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アアルト大学大学院デザイン修士課程(CoID)では何が学べてどんな感じなのか書く

はじめまして、フィンランド・アアルト大学(Aalto University)の大学院にて、Collaborative and Industrial Design(協働・工業デザイン)の修士課程に在籍(2021-2023)している森一貴です。

デザインスクールはイギリス・アメリカの大学群(RCA、パーソンズ、MIT…)がランキングのトップ層を独占します。が、アアルト大学はその中でも、イタリアのミラノ工科大学(Politecnico di Milano)と並び例年6,7位あたりを競う、フィンランドの大学です。

主にAaltoのデザイン修士といえば(いわゆるデザインスクール的文脈では)3つが選択肢に入ってくるのではと思います。

CoID(Collaborative and Industrial Design:協働・工業デザイン)
IDBM(International Design Business Management:国際デザインビジネスマネジメント)
CS(Creative sustainability:創造的持続可能性)あたりがあるのかなと思います。

僕はCoIDに所属しているので、この記事の主な焦点はCoIDの内容ですが、他の学科との違いなどにも記事内に触れながら紹介していきます。

本記事の目的

この記事では、アアルト大学デザイン修士課程における在籍経験から、大学の印象、学科の方向性、授業の内容などに関する個人的な現状を記述し、アアルト大学を目指す方・海外のデザインスクールの様子を知りたい方に向けて、その実情を伝えることを目的としています。

個人的なバックグラウンド

コンサルに勤めたのち、福井県鯖江市へ移住。5年にわたり、ゆるゆるとシェアハウスをやったり、塾をやったりしながら、地域の人々とともにつくりあげる伝統産業の産業観光イベント「RENEW」の事務局長として、あるいはいくつかのデザインプロジェクトのPMとして活動してきました。その中で、地域から始まる内発的発展や、まちへ寛容・変容を埋め込んでいくことの可能性に気づき、アアルト大学に進学しました。ちなみに本記事を追記しているのは2021/11/4、現在入学3ヶ月目です。

*2021/11/4追記: よく読まれているようなので、将来アアルト大学を目指される方へ向けて、全体的に表現等手直ししました。本記事はあくまで主観ベースであることに注意してください。

1. アアルト大学 Aalto University の印象

推しは「持続可能性」「スタートアップ(アントレプレナーシップ、ベンチャー)」です。

例えばサステナビリティについては大学のストラテジーにもそのように書いてあります。

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これらに興味がないといけないわけではないのですが(僕はそんなにありません)、ややもったいない感じもします。

スタートアップ文化については、学生側の文化を強く感じます。スタートアップを志す学生のサークル(アアルト大学ではアソシエーションと呼びます)が複数あるほか、しばしばハッカソンもやっているようです。学生グループにもよく投稿を見かけます。スタートアップにそれなりに興味持ってくると楽しいんだろうな、と思いつつ眺めている。

また、多様性をガン推ししています。上記の画像内にも「in and across science, art, technology and business」と書いてあり、これを本気で実践していこうとしている様子が見て取れます。

多様性の重視は、アアルト大学の出自からも明らかです。アアルト大学はヘルシンキの3つの大学(ヘルシンキ工科大学、ヘルシンキ経済大学、ヘルシンキ美術大学)が合併して生まれた大学です。その合併の目的自体がもとより、建築・科学、ビジネス、デザイン・アートというそれぞれの領域が密接に連携しながらイノベーションを起こせる人材を育むことにあったわけです。

しかしここで勘違いしてはいけないのは、大学は確かに多様性で溢れていますが、それは僕たちの「まなぶこと、身につけること」が多様なわけではない、ということですむしろアアルト大学はグループワークがすごく多い大学で、むしろこの多様性の中で、自分は一体なんであるか、ということを考えさせられると思います。

それは自分自身が多様な知を身に着けていくというよりもむしろ、多様を構成するものの一人として、自分を深く掘り下げることを要請しているように思います(もちろん、その多様な人々との協働を学びながら)。なので、いろんなことを広く学べるぜ!と思っていると、おりょ?となる気がします。毎回、僕はこういう類の思い違いをやらかす。

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大学。院生のメインビルディングで、Väreと呼ばれています。

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上記の建物の内部。ひし形を複数組み合わせたような印象的な構造になっているのですが、ある先生が「あのサルミアッキ」と呼んでいた。ご存知の人はご存知、世界一まずいお菓子として有名な、フィンランドのひし形のやつのことですね。

