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【行政関係者に聞くシリーズ】アフター・コロナの観光政策をデータから考えてみる(前編)

コロナ禍では観光産業も大きなダメージを受けました。しかし一言で観光を回復するための施策といっても、事業者の支援から、旅行者の認知の獲得、実際に旅行者を誘致するためのインセンティブ付与等さまざまなフェーズと対象があり、また公的統計のタイムラグもあり、コロナ禍という未曽有の状況の中、手探り状態なことも少なくないのではないでしょうか。
実は観光分野に親和性が高く、公的統計を補完してくれるデータが人々の興味関心を表す検索データや人流データです。
そこで本記事では、観光分野で政策立案をするとしたら…という想定のもと、群馬県を題材として両データを扱えるDS.INSIGHTを活用してみました。


1課題認識

まずは現状の把握から。
コロナ禍での来訪者数の変化の傾向を把握するため、DS.INSIGHT Placeで群馬県への人流データ(来訪者数)を確認してみます。比較対象として、まずは2021年9月28日に緊急事態宣言が明けた後の2021年10月と、コロナ前の2019年10月を取り上げました。
DS.INSIGHT Placeでは人流を来訪者と住民に分けて確認することができるので、今回は観光誘致の観点から、来訪者を確認します。(図1、図2)
すると、2021年10月は2019年10月比で約6,100人減(約8%減)となっていることがわかります。年代別では10代20代はむしろ微増しているのに対し、主に60代、70代が減少。若い世代が移動を再開しつつあるのに対し、60代、70代は引き続き行動を自粛しているのではと推測されます。

図1:2019年10月の群馬県への来訪者数(DS.INSIGHTより引用)


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図2:2021年10月の群馬県への来訪者数(DS.INSIGHTより引用)


続いて休日の来訪者の来訪元を確認すると(図3)、群馬県を訪れるのはおおむね埼玉、栃木、東京の1都2県、次いでの長野、神奈川、千葉、茨木、新潟が続きます。コロナ前と構成は変わりませんが、比較すると栃木県からの来訪者が大きく減っており、代わりに東京都からの来訪者はむしろ増えていることもわかります。

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図3:休日の群馬県への来訪元(DS.INSIGHTより引用)

たった各1カ月間のデータですが、ここまでのデータだけでも、群馬県にとっての観光施策の主なターゲットは近隣県からの来訪者であり、コロナ前と現在ではさほど地域構成は変わらないこと、しかし来訪元と年齢層の構成には変化があるため、来訪が止まっている層はなるべく戻し、新規来訪者については定着を図るべきではないか、という仮説を立てることができます。
(実際には他の月の結果や現場の肌感覚を確認したり、県の入込客数統計と突き合わせることで、検証・補強する必要があります。)


続いて旅行に来る方のインサイトを掘り下げるため、検索データを扱うDS.INSIGHT Peopleに移ります。旅行に行きたい人が検索するであろう「観光」という単語と併せて検索される「共起キーワード」を描画したのが図4です。

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図4:「観光」の共起キーワード(DS.INSIGHTより引用)

国内の観光地が並び、「群馬」や群馬県内の観光地もあるものの、決して目立ちません。つまり、観光を検索する際にダイレクトに群馬県内の観光地を名指しで検索する人は、ボリュームとしてさほど多くない、ということです。多数の魅力的な旅行目的地が並ぶ中、県内の観光地を具体的に想起してもらうにはばくだいなエネルギーがかかるため、やみくもに観光地をPRしても恐らく砂漠に水をまくような結果になるだろうことは、この時点で想像がつきます。

では群馬県に来てくれている近隣県の方々の興味関心はどうでしょうか。DS.INSIGHT Peopleでは検索期間や検索地域も絞り込むことができるため、例えば来訪者が大きく減っている栃木県に絞り込んで、2021年10月の「観光」の共起キーワードを確認してみます。(図5)
すると日光、鬼怒川、那須など県内の観光地が並びます。どうやら県内で行ける場所を探すニーズが高いことが伺えます。

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図5:栃木県内での「観光」の共起キーワード(DS.INSIGHTより引用)

なお群馬を含め近隣だけでなく遠方の観光地も検索自体はされており、今後観光が再開されたら行きたい場所の計画を練っている可能性があります。

2政策立案

上記の現状を踏まえ、宿泊数を伸ばす、日帰り需要の場合には来訪者を増やす、という目的を考えた際、どのように施策を組み立てれば良いでしょうか。検索データは人々の関心や希望を移す鏡であり、近未来の行動につながりやすいため、DS.INSIGHT Peopleの検索データを軸に仮説を組み立てます。

