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【行政関係者に聞くシリーズ】検索データの分析で見えてきた、防災情報が「伝わりにくい」理由とは?

大雨によって河川の氾濫や土砂災害の発生が見込まれる時、自治体や気象庁などは危険を知らせる様々な情報を発表します。例えば「高齢者等避難」や「避難指示」、大雨や洪水などに関する「注意報」・「警報」・「特別警報」、「土砂災害警戒情報」、「氾濫危険情報」などです。これらの情報によって、住民等は円滑に避難を行うことが期待されています。

しかし多くの場合、防災や避難に関する情報は狙い通りの効果を上げることができていません。災害が起こりそうだという情報はあったとしても、避難が事前に行われず、結果として多くの人々が災害に巻き込まれてしまうケースが相次いでいるからです。

なぜ、危険を示す情報はあるはずなのに、それがうまく生かされないのでしょうか?

今回、人々の検索行動を分析することができるDS.INSIGHTのPeopleという機能を使って、大雨の際に人が何を調べているのかを調べてみました。DS.INSIGHTとは、ヤフーの行動ビッグデータを分析できるデスクリサーチツールです。

DS.INSIGHTによる分析結果を見ると、大雨の際に行政が出す情報と、人々が知りたいと考え検索している情報にはミスマッチがあり、次のような問題がある可能性が明らかになりました。

・行政が発表する防災上の用語とは異なるキーワードを用いて、人々は河川が危険な状況か調べていること
・人々が知りたい情報に対して、行政側が十分なメッセージやコンテンツを準備できていない可能性があること
・行政が避難の呼びかけ等の際に利用する用語が多くの人にとって馴染みがないものとなっており、メッセージが伝わりづらくなっている可能性があること

この先、本文の中では、DS.INSIGHTで調べたデータや実際の大雨時に行政が発表した情報の例などを用いて、上記の問題点を明らかにしていきます。その上で今回の問題点を踏まえて、大雨の際のコミュニケーションをどう見直していくべきかについて提言をまとめます。


河川が氾濫する見込みの時に行政によって発表される情報

まずは、行政が出す情報と一般の人々が災害時に調べている情報がマッチしていないという問題点を、河川が氾濫する可能性を示す情報を軸に見ていきましょう。

大きな河川が氾濫しそうな状態となったとき、気象庁と河川管理者(国や都道府県)は共同で「指定河川洪水予報」を発表し、今後の水位などの情報を提供します。「氾濫危険情報」はニュースなどでも伝えられるので、台風や豪雨などの際に耳にされた方も多いかもしれません。

大河川が増水するときに行政が住民に参照してほしいのは、指定河川洪水予報の種別である「氾濫注意情報」「氾濫警戒情報」「氾濫危険情報」「氾濫発生情報」です。では実際にはどの程度の人々がその言葉で検索を行なっているのか、過去2年で4つの情報の中でもっとも検索ボリュームが多かった、「氾濫危険情報」について、DS.INSIGHTを通じて確認してみましょう。

次の図は「氾濫危険情報」(緑色)、「指定河川洪水予報」(水色)、「洪水予報」(青色)の検索ボリュームを時系列で示したものです。「洪水予報」とは「指定河川洪水予報」の略語としてしばしば使われる表現であるためここに加えました。

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DS.INSIGHTで調べた検索推移を見ると、「氾濫危険情報」が3つの言葉のうちで最も調べられています。2019年10月に「氾濫危険情報」や「指定河川洪水予報」のピークがありますが、これはその時期の台風(令和元年東日本台風)に対応していると見込まれます。

上の図だけを見ると、「氾濫危険情報」という用語は2019年10月には41,200人が検索するなど、一定の人が調べている印象を持たれるかもしれません。しかし、実はこのような指定河川洪水予報関係の正式用語ではなく、人々はもっと一般的な言葉で河川が直面した危機を調べていることが分かりました。