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僕ですか?僕はもうハマりました。すでに5箱は食ってる。

ちなみにアアルト大学は、フィンランド語でAalto Yliopisto アアルト・イリオピストと呼びます。かわいいね。

2. CoID: Collaborative and Industrial Design学科の印象

環境:確か25人くらいだったはずです。ただ、授業によって他学科のメンバーが入ってきたり、1年だけいるという交換留学生がいたり、中国・同済大学のプログラムで1年だけ滞在する人が結構いたりします。要するによくわかりませんが、めっちゃグローバルな環境であることは確かです。

*2022年3月25日追記:アアルト、学生が20,000人くらいいて、はっきり言ってめちゃくちゃデカいです。友人のもといる大学では学生数が250人とかで、もうみんなお互い知り合いだし、教授ともめっちゃ仲良しだよ、コミュニティの雰囲気があるよ〜と。そのあたりは個人での好き嫌いあると思うので、参考まで(例えばCIIDなんかは、超少人数ですよね)。僕は個人的にはあえて大きい大学を選んでいるところもあって、コミュニティ的な要素は確かにかなり薄い大学だと思いますが、学生陣も教授陣もめちゃくちゃ多いし多様なんですよね。このあたりの豊富さとコミュニティ意識は一長一短かなと思います。

バックグラウンド:様々です。UX/UIデザイナー・サービスデザイナー経験者が多い印象はややありますが、VRに興味がある人、Inclusive Designに興味がある人、車や靴のデザイナーだった人、マーケをウン十年やってきましたという人や、医療系の修士をとってから来ましたという人、哲学学科を出て来ました、というもいました。僕(地域デザインのバックグラウンド)もいます。

社会人経験がある人がかなり多い印象です。子どもがいる人も数人います。やはり、子どもがいるなどの人にとっては、修士をとろうと思ったら北欧、という流れが自然に選択肢に入ってくるようです。年齢も様々で、40代とか50代とか普通にいます。日本じゃ考えられないですよね。

国籍ベースでいうと、広くヨーロッパから集まっている印象です。アアルト大学はEU圏の学生は学費無料なので、それが相当影響しているものと思います。フィンランドからの学生は1/4程度でしょうか。もっと少ないかも。アジアはちらほらで、その中では特にインド出身の学生が非常に多い印象を受けます。アメリカから来ている学生には、今のところ大学全体で1人しか会ってません。それはそれで、偏りがあるよなあとか思ったり。

ゴール:集っている学生がどこに向かっているかということですが、3種類ありそうです。多い順に「サービスデザイン or UX/UIを学びたい」という層。「より抽象的なデザインを学びたい」という層。「自由な環境だから色々まなびに来た」という層。ちなみに僕は主に3番目+ちょっと1番目です。

もう少し領域を区切って話してみます。アプリ/システム系↔プロダクト系、サービス系↔CoDesign系の2軸で整理してみると(やや微妙な区分ですが、便宜上…)、「サービス(デザイン)がやりたい!」という人が目立ち、そのサービスのツールとしてアプリへ、という印象がやや強いか。今のところ、ProductおよびCoDesign方面の学生は多くはない印象です。ただ25人しかいないので、このあたりは学年によっても相当違うと思います。ちなみに僕はCoDesign文脈です。

ただ、実務上それぞれのデザインを指向していながらも、広い視野や高い倫理観を求めて来ている人が多いので、持続可能性 Sustainabiltiy や脱人間中心主義 non-human design、脱植民地化デザイン decolonising designなどの話も、みんなわくわくと聞いている印象があります。

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Ceschin, F., & Gaziulusoy, İ. (2019). Design for Sustainability (Open Access): A Multi-level Framework from Products to Socio-technical Systems. Routledge.

わくわく。

*2022年3月25日追記:アアルトで一体、なにを学んでいるのか?

以降、かなり細かく実情に入り込んでいくため、かなりデザインスクール/アアルト大学志望の方向けの情報になっています。そこで、もう少し一般の方、大きく海外のデザインスクールで何を学んでいるかに興味がある方に向けて、一体僕がアアルト大学で何を学んでいるかについて、以下の記事に別途切り出して内容を整理しました。

3. 授業の内容

3-1. CoID 協働・工業デザインと僕の学び

CoIDはCollaborative Design文脈とIndustrial Design文脈が折り重なった学科なので、教授陣(=授業する陣営)も、CoDesign専門からプロダクトデザイナー、サービスデザイナー、UX/UIデザイナーまで多彩です。彼らがそれぞれの文脈を背景にしながら、講義やグループワークをする、という流れで授業は進んでいきます。

