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【行政関係者に聞くシリーズ】大雨の際に地域住民はどのような情報を探すのか?

大雨に見舞われた地域に住む人々は、いったいどのような情報を手に入れようとしているのでしょうか?検索データを使って詳しく調べてみるまでは、筆者自身は市町村が発信する情報が主に求められているものと思っていました。ところが実際にデータを見てみると、自治体が出す情報以外にも幅広いことが調べられていることが分かったのです。

今回分析に利用したのはDS.INSIGHTのPeopleという機能です。これは、任意に選んだ特定の場所や地域を対象として、人の動きやどういった検索キーワードが頻繁に用いられていたかなどを調べられるツールです。このツールを利用して、2021年8月中旬の大雨によって特別警報が発表された自治体を対象に検索が多かったキーワードを調べてみました。大雨の際に地域住民がどのような情報を探すのか、実例をもとに見ていきましょう。


降り止まない大雨

2021年8月は、九州地方を中心として「降り止まない大雨」と形容するのがぴったりの天候が続きました。8月11日から19日にかけて前線が停滞し、梅雨末期の豪雨のような状態となったのです。結果、九州西部や四国南東部を中心にトータルで1000 ミリを超えるような雨が観測されました(図1参照)。これは、場所によっては1年間に降る雨の量の約半分に相当するような途方もない量です。この大雨では、佐賀県、長崎県、福岡県、広島県に特別警報が発表されています。

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図1:
2021年8月11日0時から19日24時にかけて降った雨量の分布。多いところでは1300ミリに迫る雨となっている。
気象庁作成の資料より引用。


佐賀県武雄市が被った被害

この雨によって大きな被害が発生した場所の一つが佐賀県西部に位置する武雄市です。武雄市は人口が48,299人、世帯数が18,857世帯といった規模の街で、カフェを併設した公立図書館などが有名な街です。

その武雄市内には六角川という河川が流れており、2021年8月の大雨でもこの河川の流域で住宅などへの浸水が発生しました(図2参照)。市内では人的被害こそありませんでしたが、床上浸水は1,184戸、床下浸水は572戸に達したと報告されています。そうした非常事態に見舞われた日に、武雄市の住民は何を検索していたのでしょうか?

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図2:
2021年(令和3年)8月14日に佐賀県武雄市で発生した浸水の深さを示した図。青色の濃淡が浸水の程度を示し、河川(六角川)沿いで浸水が発生している。
国土地理院ウェブサイトより引用。


武雄市の住民が求めていた情報とは?

武雄市に対して大雨特別警報が発表され、さらに六角川沿いで被害が発生したのが2021年8月14日のことです。地域住民によってこの日に調べられていたキーワードの上位30個をDS.INSIGHTで調べた結果が図3の左側です。普段の検索行動との違いが分かりやすいように、右側には特別警報が発表されていない日の例として、ちょうど1 週間前の土曜日に調べられていたことを並べました。

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図3:
佐賀県武雄市の住民を対象に、大雨特別警報が発表された日に特徴的に検索された上位30のキーワードを調べたもの(図左側)。
比較用に大雨特別警報が発表されていない日(1週間前の土曜日)の検索キーワードを調べたもの(図右側)
検索行動は住民と来訪者を対象にそれぞれ調べることができるが、地域の人々の検索行動を調べるために住民のみのデータを利用した。
DS.INSIGHTより引用。

大雨特別警報が発表された日のキーワードを見ると、防災関係の用語がほとんどを占めていることに気付きます。一方、普段の検索行動の方は、ワクチン接種を含めたコロナ関連や飲食、レジャー、ショッピング、スポーツ等の言葉が調べられています。この比較から、大雨特別警報が発表されたり、被害が発生したりするようなときには、防災関連の情報をインターネット上から集めようとしていることがまず確認できます。


検索キーワードをグループ化して見えてきたこと

大雨特別警報が発表された8 月14日の検索キーワードについて、ここから少し詳しく見ていきましょう。防災関連といっても様々なキーワードが含まれていたため、まとまりが出るようにテーマに沿って5つのグループに振り分けてみました(図4参照)。
その5つのグループとは、
①被害や雨に関する情報
②道路・交通関係の情報
③氾濫・水位・ライブカメラ
④地元メディアによる情報
⑤行政からの情報
です。

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図4:
大雨特別警報が発表された日に佐賀県武雄市の住民が特徴的に検索していた上位30個のキーワードを5つのグループに分類した図。キーワードの前にある数字は出現の順位を示す。防災情報に無関係と見られるワードは除外している。
DS.INSIGHTより引用。


こうしてグループに分けてみると、行政からの情報が集中的に求められていたという訳ではなく、被害の情報や雨の情報、道路・交通情報、川の現状など幅広く情報を集めようとしていたことに気づかされます。それぞれのグループに含まれる個々のキーワードをさらに詳しく見ていくと、次のことも指摘できます。

① 被害や雨に関する情報について
・キーワードの中で最も調べられ、出現の順位が第1位だったのは「朝日町新堀」という武雄市内の地区名でした。朝日町新堀地区は六角川沿いに位置し、内水氾濫発生の起きやすい地帯であるため、報道を見て、被害状況を調べる目的でこのキーワードでの検索が行われた可能性があります。
・また「武雄市雨」(第18位)、「武雄大雨」(第28位)といった検索が見られました。武雄市における雨やその被害全般を調べる目的も含まれていたと見ることができます。

② 道路・交通関係の情報について
・武雄市内では当時、道路冠水や土砂崩れによって国道や市道の通行止めが至るところで発生するような状況でした。
・交通情報へのニーズは高く、関連キーワードのリストの上位を中心に何度も現れています(第2位、第5位、第6位、第8位、第13位、第15位、第22位)。