その言葉とは「氾濫」です。

先ほどと同じツールで「氾濫」を追加的に調べてみると結果がこう変わります。

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新しく加えた「氾濫」というキーワードは紫色で示されていますが、対象期間を通じてどの言葉よりも検索ボリュームが多いのが明らかです。「氾濫」という言葉の検索ボリュームのピークは他の言葉と同じく令和元年東日本台風が来襲した2019年10月のことで、この月に「氾濫」と検索した人は72,800人でした。この数字は「氾濫危険情報」(41,200人)の約1.7倍、「指定河川洪水予報」(2,300人)に至っては30倍以上です。

この例から言えることは、大雨の際に人々は必ずしも正式な用語で検索するとは限らないという点でしょう。「指定河川洪水予報」を見てもらいたい時に、「氾濫」という検索をしている状況もありうるということは、一般の方に取ってみれば当たり前のことかもしれませんが、行政で防災に携わっている方には何らかの示唆があるのではないでしょうか。

大雨の際に人々が調べている3つのキーワード

大雨で川が危険になりそうな時、人は「氾濫」という言葉とともに何を検索しているのでしょうか?検索行動をさらに調べていくと、さらに興味深い結果が現れました。

DS.INSIGHTのデータ分析では、ある言葉と同時に調べられている言葉の内訳を容易に把握することができます。このツールを使い、2019年10月の令和元年東日本台風が上陸したまさにその日に東京都内で「荒川」と同時に調べられていたキーワードの分布がこちらです。

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この図を見ると、「氾濫」という言葉とともに検索ボリュームが多いのは「水位」と「ライブカメラ」です。これらのキーワードを中心として、「江戸川区」や「足立区」、「川口」などの流域の地名が検索されています。

大雨の際に人々が調べている3つのキーワードは、「氾濫」・「水位」・「ライブカメラ」です。これに地名を組み合わせたパターンは令和元年東日本台風の際に他の河川でも見られました。

例えば東京都と神奈川県を流れる「鶴見川」と一緒に検索された言葉を示したものが次の図です。ここでも、「氾濫」・「水位」・「ライブカメラ」の3つの言葉に対して検索ニーズが高かったことが円の大きさに現れています。また、荒川の時と同じように流域の地域にあたる「横浜市」や「新横浜」なども同時に検索されています。

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行政は人々の検索ニーズに応えられているか?

人々は、「氾濫」という言葉や「水位」や「ライブカメラ」といったキーワードを用いて、自分や地域に迫る危険性を判断しようとしているわけですが、行政はこうした検索ニーズに応えられているでしょうか?

これまでの災害で実際に発表された行政からのメッセージを見ると、避難指示などの発表事実やその対象地域などは網羅されていても、地域でどの程度の氾濫や被害が発生する可能性があるかまで具体的に説明しながら避難を呼びかける例はまれな印象を受けます。

人々が知りたい「水位」や「ライブカメラ」に関する情報の方は、河川を管理する公的機関(国や都道府県などの河川管理者)のホームページや国土交通省の川の防災情報、自治体のページなどで公開が進んでいます。

しかし、ライブカメラや水位の情報を見れば氾濫が間近に迫っていると誰でも判断できるわけではありません。ライブカメラで見える映像や水位のデータが地域にとってどのような危険性を意味しているかについての解説や情報まであった方が、調べる側にとってはより分かりやすいのです。

例えば、「水位」や「ライブカメラ」の情報は、ヤフーの河川水位情報でも掲載されていますが、下記のように避難情報マップや危険水位の定義情報に遷移できるようになっています。 人々が興味を持つデータから、意思決定に必要な情報へスムーズな導線を設けるとことも、事前にできる取組となると考えます。

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防災関係の用語に見られる落とし穴

行政による災害時のコミュニケーションにはもう一つ問題があります。それは、発表した情報の意味が一般の人々に浸透済みであることを前提として行政が情報発信をしようとする点です。

下記は、国が自治体に対して準備した避難情報の発表方法等に関するガイドラインで、「避難指示」に関する情報について防災行政無線を使って出す際の例文として紹介されているものです。