具体的なグラフィック手法、UX/UIの手法、サービスデザインの手法は、丁寧に手とり足取り教えてくれるわけではありません。グラフィックなどの基本はみんなできている前提でいるというか、勝手にやってネという雰囲気を感じる(実際、学生陣のスキルにも差がありますし、イラレ使えないという人も普通にいます。"デザイン"の幅を感じる)。

大まかな概論の紹介があることと、Q&Aには極めて丁寧に答えてくれるほかは、基本的に自分で調べてやってみろという感じ。ただ、一方でやってみる環境はめちゃくちゃあるので、細かく身につけていく、授業で学ぶというより、「概説聞く」→「やってみる(議論する)」→「確認する」みたいなことの繰り返しなのかなと。

でも正直、概説は概説なので大概知ってるし、あんまり概説自体に新鮮味はない(11/4追記:今期アカデミックな先生陣の授業をとってるのですが、先生の講義も学生の質疑もレベル高い。教授のチョイスによって、当然のことながらこのあたりは大きく変わってくるなという印象を受け始めています)。

いずれにせよ、大学任せ(待ちの姿勢)でいると得るものは少ない印象です。でもQ&Aとかにはめちゃくちゃ応えてくれる。とかいいながら、デザインの授業の中で突然アマルティア・センとヌスバウムとロールズが出てきたり、アクセシビリティの授業が実際に障害を抱えてインクルーシブデザインのコンサルタントをやっているデザイナーが講師になって授業をしてくれたりと、突然貴重な回があったりします。

*

ワイのSISU(ちなみにSISUは「不屈の精神」みたいな意味ですが、ここでは授業登録システム)の学科固有部分はこんな感じです。

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つまり、CoIDでまなべる(まなぶことになる)内容は以下のとおりです。「cr」についてはのちほど。

【ジョイント必修(他デザイン学科との共通必修)】
・イントロ 2cr
・現在のデザインカルチャー 4cr
・デザイン・リサーチ 4cr
・修論オリエンテーション 2cr・修論オリエンテーション 2cr

【必修科目】
・ユーザーインスパイアデザイン 知識 5cr
・ユーザーインスパイアデザイン 実践 5cr
・インタラクションデザイン 8cr

【学科選択科目】
・新興のデザイン 10cr
・コンセプトからデザインへ 10cr
・社会変容のためのデザイン 戦略 5cr
・社会変容のためのデザイン CoDesign 5cr
・サービスのためのデザイン 10cr
・ウェアラブル技術と機能服 10cr
・デザイン主導の未来 10cr
・デザイン戦略と起業家精神 10cr

ちなみに内容は2年ごとに更新されます。既に次期変更に向けた議論が進んでおり、例えばCSの名物授業「政府のためのデザイン Design for Government」や「プロダクトデザインプロジェクト Product Design Project」が選択科目に入ってくるのではとのこと。

必修は当然のことながら、加えて学科選択科目からは30cr(およそ3科目)〜60crを選択することになります。ざっと見てもよくわからない(少なくとも昔の僕はわからなかった)ので、もう少し具体的に説明してみます。

例えば「新興のデザイン Emerging Design」「コンセプトからデザインへ」「ウェアラブル」あたりは、プロダクト系の教授による授業です。なので、授業やグループワークも、ややプロダクト指向の内容・アプローチになります(当然、サービスデザインやUX/UIを強めに含んだ内容です)。

「社会変容 Design for Social Change」は、よりCoDesign、Design Activism、Social Designあたりのキーワードがかかってきます。「Design for Service」は当然、ど真ん中サービスデザインです。毎年、Espoo市(アアルト大学がある市です)をクライアントに、色々な課題に応えていきます。

デザイン主導の未来はなくなるそう。起業家精神は微妙って先輩がゆってた。

こうしてみると分かる通り、プロダクト系だとかサービス系だとか違いはありますが、繰り返し出てくるテーマは、HCD、サービスデザイン、インタラクション、インタフェース、UX、アクセシビリティ、また抽象的にはデザイン倫理・正義、サステナビリティ、脱人間中心、社会変容といった内容になってくるものと思います。これらを何度も提示されながら深堀りしていくような感じになるのかなと。

これらから自分に関心のあるものを選択しながら、自分の講義ポートフォリオを組んでいくようなイメージです。僕は社会変容やサービスデザイン系の講義を主に選択していますし、同じ学科にいるもうひとりの日本人の方はプロダクト系を主に選択している。授業で会わなくなってしまいました。笑

