて失敗した、法科大学院の行く先
 法科大学院制度は“失敗だった”と言って差し支えないだろう。では、なぜ失敗したのか。理由は多数挙げられる。いろいろな綻びが構造的に絡まり合った結果に違いない。森山教授は、法科大学院制度の前提だった「法曹人口、中でも弁護士の大増員」計画こそが、最大の元凶と考えているようだ。
約半数の35校が破綻。法科大学院の大量閉校は誰が責任を取るのか
法科大学院の35校倒産について、誰かが責任をとったという話は聞いたことがない。会見を開いて謝罪もしていない。大学も、つぶした法科大学院を認可した文部科学省も、法曹養成で知恵を出した法務省や弁護士会も。法科大学院1校作るのに施設費、人件費などで億近い金がかかると言われる。ここには私学助成という名目で税金が導入されている。それが35校分、ムダになるわけだ。無責任すぎないか。

 強いていえば、今回は国が、リーマンショックなどの先行事例を踏まえ『景気変動に対して強い能力とは何か?』という『利』の観点から『創造力×ビジネスである』という指針を示しているところかもしれません。

 このロジックの精緻さなどは改めて分析が必要かもしれませんが、巷で語られる未来予測、特にAI普及下において求められる能力は『創造力(クリエイティビティ)』といった論調には合致しており、いわゆる『AI失業』に不安をもった社会からは支持されるかもしれません。

『何故、何を教えるのか?』検討はこれからだが……

 ひとことで『創造力/発想力』といっても、それが『スキルとして発揮され、賃金に繋がる状態』とはどのような状態か? そこに到達するためには、米国・英国のように芸術大学のアプローチが良いのか、それ以外に道がないのか?  など、検討すべきことは山積みです。

 一方で、少子高齢化において、大学が『社会人教育』『リカレント教育』に活路を見出す可能性も高く、政策的なフォローと相まって、今後早い段階で『創造的な発想をビジネスにつなぐ教育プログラム』が打ち出されていくことが予想されます

 企業やNPOによるプログラム提供、といったアプローチも考えられますが、過去の事例から、政策的な支援は、まず大学・大学院からスタートすると考えられます。

 大学・大学院がこの領域を担う場合、法科大学院などの先例を踏まえて、また、『創造力』という定義の難しい領域を扱うことからも、教育プログラムの質や、ビジネスとアカデミックを繋ぐ適切な教員・講師の確保、企業との連携など、様々な検討が必要になるでしょう。さらに言えば、今回のコロナウイルス対策で注目された『遠隔教育』との組み合わせが期待されるところです(なお、遠隔教育についてはこちらの過去記事も参照をおすすめします)。

 いずれにしても、少子高齢化が進む日本で『社会人教育』『リカレント教育』の発展は急務です。今回『未来投資会議』で示された

景気変動に対して、創造性を重視する職業は安定している』。
・『創造性・発想力だけでは高賃金は得られない』

・ゆえに『創造的な発想をビジネスにつなぐ』必要がある

というロジックは、個人のキャリアを考える上でも、参考にはなりそうです。

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