2-1宿泊数を伸ばしたい場合

上記の検討から、多くの方がまず「群馬」とは検索していないことはわかりましたし、逆に言えば明確に地名が頭にある方は、おそらく既に比較検討段階にあることが想定されます。
ですので施策としては、むしろこれまで群馬県に泊まることを想定していなかった層に候補の1つに入れてもらうことを考えます。
宿泊先としては県内の温泉がやはり大きな資源になりますから、発想を少し変えて、「関東」「温泉」で検索している人の興味関心を共起キーワードから確認してみます。関東の温泉を検索している人であれば、条件が合えば群馬県内の温泉に泊まってくれることは大いに期待できるからです。(図6)

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図6:2021年10月の「関東」「温泉」の共起キーワード(DS.INSIGHTより引用)

青いバブルはそのキーワードを検索した人の属性は男性の割合が多いことを、赤いバブルは女性の割合が多いことを示しています。色が濃いほど偏りが強く、またバブルの大きさは検索ボリュームに比例します。
男性は日帰りを前提に観光地のランキングを見て確認する、もしくはキャンプ。女性はカップルや子連れで旅行には行きたいけれど、感染対策を念頭に人と接触しない部屋付き露天風呂や部屋食のニーズ、穴場に行きたい、ただし安価で、という検索が表れています。
グランピングが出てくるのはトレンドもさることながら、やはり感染対策で自然の中が良いが、キャンプよりは手軽に泊まりたい、ということでしょうか。そして男女関係なく一人旅のニーズも伺えます。コロナ禍の旅行需要の変化はさまざまなところで分析が出ていますが、そういった分析を改めて裏付ける結果だと言えるでしょう。

2-2日帰り客を伸ばしたい場合

同じ作業を「関東」「日帰り」で行ってみます。(図7)
女性はドライブデートで紅葉を見に行き、ついでに日帰り温泉に入浴する、という関心と、子供、お出かけ、といったニーズが伺えます。男性は登山が目立ち、男女問わずバーベキューのニーズも伺えます。

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図7:2021年10月の「関東」「日帰り」の共起キーワード(DS.INSIGHTより引用)

比較的短期的な視点に立ったニーズの把握・分析ではありますが、その分すぐに施策に反映できます。例えば魅力を発信するような施策では、SNSでの発信の際には上記のニーズを反映したコンテンツを用意したり、既存のコンテンツでもニーズに併せて魅力を捉え直し、検索に引っ掛かりやすくすることで、情報のリーチがぐっと上がります。
また、プロモーションを行うのであれば、データから把握できた来訪者の多いエリアやターゲット層に集中的にPRすることも検討しても良いでしょう。

なお、これらのニーズは、実際に来訪した方の興味関心と比較できます。DS.INSIGHT Placeで来訪者に限定して「興味関心キーワード」を探ると、2021年10月は、温泉名や複合施設の名称に加えて、花火、駐車場、ランチ、日帰りといった単語が並びます。(図8)

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図8:2021年10月の来訪者の感心

一般的な検索結果と実際に来訪した方の検索結果のギャップは、そのまま施策のヒントでもあります。来訪者に検索されているという事実は、関心の高さを表している可能性があり、その場合、来訪者には知られているけれど一般には知られていない情報のギャップを埋めることで、魅力的な旅行情報として提示することができるためです。

もっとも、検索されているのは単に情報が足りないから、わからないから、という可能性もあります。その場合には、来訪者の満足度向上のために、ニーズに併せてより丁寧な情報発信を行う必要があるでしょう。この場合は、より長期的に、腰を据えて取り組む課題である可能性もあります。同様の作業を期間を変えて実施し、またその結果を現場の感覚とすり合わせることで、人々の観光に対するニーズとギャップの可視化が行われるはずです。

(後編へ続く)



筆者プロフィール
ヘルマン 真実子(へるまん まみこ)
東京都庁、(株)電通パブリックリレーションズ勤務を経て2018年7月よりドイツ・ベルリン在住。フリーランスPRコンサルタントとして欧州における日本のクライアントの広報・PR実務に従事。官民双方の勤務経験を活かし、より良いパブリック・コミュニケーションの実現に取り組んでいる。独ロバート・ボッシュ財団主催Global Governance Futures 2035フェロー。国立市「まち・ひと・しごと創生懇話会」委員(2016~17年度)。

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