*

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森の選択科目はこんな感じ。完全に仮。実際には、この中から7,8個程度に絞り込んでいくような感じになります。もちろん、他の人は全く、全く違います。「実際のモノ/サービスを作りたい」という人はプロトタイピングできる授業を選択しますし、仮想現実に興味ある人はそういう授業をいっぱいとるだろうし。また「副専攻 minor」を選択する学生もいます。選択科目のうち15cr〜20cr程度を、一定の科目群から選択することになります。

僕が選択している科目は上から見ていくと、都市のエコシステム、都市の経験(環境心理学)、都市計画論、都市のトランジション、適応的・創造的な組織設計(組織論)、フィンランド語、持続可能なトランジションと未来、アカデミック英語、デザインフューチャー、プロマネ論、政府のためのデザイン、自由論、都市デザイン思考……というラインナップになっております。まあそうなるよねという感じです。

僕の関心に近い副専攻でいうと、例えばUSP(Urban Studies and Planning)だとか「人間中心の生活環境(Human-Centered Built Experience だったか)」といった副専攻があって、それをとることも検討しています。

CoIDの学生はSustainability系やnon-human系にもかなり関心がある印象ですが、それらは選択科目でしかとれないのがどうなのかなあという感じ。でももちろん、関心がある場合は選択科目で取ればいいのですが。

ちなみに選択科目について。アアルトはそれなりに総合大学ですが、芸術系(建築系)・ビジネス系・科学系から成り立っている大学なので、それ以外の科目はありません。一方で、コラボレーション系の授業は多くて、例えば貴重な経験になりそうなのは、エンジニアや科学者とのデザインスプリント系の授業があること。テック系学生とのプロジェクトも去ることながら、CHEMARTというマイナーがあるのですが、これは科学系の学生とデザイン系の学生が一緒にプロジェクトを行う副専攻で、デザイナーと研究者(の卵)が組んで、セルロースの新しい使い方を発掘するというもの。ITエンジニアとのデザインプロジェクトは日本でも見かけますが、こうした科学系研究者とのスプリントって、デザインの学科の中でやろうとしても難しいし、デザイナーになってからもそういう機会は少ない。この経験が、スタートアップに繋がることもありそうだなと思うのでした。

*

さて、他の学科との違いについてもちょっとだけ記述しておきます。CoIDは「デザイン!!!」って感じなのですが、IDBMとCSはむしろ、学際的である点にこそ特徴があります。限界までわかりやすく整理すると以下のとおりです。

・CoID:デザイン!!!プロダクト・UX/UI・サービスデザイン!!!
・IDBM:ビジネス!!!企業!!!
・CS:持続可能性!!!トランジション!!!エコシステム!!!

※もちろん、他にも学科は色々あります。CoDe:Contemporary DesignやFaCT:Fashion, Clothing and Textile Designなど。現在の拡張的なデザインの文脈の中で、CoID、IDBM、CSがグローバルに目立っている印象です。ちなみに本当に雑に言うと、CoDeはアートで、FaCTはファッションです。

*2022年3月25日追記:アアルトで何を学べないのか

僕の経歴をご覧になられた方で、じゃあまちづくり/コミュニティ/都市のデザインは、アアルトは良い選択肢なのか?と思われている方が何名かいらっしゃるようなので、補足しておきます。フィンランドで、まちづくりとコミュニティについて学ぶことはできません。これはガチです。

別記事「根本的な社会の設計思想が違う国としての、日本とフィンランド」で述べましたが、フィンランドは基本的にシステム解決的な志向が極めて強く、いわゆる日本で言うような、ボトムアップで立ち上がる地域づくり、まちづくりといった概念はほぼ存在しないといっていいほどです。当然、そういうまなびも存在しません。。むしろ、そういう個人/ボトムアップ的な活動に頼らず、どうシステム的に/トップダウン的に解決していくかというところがフィンランドのアプローチです。当然CoDesignなどの文脈はありますが、こちらも基本的に政府や大きな組織の側からの発注を受けて、どのように市民を巻き込んでいくかという議論が主で、市民自身から立ち上がる営みをエンパワメントしていく、みたいな議論は、ないと言っていいと思います。

そういうことがまなびたいなら、おそらくイタリアのミラノ工科大学などのほうがいいのかなと。Design for Social Innovation(DESIS / Ezio ManziniやAnna Meroni)やコモンズ(ボローニャの事例)など、基本的にイタリアのアプローチは日本と感覚が通底するところがあります。

