観劇:陰陽師 安倍晴明─最終決戦─(月蝕歌劇団)

※ネタバレ大量

 陰陽師を観に行ったと思ったら、実家の味──クトゥルフ冒険活劇──だった。

 決してふざけているのではなく、真っ先に感じた事実。なにせ、黒幕は異星人だ。
 安倍晴明が戦う相手が異星人。これだけ聴くと全くの意味不明だ。しかし、そんな荒唐無稽な筋書きにも関わらず、観客は状況をすんなりと飲み込めてしまう。
 それは故・高取英氏の、個性的でありながらも決して無茶苦茶ではない、丁寧な脚本に立脚していることは言うまでもなく、加えてとにかく舞台そのものが観ていて純粋に楽しい。
 スピード感溢れるストーリー展開、森永理科氏による目眩く美しい、神秘的な演出の数々……それはさながら、「観る体感型アトラクション」。観客の中の少年少女の心を自然と目覚めさせてくれる、純粋なエンターテイメントだ。

 あらすじは決して難解ではない。
 陰陽道を極めるため修行に経った晴明は、留守の間に妻・梨花と金科玉条を蘆屋道満に奪われたことをきっかけに、時空を超えて世界の命運をかけた戦いに挑むことになる。ざっくりと大筋を説明するならばこれで足りる。
 この冒険を彩るのは大勢の個性的な登場人物達だ。
 凛々しくも美しい、晴明の式神達。それに対抗する雄々しく勇ましい、道満の式神達。
 晴明を助け導く師と、美少女の姿をした鬼達。
 近未来の日本を軍事国家に仕立て上げた謎の将校。クローンとして甦らされた発明家エジソンと、彼に発明されたアンドロイド。
 全てが異質な二人組、車椅子の少年博士と付き人の女。
 美しき妻・梨花と、離れていても晴明を見守り続けている愛情深い母、そして宿命の敵、蘆屋道満。
 各々の思惑を描きながらも、物語はスピーディに、さながら万華鏡のように場面や時を変えて展開していき、観客を飽きさせない。
 狐の血を引くという出自を持ち、一度道満によって殺され、蘇ったことにより人間と魔性の間で揺れ動く晴明の葛藤を軸に話が描かれるため、テーマ自体はなかなか重い。が、随所随所にコミカルなシーンも挟まりクスリとくる場面も。
 更に式神でありながらちょっと抜けていて可愛らしい陰行鬼、始終マイペースでとぼけた言動のエジソン、「色々な意味で明らかにやばいアンドロイド」鉄腕ハルが、全体に漂う耽美な雰囲気を壊さず、かつ緩めるところは緩めるという、絶妙な緩衝材の役目を果たしている。

 では、その物語がどうクトゥルフ的であるのか。
 まず、私はクトゥルフ神話を「人間の固定観念を超えた、地球外の異質かつ圧倒的な存在によって人間が脅かされる」ものと定義し、「その存在は単純な武力によって制圧されるものでないこと」が望ましいと思っている。

※勿論『タイタス・クロウ』等々の例外はあるし、クトゥルフ神話でバトル物を書く人々を私は決して否定しない。そもそも無限の広がりを長所とし、現代まで生き残ってきた題材なのだから、他者に「それはクトゥルフ的ではない」と強要するなど無粋極まりない。

 本作は、この条件を綺麗にクリアしている。
 異星人であるカリガリ博士と付き人のメルクは明らかに異質な存在だ。紀元前からの地球の歴史に介入してきたが、その行動スタンスは欲望ではなく「知性」。あくまで人間がこの地球を支配するに足る存在かをテストしているに過ぎない。
 しかもカリガリ博士、時間は止めるわ攻撃を反射するわでもう圧倒的という他ない。事実、人間の登場人物は誰一人(なんと主人公の晴明すら!)カリガリ博士とメルクに傷一つつけることができないのだから。
 そもそも主人公である晴明自体、考えてみれば陰陽師=天文学者である。学者はクトゥルフ物における花形職業ではないか。
 極め付けは、本作の鍵を握る「人造人間を作る法」。これは、「骨から人間を再生する禁術」つまりは死者蘇生の術だ。クトゥルフフリークにはお馴染みの、塩から復活させるあの呪文を想起させる。
 物語の序盤、晴明は道満の罠によって一度殺害され、この術を極めた師によって蘇生される。しかし、それが晴明を人間から遠ざけてしまう。何せ「泣いてはならない」「人を信頼してはならない」という制約を破ると、晴明はまた骨に戻ってしまうのだ。
 安倍晴明と言えばなんとなく人間離れし、飄々としたクールな完璧超人をイメージしがちなのは筆者だけではないだろう。しかし本作の晴明は極めて人間的だ。酒に酔うし、妻にはからきし弱く、悲しければ泣く。だから晴明は「人間」と「魔性」の間で葛藤することになる。なんとなく、古ぶるしきものに翻弄される探索者の姿に似ていないだろうか?そしてこの理不尽に抗い、もがきながらも戦う晴明の姿を、月蝕歌劇団代表である白永歩美氏が美しく、凛々しくも感情豊かに演じている。

 果たして故・高取英氏はクトゥルフ神話をご存知だったのだろうか。19年前に作られた脚本ということで、私の記憶を思い起こしてみると当時はまだ今ほどクトゥルフ神話が爆発的な人気を得ていたわけではなかったような。真相を氏に直接お尋ねすることができないのが、つくづく残念である。

 最後に、圧倒的な存在である異星人はどのようにして破れたのか。私個人は「なるほど、そういう穴をついてきたか!」と膝を打ち、これは是非自分の創作の参考にしようと思った納得の解決法であった。(クトゥルフ物は往々にして着地点に困る……。)それは是非大晦日の19時まで購入可能な配信チケットでお確かめいただきたい。配信を逃したとしても、DVDが発売されると思われるので2021年の楽しみにするにも相応しいだろう。


 余談だが、カリガリ博士を演じた紅日毬子氏もクトゥルフ愛好家であることを公言している。あの演技はもしや……と思わずにはいられない……。氏の圧巻の演技にもご注目を。

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