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阪神タイガースがアレ?を実現した。
プロ野球、阪神タイガースが18年ぶりにセントラルリーグ(以降、セ・リーグ)で優勝した。そして、38年ぶりの日本一へ挑戦する。しかも、パシフィックリーグ(以降、パ・リーグ)を制する相手は神戸が前身で現在は奈良のチームが濃厚で、関西チーム同士の戦いになると思われる。両チーム共にクライマックスシリーズ(旧:プレーオフ制度・リーグ上位3チームによる勝敗で日本シリーズへ)に進出することは、今年の成績を見ても間違い無いだろう。

私は神戸出身なので阪神タイガースのファンである。東京を経て埼玉に住んでいるのが人生で一番長いのだが、生まれ育って来た神戸の街で阪神タイガースを応援して来た。オリックスバファローズの前身は阪急ブレーブスと近鉄バファローズの合併チームである。コト神戸出身者であれば、庶民の基盤である下町を走っているのが阪神電車。一方で「山の手」と言われる六甲山を中心に芦屋、西宮、宝塚沿線の高級住宅地を通っているのが、阪急電車と究極の偏見を体験済みである。その永遠のライバルであった阪急百貨店と阪神百貨店。いつのまにか阪神は阪急に買収され、グループ傘下の企業となってしまったのである。

つまり、阪神タイガースから見れば、現在は見かけ上はオリックスというチーム名だが、ライバルであった阪急が前身にあたる。要するに因縁の対決ということになる。恐らく選手同士はトレード等もあり球団を行き来することに何とも思っていないだろうが、ファンである生活者はそうは行かない。しかしながらビジネスの社会でははっきりしている。競合や因縁がある企業を渡り歩いたら、十中八九は歓迎されない。見かけ上は歓迎ムードであっても、追い出すチャンスを伺っている。これは変化に対応できない既得権益の考え方、器の問題で参考にはならないとして、、、阪急は身売りして、ブレーブスという名前もブルーウェーブも消滅して、近鉄バファローズと合併しているので、もはや存在しないのである。よって、パ・リーグでオリックスがリーグ優勝しても、阪急百貨店は阪神側にあるので無視すると思われます。この成り立ちは新球団である仙台に本拠地を持つ楽天イーグルスも関係しているのだが、全ては本拠地が優先されると思います。

ただ、昭和世代を駆け抜けたファンは一筋縄ではいかないと思われる。あの御堂筋や道頓堀で賑わったファンは二分するのだろうか。大阪を拠点とすることは、阪神もオリックスも同じであるが、阪神は阪急との連合軍となって、オリックスに牙を剥くと思われ、阪神が日本一になれば、今回の優勝以上に盛り上がることは想定されるが、オリックスが日本一になった場合は、地元オーナーである近鉄百貨店などのセール以外は沈黙すると思われる。

阪神には闘将と言われた星野監督もいたが、過去二度の優勝をもたらしたのは、巨人と阪神の指揮官を執った唯一の人物であり、あの野球の神様と言われた川上氏は頭が上がらない名監督である藤本氏。さて、阪神ファンという私であるが、今の選手の殆どを知らないのである。余り知らないバスケットやラグビーの選手の方が、良く知っているのである。実は岡田監督が現役時代に背番号16番を背負っている頃のファンなのである。岡田監督は現在60代後半の高齢ではあるものの、現代の若い選手を上手くコントロールできるマネジメント抜群の闘将である。闘将というからには、闘志剥き出しの表情かと言えばそうではない。怒り心頭な場面であっても、年の功を活かした憐れむような言動の方が、効果が絶大であることをしっかり体現しているのである。

選手というのは監督であるトップの言動に敏感であり、些細な表情さえ一つも見逃さないほど、よくチェックしているのである。これはビジネスも同様で、先輩や上司の言動は、後輩たちやスタッフは、見逃していないのである。容姿そのものにも気を付けていなければならないのである。だからこそ、他のコラムでも書いているように、たとえ洗濯していようが、毎日同じ着衣スタイルなどは、センスの無い人で終わっているのである。もちろん部下は声に出して指摘することはないが、一度らく印を押されてしまっては、印象は付きまとったままである。スーツでもネクタイやYシャツなどは毎日変えるのに、私服・正装スタイルならファッション性を問われること、住宅販売なら尚更センスを問われることでしょう。

さて、岡田監督が発した「アレ」とか「おーん」という言葉は、本当に戦略的に発した言葉だったのだろうか。勝手にファンやメディア等が大騒ぎするから、成り行きに任せているだけであって、本当は単に関西人独特の言葉の「あや」ではなかろうか。真意は本当だろうが、確信的な言動で無いことは同郷人であれば感づいてしまうのである。それでも「ユーモア」センスが抜群として、若い世代や選手たち、強いてはメディア含め全国に広がり、野球に関係無いところまで浸透しているので、恐らく本人が一番ビックリしていることでしょう。

優勝を決めても残り試合というか消化試合があるが、たとえ残り試合を全敗しても優勝は覆らない。大半は休養するなど、基礎の確認を中心にケガをしないように努めるが、個人記録がかかっている選手の勢いは(士気)継続されている。それだけプレイヤーと監督、球団本部のモチベーションとコミュニケーションが一体となって日本一へ向かっているのである(一致団結の精神)。それを支えているのが、ファンの応援なのであろう。企業も同様で、顧客の支持に支えられていることを実感できる社員を育てなければならないのである。

前回の日本一の時に私は二十歳だった。冷たい街、東京にあしらわれた本当にしんどい時だったので、とても励みになった記憶くらいしかない。前回のリーグ優勝の時は、四十歳だった。前職時のオーナーの計らいで神戸に帰郷し、感嘆の想いを味わうつもりだったが、阪神大震災以降の完全な復興時から初めて足を踏み入れたので、自分の生まれた街や駅、風景などが一変しているのに、跪き、涙した記憶が蘇える。三宮東遊園地には「1.17希望の灯り」というモニュメントがあり、その地下には「瞑想空間」として亡くなられた方(6,434人)の名前が刻まれている。

震災から16年目に神戸国際会館で「‘木の家‘耐震改修」という題材で、国を巻き込んだ大きなイベントの中で講演をした。1,000人以上が詰めかけ、場外モニターでも投影されるほど大盛況だった。関係者に初めて神戸出身だと打ちあけた。そして私はモニュメントの名簿を見ることができなかったのです..。これだけの人数であれば必ず知っている名前が刻まれているからだと確信している。神戸へ来る機会は現在でも多くあったと思う。少なくとも大阪からでも近いもので目と鼻の先である。いつでも行けるのである。それでも、「今の仕事に誇りを誓って」成し遂げた暁には、自分自身に納得がいった時に、献花ができる一人前の人として帰って来ることを胸に秘めています。

呪縛かも知れない。。。が、私の仕事を支えている想いである。