一方で僕がここにいる意味を考えてみると、むしろ日本での感覚とは全く違う視点で、よりシステムシンキング、持続可能性、non-human、政治性/倫理/正義といった、抽象的な視点を学べるのがアアルト大学の醍醐味かなと。個人的にはこの視野がぐぐぐっと拡張していく感じはかなりおもしろいのですが、基本的にかなりトップダウン的でシステム的に解決することを志向する大学である、ということを踏まえてご検討されたほうがいいかと思います。

*2022年3月25日追記:どうやって学科を選んだらいいのか

基本的に、例えばCoIDでは必修科目60crのほかに、30crはほとんど完全に自由に選択できます。例えばCoIDの学生だけどマシンラーニングの授業や、公共交通の授業や、ケミカル素材の授業や、ジェンダースタディーズをとったりすることも完全に自由なわけです(僕は、僕らしいところでいえば都市デザインや環境心理学の授業なんかをとっているわけです)。なので、問題は必修科目(compulsory)および選択必修科目(elective/optional)が肌にあうかどうか、ということになります。

なので、学科選択に際しては、どのような必修科目/選択必修科目の授業が提供されるのか、必ず確認するようにしてください。授業は以下から確認することができます。

例えば以下はCoIDのカリキュラム。

インタラクションデザイン、新興デザイン(プロダクト寄り)、コンセプトからデザインへ(プロダクト寄り)、社会変容のためのデザイン-戦略、社会変容のためのデザイン-CoDesign、デザインストラテジーおよび起業家精神、サービスのためのデザイン(service design)、ウェアラブルテクノロジーおよび機能的ウェア、デザインドリブンの未来、みたいな感じでしょうか。

当然、下部はoptionalなので、何をとるかは自由です。上記で既に述べているように、僕はDesign for social changeあたりを選択しています。

で、以下はCSの必修科目(2020-2022カリキュラム)。

ビジネスの持続可能性、システムシンキング、持続的消費のためのデザインアプローチ、トランジションする世界における素材、創造的持続可能性のためのキャップストーン、といった授業が並びます。

こうしてみると、CoIDとCSの違いがめちゃくちゃクリアにわかってきます。それぞれの授業のシラバスをずらっと読んで、おもしろそうだと思えばぴったりでしょうし、そうでなければやめたほうがいいでしょう。

*2022年3月25日追記:これからのCoID

アアルトのカリキュラムは2年度ごとに変更になり、現在僕が受けているカリキュラムは2020-2022のカリキュラムになります。現在、CoIDも大きく改革を進めているようで、CoIDが3コースにわかれるのではないかとのこと(なんだかんだまだできてたった10年程度の大学なので、ガンガン変わっていきます)。

CoIDは、内側にプロダクト系、サービスデザイン系、UI/UX系、CoDesign系、ソーシャルデザイン系とかなり多様な内部要素を持っているので学生も幅広いのですが、そのために選択必修科目が全員のニーズに応えられていない、みたいな不満がよくあるようで(僕もよく思う)、おそらくプロダクト系、サービスデザインおよびUX/UI系、ソーシャルデザイン系(+CoDesign系?)の3つのコースにわかれると思われます。

このあたり、みなさんの選択にも関わってくるところだと思うので、最新情報をキャッチアップするよう気をつけてください。

3-2. IDBM 国際デザインビジネスマネジメント

IDBMは、デザインとビジネスとテクノロジーをかけ合わせるぜ!!という学科です。学生陣も、デザイン側、ビジネス側、テクノロジー側と、それぞれのバックグラウンドの学生が1/3ずつ入学しています。ちなみにIDBMの人に話を聞いたら「要するに、めちゃくちゃってことだよ!」と言っていた。

デザイン側のページだけを確認しますが、必修科目は40cr必要で「起業家精神とデザイン」「ネットワーキングとプロダクト・イノベーション」「ビジネスモデルデザイン」「インダストリープロジェクト」などが確認できる。必修科目の時点で、技術系やビジネス系の科目が盛り込まれていることがわかります。