③ 氾濫・水位・ライブカメラに関する情報について
・検索キーワードの第3位は「六角川 新橋」でした。この場所には六角川の水位が分かる観測所が設置され、水位のデータがインターネット上で公開されているため、そうした情報を確認する意図があったと見られます。
・その他にも「武雄洪水」(第14位)、「武雄 防災カメラ」(第16位)、「武雄市防災カメラ」(第17位)、「狩立日ノ峯ダム」(第23位)、「武雄 川」(第24位)といった検索キーワードを通じて、川やダムなどの状態を判断するために情報を集めていた様子が見受けられます。

④ 地元メディアによる情報について
・地元ケーブルテレビ局の「武雄ケーブルワン」関連のワードも複数回ランクインしていました(第4位、第10位、第29位、第30位)。
・武雄市内では地元のケーブルテレビ局が2014年から防災情報の専門チャンネルを開設し、市内の複数地点のライブカメラの映像や気象警報等を放送しています。
・ケーブルテレビのホームページでも災害情報を集約・発信しているため、こうした平常時からの備えが非常時に生き、住民から情報源として頼りにされていることが検索ワードに現れています。

⑤ 行政からの情報
・武雄市関係の情報で直接的に検索されたキーワードとしては、「武雄ポータルサイト」(第7位)、「武雄避難所」(第9位)、「排水ポンプ 停止」(第12位)、「六角川排水ポンプ」(第19位)、「武雄市役所」(第20位)、「武雄市役所ホームページ」(第22位)、「ハザードマップ 武雄市」(第27位)がありました。
・六角川沿いの浸水は河川を守るために排水ポンプ場を停止した措置によって発生しました。このため、その措置に関連した情報や避難所の情報、浸水リスクに関する情報等が求められています。


特別警報の対象となった他の自治体でも同様の傾向

ここまで武雄市の例をもとに、特別警報が発表されるような大雨に直面した時には、①被害や雨に関する情報、②道路・交通関係の情報、③氾濫・水位・ライブカメラ、④地元メディアによる情報、⑤行政からの情報の5つが調べられていることを指摘してきました。この5つの情報が求められる傾向は、武雄市以外の自治体でも共通して見られそうです。

図5は2021年8月の大雨で大雨特別警報が発表された主な自治体の検索キーワードについて、先ほどと同じ5つのグループに分けて色付けしたものです。場所によって色の出現の仕方や頻度などに違いはありますが、災害が迫るような時に地域住民が求める情報としては概ね5つのグループに集約されると理解して良いのではないかと思います。

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図5:
広島県呉市(左側)、佐賀県嬉野市(中央)、長崎県長崎市(右側)で大雨特別警報が発表された日に地域住民が何を調べていたのかをまとめたもの。防災関係のキーワードについては、灰色(被害や雨に関する情報)、薄いだいだい色(道路・交通関係の情報)、水色(氾濫・水位・ライブカメラに関する情報)、緑色(地元メディアによる情報)、黄色(行政からの情報)で色付けしている。
DS.INSIGHTより引用。


今回の分析結果の活かし方

今回の分析結果ですが、災害が迫るような時に自治体として住民に何を伝えるかの検討に役立てることができるのではないでしょうか。住民が必要とする情報は幅広いことを踏まえた上で、被害状況や雨の見込み、道路・交通への影響、河川の今の様子や今後の見込みなども含めて自治体のホームページで情報を発信したり、ツイッターなどを利用して速報を流したりすることが考えられます。そうすることで、災害時に住民が求める情報を行政としてより提供できるようになるはずです。

また、今回の分析では一部の自治体でローカルなメディアが非常に頼りにされている例も見受けられました。ケーブルテレビやコミュニティーFM等がある自治体であれば、そうしたところと連携して交通情報や被害情報などを発信していくのも住民への情報提供という面で非常に有益な手段だと考えられます。

最後になりますが、DS.INSIGHTを既に導入済みの自治体の場合は、災害が迫るような時にどのような固有名詞がキーワードに含まれてくるかぜひ細かく見ておいてください。今回の記事で取り上げた市町村の事例でも、検索キーワードの中には具体的な地名や橋の名前、道路の名称などがしばしば登場しています。特定の固有名詞が大雨の度に検索されるのであれば、異常の有無に関して住民の関心が非常に高いことを意味するはずです。このため大きな被害が発生した時だけではなく、異常がないことや軽微な被害も含めて状況を住民に伝えるようにしていくとより丁寧な情報発信となるでしょう。地域の人々は災害時にローカルな情報を求めています。地域レベルでの検索データからその声を読み取って是非応えていってください。


筆者プロフィール
渡邉 俊幸(わたなべ としゆき)
2001年より愛知県旧西枇杷島町の防災担当として災害対策に従事。2005年に民間気象会社に移り、情報を伝える側として全国の自治体などに向けて防災気象情報を提供。
その後、民間シンクタンクを経て、2013年よりオーストラリアの大学院にて気象情報の利用に関する研究を進める。2014年から水害対策で世界の先端を行くオランダに拠点を移し、気象情報の利用や水害対策についてコンサルティングを行う気象とコミュニケーションデザインを設立。
2017年から2018年にかけて、世界銀行の防災分野のシニアコンサルタントとしてエチオピア政府を対象としたプロジェクトにも参画。
リスク対策.comにて連載を持つ他、気象情報の利用方法をまとめた『情報力は、避難力!』を執筆(2021年10月以降発行予定)。
気象予報士。

 

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