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気になった言葉で意味がよく分からない場合には多くの人は「○○とは」と検索して調べます。これを言い換えると、「○○とは」の形式で調べられる言葉は、意味がそのままでは分かりづらい可能性があると見ることができます。

先ほどの避難指示の伝達メッセージの例からやや分かりづらい可能性がある「警戒レベル4」・「洪水浸水想定区域図」・「避難指示」・「ハザードマップ」・「立ち退き避難」という5つの言葉を取り上げ、それぞれの用語が「とは」の形式でどの程度調べられていたかを見てみましょう。DS.INSIGHTを使って調べたのが次の図です。

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期間を通じて検索された言葉として特に多いのは、「ハザードマップとは」(紫色)で、「避難指示とは」(青色)が続きます。「立ち退き避難」(赤色)や「洪水浸水想定区域」(水色)といった言葉のように目立った検索行動が取られていない用語もありますが、これは「○○とは」という形での確認が不要なほど内容が理解されているというよりは、単に関心が集まっていないと見た方が良いのではないかと思います。

この検索結果から言えることは、行政で住民の伝達に利用している用語の意味を調べている人が少なくないということです。


災害時のコミュニケーションの今後について

今回の記事では人々の検索行動をもとに、災害時のコミュニケーションの問題の仮説をあげました。

1. 一般的な「氾濫」、「水位」、「ライブカメラ」という言葉で人々が情報を得ようとしていること

2. 1で到達したサイトから、避難情報や災害の予報情報に必ずしも導線が設けられていないことがあること

3.行政が避難の呼びかけなどに用いる用語が必ずしも理解利用されていないこと

今回の分析結果を踏まえると、行政がより良いコミュニケーションを行っていくために、次の2点の改善の可能性があります。

一つは、人々の検索ニーズに即した導線を事前に用意しておくことです。

大雨で河川が危機的な状態になるときに人々が検索しているのは「氾濫」・「ライブカメラ」・「水位」でした。自治体が避難情報を発信する中で「氾濫」の可能性について具体的に言及することや、「ライブカメラ」や「水位」に関わる自治体のサイトから、避難情報や災害の予報情報への導線を作ることで、情報に速やかにアクセスできる機会を増やし、人々の意思決定に役立ててもらうことができるはずです。

二つ目に、行政で利用する用語の理解浸透にはまだまだ課題があることから、丁寧な説明をつけていくことです。「避難指示」を出すときには「避難指示とは何か」や「何をすべきか」に関する説明をつける、用語の情報に容易にアクセスできる手段を改めて確認することが必要です。

災害時のコミュニケーションを考える際には、人々が何の情報を必要としているか、また、何の情報で戸惑っているかを見ながら発信方法を改善していくのは非常に重要なことです。災害の種類や被害の出方によって、必要とされる情報は様々です。地元の災害だけでなく、過去の全国の主要な災害時の検索データを参考にするなど、災害時のコミュニケーション改善の新たな手段として取り入れる価値があるように思います。



筆者プロフィール

渡邉 俊幸(わたなべ としゆき)

2001年より愛知県旧西枇杷島町の防災担当として災害対策に従事。2005年に民間気象会社に移り、情報を伝える側として全国の自治体などに向けて防災気象情報を提供。
その後、民間シンクタンクを経て、2013年よりオーストラリアの大学院にて気象情報の利用に関する研究を進める。2014年から水害対策で世界の先端を行くオランダに拠点を移し、気象情報の利用や水害対策についてコンサルティングを行う気象とコミュニケーションデザインを設立。
2017年から2018年にかけて、世界銀行の防災分野のシニアコンサルタントとしてエチオピア政府を対象としたプロジェクトにも参画。
リスク対策.comにて連載を持つ他、気象情報の利用方法をまとめた『情報力は、避難力!』を執筆(2021年10月以降発行予定)。
気象予報士。


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