Industry ProjectがIDBMの目玉プロジェクトで、15crかけて、実際の企業がクライアントになって一緒に走りきる、みたいなプロジェクトです。

内容は以下から確認できます。

3-3. CS 創造的持続可能性

続いてCS。2021年度は、CoIDと並び志願者数が非常に多かったそうです。新しい学科ですが、「肝入」という印象をひしひしと感じる

CSはデザイン、建築、ビジネス、エンジニア、ケミカルと、5つのデパートメントから授業が持ち込まれていて、とにかく幅広いです。「持続可能性」をとにかく強い芯に起きながら、持続可能性とはなにか?持続可能なプロダクトやサプライチェーンとはなにか?持続可能な環境(=建築)とはなにか?エネルギーやマテリアル、エコシステムなレベルでは?いかに持続可能性を重視するように政治側に働きかけていくか?などなど、持続可能性にまつわる全部を学べるようにした、というような印象。こちらも学生はデザイン側、テクノロジー側、ビジネス側から入学できます。

デザインの必修を見てみると、「世界の現在と開発」「ビジネスの持続可能性」「システムシンキング」「持続的消費に向けたデザインアプローチ」「変容する世界のためのマテリアル」「持続可能トランジションと未来」など。

このあたりの方向性はフィンランド(およびEU)が非常に力を入れているところでもあり、人気は更に出てくるだろうという印象です。デザインという視点では、アアルトの中では最も抽象的なデザインを扱っている印象。例えばシステムシンキングの授業が必修になっていたり、エコロジー/エコシステム全体のトランジションに関する授業が選択科目に入っていたりします。

CoIDからもCSの授業を取りにいく人が多いのはよく分かって、CoIDの対象からもうひとつ抽象的なんですよね。「システムシンキング」「持続可能なトランジションと未来」「政府のためのデザイン」あたりはさすがに、CoIDでも学科選択で選択できるようにしてほしいなと思う。

恐らく一方で、「自分は、持続可能性のなかで、なんなんだろう?」という悩みが出てきそうな印象です。持続可能性のための仕事をしていますって結局、全ての領域で(マテリアル、プロダクト、サービス、コミュニティ、ビジネス、政治…)実装しないといけないわけで。その中で結局、持続可能性のなんの専門家になるんだろう?という問いを定める必要がありそうです。例えば僕も、恐らくそのうち、断熱であったりエネルギー(小水力発電とか)であったり、持続可能性の文脈を自分の生活や仕事の中に取り入れていく可能性は高いのですが、修士で専門にするつもりはない。こうした取捨選択の中で、自分の一本線をどう通していくかに苦労しそうです。もちろん、それってなんでも一緒かもしれませんが。

内容は以下から確認できます。

4. 単位の構成

ここで単位の構成を見ておきます。2年間で120cr(クレジット)を取得します。内訳は以下の通り。

・学科必修科目 30cr
・学科選択科目 30cr
・修士論文 30cr
・自由選択科目 30cr

学科必修・学科選択は当然のことながら学科固有のデザインの授業を学ぶことになります。ひとつの授業はおおよそ6cr〜9crくらいなので、必修を除くと、授業は最大でも学科選択科目から5,6個、選択科目から最大でも5,6個しかとれない。

いわば、日本の大学(の僕のイメージ)と比べて、ひとつひとつの授業が非常に重いです。大学時代は、夏学期で13コマとか普通だったと思うのですが、アアルトでは夏学期(仮に2periodとすれば)で4,5個しか授業がとれない。例えば、一つの授業が週2回、月・水の9時〜16時、みたいな授業構成になっています。必然的に選べる授業の自由度は下がります。その代わりに、実践に落とし込んだり、議論や文献を読んだりと、より深く学んでいくような印象です。

5. 授業の印象とプロセス

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グループワークのない授業はない。

といってほぼ差し支えない。おそらく主に授業は2種類にわかれます。

ひとつめが「講義・リーディング・ディスカッション・エッセイ」的な流れで構成されるもの。もうひとつが「リサーチ・プロトタイプ・プレゼン」タイプのもの。いずれにせよ、相当な時間をかけて「議論」したり、「グループで実践したり」といったことが求められます。

たぶんそのうち慣れますが、僕はまだ慣れていません。北欧は大体グループワークらしいですが、「私もそんなに好きじゃない」という北欧の人も少なくない印象です。なので、もちろんグループワークは文化のひとつではあるのでしょうが、ある授業でチームメンバーが言っていたように、もしかしたら単に「教育予算の削減」なのかもしれない。笑

(ちなみに、こないだヘルシンキ大学でジェンダー学をおさめたって人に話を聞いたら、ヘルシンキ大ではグループワークそんなにないよ!!と言ってた。それでも、昔と比べて増えてきているのは事実らしい。一方、ユヴァスキュラで教育を学んだときはすごくGWが多くて、大学/学科にもよるよねえ、という話をしていた。アアルトが、またはアアルトのデザインが、極めて実地指向なのだなということを感じさせられる会話でした)

