東城夜月

クトゥルフ神話とゴシックロリィタに魅入られた女。令和のクトゥルフ作家としてデビューする…

東城夜月

クトゥルフ神話とゴシックロリィタに魅入られた女。令和のクトゥルフ作家としてデビューするため修行中。ポートフォリオになりそうな文章を投稿していきます。

最近の記事

バステトからの使者(後編)

 サイレンのような耳をつんざく音と、巨大な翼が引き起こした風圧に圧倒され、まやの体は軽々と宙を舞った。そのまま放物線を描くようにして放り出される。壁に叩きつけられ、呼吸ができずに咳き込んだ。  ミミを守ろうと、しっかりと抱きしめて前のめりの姿勢になっていたのが幸いした。下手に頭を上げていたら、まともに強打していたかもしれない。 「大丈夫か!」  この混乱を匍匐前進で切り抜けたらしい綾瀬が腕を掴んで起こしてくれた。だが、一息つく間もない。 「動けるか、逃げるぞ!」  腕を引かれ

    • バステトからの使者(前編)

       畜生、なんてこった。  男は一人、自動小銃を抱えて走っていた。仲間は全滅だ。全員化け物どもに引き裂かれるか、食い殺されるかしてしまった。  だから平行世界の探索なんてごめんだって言ったんだ。  男は内心で毒付く。  もう一つ世界があったとして、それがこちらに都合の良い世界だとは限らない。案の定、こちらにとって最悪な世界だった。いや、この世界ばかりではない。「全ての人類にとって」考え得る最悪を具現化したような世界だ。  これが際限なく自分達の利益を拡大しようとする人間に対する

      • 黒山羊の食卓(後編)

        「なるほど、ここが生産地ってわけだ。植えれば次の日にはできるってのは、こういうことか」  颯太が周囲を見回しながら言った。確かに、これほど広大な土地があり、作物が一晩で実るのであれば、あとは配給量さえ調節すれば食事に困ることはないわけだ。そしてそんな無茶苦茶なサイクルを可能にしているのが、「女神」なのだろう。「豊穣の女神」とは程遠い異形ではあったが。 「随分と歩くことになりそうですが、大丈夫ですか」 「死ぬほど疲れてる。でも泣き言なんか言ってられねえだろ」  強い口調ではあ

        • 黒山羊の食卓(前編)

           本当に嬉しいわ。女神様にこの身を捧げて生涯を終えることができるなんて。きっとなにかの病気で死んでしまうんだってずっと思っていたし。でも、これで貴方に地位も名誉も残すことができる。  ねえ、どうしてそんな顔をしているの? いけないわ、そんな浮かない顔をしていては。寂しいと思ってくれるのは嬉しいけど、女神様への不敬と思われてしまうでしょう。貴方はこれから立派な身分になるのだから、こんなことで傷がついたら困るわ。それに、私は本当に幸せなの。結婚式の時と同じくらい。  ああ、もう行

        バステトからの使者(後編)

          麗しき世界

           南極に未踏の地、通称「狂気山脈」と名付けられたそれが発見されてから十数年。幾人ものアルピニスト達の命を食らったその山脈を踏破したのが日本人だったということで、沈み切っていたこの国は歓喜に沸いていた。  その日本人アルピニスト、中津川優良の「戦果」は名誉だけではなかった。山脈からこれまで地球上に確認されたことのない「未知の生物」の細胞を持ち帰ったのだ。  日本中の叡智と資金を投入した結果復元された生物は、自由に形状を変え、規格外の膂力と体力を持ち、かつ人間に従順な性質を備えて

          麗しき世界

          観劇感想:冥婚ゲシュタルト2020(虚飾集団廻天百眼)

          ※ネタバレ大量  ゲシュタルト=形。  石井飛鳥氏は、異種婚姻譚という「様式」と、人と人でない者の戦いという「様式」を組み合わせて、新たなクトゥルフ神話の形を作り上げてしまった。  前回の観劇感想(陰陽師 安倍晴明一最終決戦―)をご覧いただいた方には「またそれか」と思われそうだが、仕方ない。本作はあまりにも綺麗にクトゥルフ神話の「様式」に当てはまりすぎている。それでいて、提示された「形」は全く新しい物なのだから。  尤も、当然のことながら氏がクトゥルフ神話を意識していたとは

          観劇感想:冥婚ゲシュタルト2020(虚飾集団廻天百眼)

          ニャルラトホテプを愛した

          ニャルラトホテプを愛した

          観劇:陰陽師 安倍晴明─最終決戦─(月蝕歌劇団)

          ※ネタバレ大量  陰陽師を観に行ったと思ったら、実家の味──クトゥルフ冒険活劇──だった。  決してふざけているのではなく、真っ先に感じた事実。なにせ、黒幕は異星人だ。  安倍晴明が戦う相手が異星人。これだけ聴くと全くの意味不明だ。しかし、そんな荒唐無稽な筋書きにも関わらず、観客は状況をすんなりと飲み込めてしまう。  それは故・高取英氏の、個性的でありながらも決して無茶苦茶ではない、丁寧な脚本に立脚していることは言うまでもなく、加えてとにかく舞台そのものが観ていて純粋に楽

          観劇:陰陽師 安倍晴明─最終決戦─(月蝕歌劇団)

          小説:囚人番号02番は愛した(後編)

           翌日──つまり、犯行当日、自分はバイクに乗って事務所に向かいました。自分が丸一日講義に姿を見せなかったと皆が証言しているのはこのためです。バイクに乗ったのは、最悪連れ去られる藤咲さんを追跡することになるかもしれないなどと考えたからでした。この判断は間違っていなかったと信じています。そうでなければ彼女は今頃どうなっていたか、想像しただけで吐き気がこみあげてくるほどです。  情報開示請求を行いナンバーを調べた結果、全く知らない男の名前が出てきました。それが自分が間違いなく直接手

          小説:囚人番号02番は愛した(後編)

          小説:囚人番号02番は愛した(前編)

          C.D.Wニュース社 片桐慶太様  自分は、数ある取材依頼の中から貴方だけにお返事を差し上げています。それというのも、貴方であればこの事件を面白おかしく書き立てるようなことはせず、きっと真摯に真実をお伝えしてくださると確信しているからです。  自分もこうなる前には、毎日C.D.Wニュースを拝見していました。その中でも、貴方が書いた記事については一度もふざけていると感じたことはありませんでしたから。  テレビや新聞では駄目なのです。週刊誌など問題外です。この世の中で、比較的多

          小説:囚人番号02番は愛した(前編)