例えば「5crの授業」ってどんな感じか、ということを、今受けているUser Inspired Design Making(以下UIDmaking)の授業で説明してみます。

授業は大体6週間で1periodなんですが、以下のような構成になっています。

・火・金に3時間ずつ授業=約36h
グループワーク=およそ60h

6週間で60hって結構相当よ。

実際の流れとしては、まずチームが発表されて、お題は「income inequalityの解消」。はい、走り出して!!みたいな感じです。

4,5人のチームで、まずはどんな方向性で行くかをディスカッションし、実際に潜在ユーザーにインタビューしにいって(あるチームは10人くらいに話聞きに行ってたり。海外留学生の不平等に着目した学生は、グループでアンケートをとったり。)、その内容を分析し、更にカスタマージャーニーマップやペルソナ策定などをして、アイディエーションして、プロトタイピングして、場合によっては実際にテストして、最後にプレゼン。

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結構しっかりめに負荷がかかります。多くの授業がこの形式なので、2年間で相当のスプリントをこなすことになります。

個人的には、僕自身はプラクティショナー指向なので、「大変なのってプレゼンの後の実際のdevelop/deliverでは?」と感じたこともあります。しかし、やはり単にアイディア出して終わりではなくて、ユーザーを具体的に設定しながらリサーチをしながら、それぞれのチームの文脈の中で、手触りのあるリアリティをつかんでいけるのはいいことだなあと。

具体的にどういうことか?僕たちのチームの事例で少し説明してみます。

僕たちのチームでは「子どもの文化アクセスを改善する」をテーマに6週間かけてスプリントを行っています。

その過程で、フィンランド政府が発行した'Enabling growth, learning and inclusion for all'という、子どもの教育の現状の全体を整理した資料を読み込み、またフィンランド子ども文化センター(Lastenkulttuuri)の方にインタビューを行いました。さらにチームメンバーのツテを通じて、実際に中学校でワークショップを行う機会を得ました。実際に生徒の顔や振る舞いを見ながら、ユーザーリサーチ&CoCreationを実践し、そのままフィンランドの先生たちへヒアリング。こうしたことを通じて、実際の教育の文脈の中で、子どもたちが何を感じているのか、それに先生や組織はどう対応しているのか、それは政策的にどのように評価され推進されているのか、が分かってきます

また、個人的にめちゃくちゃフィンランドっぽいなと思ったのが、フィンランド文化庁的なところにメールを送ったところ、爆速で「日程調整するけどどする?大臣は無理だけど秘書ならいけるよ」みたいな返事がきたこと。結局、僕たちの日程もきゅうきゅうでこちらのインタビューはかないませんでしたが、こういう距離の近さは日本ではありえないなと思い(ありえないのか、あるいは自分たちの可能性を自分たちで制限してしまっている可能性もありますが)、フィンランドみを感じています。

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(↑フィンランドの中学校でのワークショップのお準備)

いわばリサーチを通じて、それぞれの興味を現場に即して体感知に落とし込んでいける。受け身でやっているとただただ忙しくて大変でしょうが、主体的に活かしていくとよさそうです。

僕自身、フィンランドの教育、政治、福祉といったものを肌で感じていきたいと思うなかで、そのテーマを実際にチームワークの中に取り込みながら、当事者の意識にアクセスできると、太いまなびを作っていけそうだなと感じています。

ちなみに今回のデザインは僕が担当。イラレの作業画面ママですいませんが、こんな感じに仕上がりました。

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とにかく、これは僕の印象なのですが、すごくビジネス寄りというか、社会のなかでどうデザインの価値を宣言していくか、ということへの意識がすごく高い印象を受けます。雑にいうと資本主義感を感じるとも言えるし、デザイナーとして社会に価値を出していこうという、誇りのようなものも感じます。

つまり、「まなびオンリー」ではないという印象が強いです。そもそも僕のバックグラウンドがフツーの人文系なので、その違いに驚いているのもあるのかもしれません。割とゆっくり講義を聞いて、本や論文を読んで…みたいなものを想像していましたが、結構忙しい。でも充実しています。

*2022年3月25日追記

アアルトは、一ヶ月半でピリオドが変わり、一ヶ月半×5ピリオドで一年が構成されています。この一ヶ月半という期間は、これまで半年(およそ4ピリオド)授業を受けた印象からして、極めて短いなという印象です。なんというか、すごく精神的に忙しい感じがします。何かを習って試してみたと思ったら、すぐに次に行かなければならない感じ。後半には必ずエッセイなりプレゼンテーションなりがあるので、その意味でも一ヶ月半ごとに忙しくなり、なかなか気が休まる暇がない印象です。結構忙しい。まあ学びに来てるからいいっちゃいいんですが、個人的にはもう少しじっくりと深堀りできたほうが嬉しいな〜という気もします。

ただ、このあたりはバランスで、そのぶんたくさんのことに触れられるという見方もありますし、選択する授業の数をもう少し絞り込んで、ぐっと選択した授業に深く潜り込んでいけるとうまく調整できるのかもしれません(僕が授業とりすぎて勝手に忙しくなっているタイプかもしれない)。

例えば僕の友人の大学では(多くの交換留学生がいるので、色々とお話が聞けます)、2週間の授業もあるし、1セメスター(およそ3ヶ月くらいでしょうか)まるっと使う授業もあるよ〜とのこと。

おわりに

フィンランドが極めて個人主義的な国であることと同様、アアルト大学も、全てはあなた次第ですよ、という姿勢を強く感じる。もちろん、持続可能性など推しているテーマはあるし、(日本と比べて)グループワークが多いという特徴はある。

いずれにせよ、そういう基底をどう活かすか、どう学び、どう取り入れていくかは私たち次第ですね。

さて、本記事ではアアルト大学での僕の印象や、授業の内容を記述することを通じて、「どんな感じなのか」を浮かび上がらせることを目的に記事を書いてきました。実際には「で、どうだったのか」「何を学べて、何が不満だったのか」を2年後に整理して、やっと全体像が見えてくるものと思います。

その意味では、ぜひ同じCoIDの先輩である川地さんのnoteや、IDBM出身であるくにちゃんさんのnoteなども読んでみてくださいね。

P.S. アアルト大学のDepartment of Artに在学されている吉田真理子さんも、Aalto大学に関する情報発信をされておられます。

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おうちからの景色はこんな感じです。

なにか聞きたいことや相談したいことがあれば、ぜひtwitterなりインスタなりでお気軽に連絡していただければ幸いです。連絡をいただけるというのは意外と受ける側にとっても嬉しいことです。僕自身も上記で紹介した川地さんやくにちゃんさんから、たくさんの手助けをいただきました。僕も次にアアルトへ訪れる人々に向けて、少しでもお力になれれば幸いに思います。

それでは。


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2022/2/10メモ: 所属の正式名称とその邦訳について。恐らく超正式には、"Aalto University School of Arts, Design and Architecture / Department of Design / Master’s Programme in Design - Collaborative and Industrial Design"という階層構造になっているので、そのまま日本の文脈に合わせて訳すと「アアルト大学 芸術・デザイン・建築学部 デザイン学科 デザイン修士課程 Collaborative and Industrial Design(専攻)」という翻訳になるのではないか。このあたりは階層順に並んでいればあんまり気にしないようなので流動的だし、特に正式な邦訳が決まっているわけではなさそうだけど。ちなみに、CoIDはデザイン修士課程における「CoIDコース」みたいな感じだけれど、CSとIDBMは「Master's Programme in Creative Sustainability(創造的持続可能性修士課程)」という表記である。このあたりは、CSやIDBMがビジネスやテックの学生も含むジョイントプログラムであることが関係している。ちなみにAdmission用の書類を見返してたら「the Master's Programme Collaborative and Industrial Design (CoID) at Aalto University School of Arts, Design and Architecture」「the Master’s Programme Collaborative and Industrial Design at the Department of Design」「a master's degree student to Aalto University School of Arts Design and Architecture study option: Collaborative and Industrial Design, Master of Arts」っていう3つの異なる表記が登場して、ああ、なんかなんでもええんやな、という気持ちになった。

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以下宣伝。

大学院留学に関連して、マガジンにて記事をいくつか書いています。

イギリス・RCAのサービスデザイン、およびデンマーク・オーフス大学のVisual Anthropologyに在籍している友人と、マガジン「欧州往復書簡」を執筆しています。

デザイン関連の記事などもいくつか。

以下、自己紹介です。

「社会に自由と寛容をつくる」をビジョンに掲げ、プロジェクトマネージャー・サービスデザイナーとして、まちに変容を埋め込むデザインを探究しています。キーワードは変容、自然さ、寛容。

福井県鯖江市のシェアハウスを運営。半年間家賃無料で住める「ゆるい移住全国版」コーディネーター。福井の工芸の祭典「RENEW」元事務局長など。

詳細は以下より。



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